第四話、海の世界に降る雪と季節への考察。
例のゴーレム案件から十日ほど経ち。
僕の生まれ故郷である日本では六月も中旬を迎えようとしていた。住まいである東京都は遅い梅雨入りで、最近よく雨が降っている。雨自体が嫌いなわけではないので、それはいい。それはいいんだけど……。雨の季節は怪異や妖怪が多いと本で読んだからこれから憂鬱だ。
まあ今は忘れよう。夢の中にいる時は現実のことなんて忘れてしまおう。いやこの世界はリィムさんからしたら現実なのだし現実ではあるのか……。ややこしいな。
六月の朝。こちらの世界風に言えば十七月の朝になる。
起床から始まる今日はいつも通り至極快適。眠気皆無のお目目ぱっちりだった。しかし、目覚めてたまに思うのは、僕という存在は寝ている間どうなっているのかという話。
現実(地球)で行動しているのは良いとして、この霊体状態の僕はどうなっているのか。完全にこちらの世界からいなくなっているのか、取り憑き先であるリィムさんの中に引っ込んでいるのか、それとも死んだように眠っているのか。興味深い。
考えを振り払い立ち上がり、卓上カレンダーを見やる。
数字は一で始まり三十で終わる。日本で見る一般的なカレンダーと日付は一緒だ。左上に大きく書かれている数字は十七。数字は一から十まで横に並び、それが三つ縦にある。基本の数字色は黒で、青色になっているのが右端の三つだった。
これらを日本式に照らし合わせると、一週間は十日。一か月は三十日。休日は十日に三日となる。そして一年は二十四か月。つまり、厳密に言えば僕はまだこの世界で一年を過ごしていないわけだ。一年が二年分って、少し長すぎやしないか。僕が三百六十五日方式に慣れてしまっているせいだろうか。
何にせよ、僕はリィムさんより先に年を取っていくことになる。少し寂しい。さすがにリィムさんも年齢がどうとか寿命がどうとかなんて心で呟いたりしないので、その辺の事情は一切知らない。もしかしたらファンタジーやSFらしく寿命も地球の人より二倍あるのかもしれない。何せ一年が七百三十日もあるのだし。
『エルフか……』
ちら、と
耳は長くないのでエルフではないとして、カレンダーに目を戻す。
今日は十七月の二十一日。曜日なんてものはない。しいて言うなら第一曜日。日本式の日曜日から土曜日までの欄には数字があるだけ。一から十の数字。これが曜日なのであろう。たぶん。
リィムさんは一週間(十日)が終わると線を引いてその週を消すのでわかりやすい。今日は十七月の第三週だ。一週間が十日だとか、一か月が三週間で終わるとか、色々地球側のことを考えるとこんがらがるが、それも一年あれば慣れる。……こっちだと半年だったね。半年。慣れても忘れることはある。しょうがない。
見慣れたエレベーターに乗り、見慣れたリビングに入り、聞き慣れた挨拶を横に。
『ポヌマーエー』
せかせかちまちま歩き飛び回る水人形たちへ僕も挨拶をした。もちろん反応はない。
さっきはリィムさんにぺこりと頭を下げていたのに、こちらには見向きもしない。少々虚しい。聞こえてないから当然なんだけど。
洗面所で顔を洗う女性の背後上部で鏡を見るのも日課だ。地味にいつか映るんじゃないかと期待している。リィムさんがどんな反応をするか……悲鳴を上げそう。僕だったら叫ぶし。というか最近そういうのは本当にしんどいから無理だ。
『う……頭がっ』
ないはずの脳に頭痛が。
霊体でも頭痛とか止めてほしい。
頭を振り嫌な現実を見なかったことにした。
リィムさんの食事や身支度が終わるのを待ち、一緒に家を出る。
「さすがに傘がないとだめね」
呟く彼女の言葉はわからなかったけど、何となく雰囲気が伝わってきた。一度家に戻り、玄関に置いてある傘を手に取る。外へ出て、水人形に留守を任せて歩き出した。
今日の天気は小雪。
ひらひらと淡い白雪が空から舞い降りてきていた。薄く積もった雪は銀世界には遠く、けれど冬らしさはよくよく表している。高台から見る雪景色の美しいこと美しいこと。上手く言葉にできない。
日本じゃ絶対に見られない、異国の風景だった。
傘を開き、雪に降られながら歩いていく。
霊体に触覚はないので僕は寒さは感じない。リィムさんの姿はいつものドレススーツに厚手の上着を羽織っただけ。あまり変わらないので似合っているとしか感想はないけど、これから冬と考えたら衣替えが楽しみではある。
というか、冬か。雪が降ってきたから実感が湧いてきた。
十七月で冬となると、これからどうなるんだろう。思い返してみると、去年は長い間温暖な気候だった気がする。月日的には四月から十四月くらいまで。僕自身は身体で気温を感じられないので、他の人の服装を見ての感覚ではあるけれども。
十五月、十六月が合間の季節として、十七月から二十四月までずっと冬だったら結構面白いかも。それって夏と秋がないってことになるんだよね。場所柄なのか、惑星柄なのか。色々と興味が尽きない。
地球のこと考えたって、世界中すべてに四季があるってわけじゃない。寒冷地帯は一年中冬なところもあるし、逆に一年中暑いところだってある。そう思えば惑星全体というより、この土地柄と考えた方が納得がいく。
けど、僕は世界中春と冬説を推したい。だって異世界だし。そういうことあった方が楽しいもん。想像が膨らむ。
ふわふわふわと。あまり雪を踏む足音はなく歩みは進んでいく。
リィムさんと並走してもいいんだけど、霊体の癖に僕って鼻が利くんだよね。困ったことに。この人なんというか、良い匂いがするから積極的に近くで歩きたくはない。心臓に悪い。
雪空の下でも色褪せない綺麗な髪を眺めながら、空中を漂ってリィムさんに付いていく。向かう先はいつものドーム。仕事場。最近はデスクワークばかりだったから、そろそろ違う種族の人とお話でもあってほしいと思ったり。
会話はどうせ聞いてもわからないんだけどね。
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