第六話、幽霊的にも慌てざるを得ない状況。

 太陽の光が薄れた海底で。

 砂場に降りた僕らは早速とばかりに探索を開始していた。


 明かりは弱い太陽光と、周囲を照らす青白い燐光の二つ。眩しい蛍のように小さな光が瞬いて辺りを照らしていた。よく見ればそれは見慣れた水人形で。この世界では珍しくない水人形が青白く光って飛び回っていた。たまに砂地で寝転がっていたりもする。可愛い生き物だ。いや生きていないか。魔法っぽいし。


「ふむ……明かりなどいらんと思っていたが、こういうのも悪くないものだな。ガン」

「私たちの世界でもできないだろうか。……魔法か。いけるな。ガン」

「どこをどうやったら今ので"いける"という判断になったのか聞きたいんですけどね。グン」


 独特の言語で会話をするゴーレムたち(もちろん会話は意味がわからない)を横目に、僕は幽霊らしく取り憑き相手に付き纏って周囲を観察していた。


 海の中。足場は砂。一面が砂というわけではなく、ゴツゴツとした岩場が広がっている。それも大きな岩ばかり。遠くが見えるほどの明るさはなく、水人形で照らされた場所には洞窟のような穴が見え隠れしていた。

 水深にして三十メートルといったところだろうか。雪雲で太陽光が遮られていることを考えてこの明るさは、きっと三十メートルくらい。もしかしたらもっと浅い可能性もある。


 前に本で読んだけど、地域によって海中の明るさは違うんだって。透明度がどうとか天気がどうとか。割と面白い小説だった。最後は沈没船から脱出して救助ヘリから吊るされた梯子に掴まって颯爽と飛び去っていく描写で終わった。映画みたいだと思ったら、本当に実写映画化されている作品だった。道理で面白いわけだよ。


 僕が海中風景に目を奪われている間にも探索は続き、ゴーレムの人たちは楽し気に会話をしていた。


「この岩はどうだ?ガン」

「お前が食べたらいいだろう、ララミレ。ガン」

「それもそうだな。……うむ、俺は嫌いじゃない。ガン」

「……そういうことを言う時のお前は嘘をついているのだと私は知っている。トトレレ、食べてみろ。グン」

「ワタシは遠慮しておきます。ゲン」

「く、逃げるな!ギン」


 何やら追いかけっこをしていた。岩を食べていたので、食べ物の取り合いか何かだろうか。もしくは押し付け合いか。


 それにしても、海中だからか三次元機動がスムーズだ。僕は地上だろうが海中だろうが霊体だから変わらないけど、海の中だと皆が僕みたいに動き回っている。上下左右行ったり来たり。楽しそう。


(……これで上手くいけばいいんだけど)


 ぼんやりゴーレムたちを眺めていたら小さな呟きが耳を掠めた。

 リィムさんの涼やかな声から不安を感じる。


 ふよふよと浮かび彼女の前に回る。海色の瞳が映すのはゴーレムの三人で、岩を品定めする姿を視界に収め見失わないようにしていた。


 上手くいくとは、いったい何のことだろう。

 やはりこの、ゴーレム人たちとの交流についてだろうか。


 冷静に考えると、僕って今回の海中探査について何もわかってないんだよね。いや何もわからないのはいつものことだけどさ。

 知ってることなんてゴーレム人が鉱石を欲しがっている、以上。これだけ。


 鉱石を欲しがる理由もわからなければ、どうして沖合の海に連れてきたのかもわからない。ただ予想は出来る。いつものように予想を立ててみよう。暇だし。


 ゴーレムの主食が鉱石だという話は前回の予想図で描いたことだった。

 食べ物の好みは千差万別と言う。つまりこのゴーレム三人はゴーレム世界の食のスペシャリストか何かで、自分たち種族の味覚に合う鉱石を探しに来たと。

 異界の味を求めて、というやつだ。


 リィムさんは異世界交易官なので、お互いに利益となるものを交換する必要がある。ゴーレムにとってのそれが鉱石で、ついでに魔法石の魅力もアピールできたら一石二鳥という話、かもしれない。割と良い線ついている気がしないこともない。


 どこまで正しいかはわからないが、ゴーレム人に適した鉱石を探しにやってきたという部分は合っていそうだ。これが上手くいけば一つの交易が成立するわけだし、だからこそリィムさんの"上手くいけば"、か。


『うーん、考えるのは楽しい』


 うん。楽しい。言っちゃえば僕もこうして異文化交流しているようなものだし、会話がわからず、僅かなリィムさんの心の声を頼りに推測に推測を重ねて答えを出すのが楽しい。答え合わせはできないけどね。ちょっぴりミステリーの探偵っぽくて楽しいんだ。


「――?ロミさん?どうかしたんですか?」


 と、一人寂しく楽しんでいたらリィムさんのブレスレットが点滅した。手を耳元に当て何か喋る。真剣な表情を浮かべる彼女を見て、何が起きたのかと僕も真面目な顔になる。


「『――ィムさん!――に――長して――す――』」

「ロミさん!全然聞こえません。上で何が起きているんですか!?」

「『――――です!!!』」

「すみませんもう一度――っ!?」

『――――?』


 何が起きたのか理解できない。

 急に目の前で渦が巻いたように視界が泡でいっぱいになり、耳元ではごぉぉぉお!という重く遠い音が大きく響いた。


『……渦潮?』


 そんなわけないか。急に流れが変わったみたいに景色が変わったから驚いた。身体は……引っ張られた?そうか、それか。引っ張られたんだ。感覚ないからわからなかった。まだリィムさんへのアンカーは付けたままだった。


 泡が薄くなるのを待って海底に降りていく。アンカーで引っ張られたということは、そこまでリィムさんとの距離は離れていないということ。

 海の底でも探せば目に入る距離にいるはずだ。


 先ほどよりも暗くなった海底で、弱弱しい太陽光を頼りに目を凝らして周囲を見渡すと、きらりと小さな光が視界に過った。

 浮かび、光の下へ行く。


『――リィムさん?』


 そこでは、目を閉じたリィムさんが海底の砂地に横たわり沈んでいた。

 太陽光が微かに届く海の底で、ブレスレットとネックレスの青い魔法石だけが、何かを示すようにと淡く光っていた。

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