スプリング・ブルー
音崎 琳
一
ぬいぐるみを抱いて眠りたい子どもだった。朝になっても抱いていられたか、足もとに転がっていたかで、一日の運勢を占うのだ。どちらが運が良いかはその日に決める。それがぬいぐるみ占いというものだ。
その頃、わたしの部屋にはたくさんのぬいぐるみがいた。机の隅に、クローゼットの中に、たんすの上に。そのなかから、毎晩、一緒に寝る子を選ぶ。一緒にふとんにくるまって、頬に布地と弾力を感じながら、抱きしめたぬいぐるみに向かって心のなかで話しかける。そうしているうちに、いつの間にか眠りの世界へ落ちていく。
いちばんのおともだちは、まるいひつじのぬいぐるみだった。まりのようにまんまるい胴体に、ちょこんと手足と頭がついていた。ひつじらしいふさふさの白い毛なみが心地よかったけれど、何度も抱いて寝るうちに、うっすら汚れてしまったっけ。どういう経緯でわたしのもとへ来たのだったか、どうにも思い出せない。ただ、そのまんまるの体型ゆえに、朝にはたいてい足もとに転がっていたのを覚えている。運が良いときと、悪いときとは、たぶん半々くらい。『 』という名前だった。
今、わたしの隣に『 』はいない。『 』だけじゃない、さかなの『すなご』も、くじらの『まりあな』も、今のわたしの部屋にはいない。わたしはひとりぶんのふとんにくるまって、かたく目を閉じる。
時折、遠く車の走っていく音がする。冷蔵庫の電源コードすら抜いてしまった部屋の中は静かだ。空いた両手で、わたしはわたしのことを抱きしめる。やがて、ひたひたと眠りの波がおしよせてくる。ゆっくり、ゆっくり、沈んでゆく。
流しの横の空き瓶に所在なく生けられた花の香りが、枕もとまで漂ってきていた。
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