第53話 剣と剣

98)


「では、やるぞ」


 と、グレンが言う。


「はい」

「頼む、グレン」


 姫とルビーチェが言う。

 うなずいたグレンが、姫の背後に回る。

 ルビーチェは、姫と向かい合うように立った。

 グレンからは、姫の向こうに、心配そうなルビーチェの顔が見えた。


(まったく、姫のことになると、こいつは)


 そんなことを心の中で考え、グレンは微笑んだ。

 グレンは、鏖殺の剣をふりあげる。

 目の前には、黒い翼を広げた、姫の美しい背がある。

 ——姫の身体から、魔の血が相互作用を起こして発現した翼や、鱗、獣の毛などを分離する。

 それは人の力でも、魔の力でもできない、超絶の技ではあるが、なにをどうすればいいかは、剣が知っている。

 姫は、絶対の信頼をもって、なにも怖れず、グレンと剣に背を向けている。

 神気を満たし、


「はあっ!」


 剣が閃き、姫の身体をすり抜けたかのように見えた。

 黒い翼が、霞となって霧散していく——。



99)


 歴史書に言う。

 忠義の魔導師の献身により死の淵から蘇った美姫が、簒奪者の大軍勢を打ち倒し、その王権を取りもどしたのだと。

 簒奪者を滅ぼし、王国の女王となった姫は、民を慈しみ、長く平和な治世を築いていった。

 ここに、また別の言い伝えがある。

 姫は、王国の混乱を鎮めると、まつりごとを後継者に譲り、魔導師を伴侶として、何処へとも知れず、旅立っていったのだという。

 どちらが事実であるのかは、もはやわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る