第2話 旅立ちの準備

イリーナは、雨が激しく降る中、グロッサー男爵領の町へ一人歩いて行った。


イリーナに残されたのは最後に父から貰った金貨だけだった。


グロッサー男爵家に滞在するときは、イリーナは貴重品を必ず身に着けるようにしていた。


屋敷には、旅行鞄に数着の衣服を入れたまま置いてきてしまった。


婚約者のリカルドは、イリーナの事を強欲だと言ったが、イリーナからなにもかも奪ったのは妹のルアンナの方だ。


あの屋敷には、イリーナの物はもう何も残っていない。






数時間かけて、着いた町でイリーナは、新しい服を買った。


着ていた喪服は、雨と泥に濡れ使い物になりそうにない。


洋服店の店員はイリーナに同情的だった。


「まあ、貴方どうしたの。こんなに濡れて。」


イリーナは言った。

「ごめんなさい。店が汚れますよね。服を頂けませんか?お金ならあります。」


店員は言った。

「いいよ。こっちにおいで、体を温めた方がいい。あんたに合う服を用意しておくから。」


店の浴室を借り、体を温める。店員は、紫色の旅行服を用意してくれていた。


それに着替えて、イリーナは目の前の鏡を見る。


長い銀髪で、大きな藍色の瞳、紫色の旅行服を身に着けたイリーナがそこにはいた。


もうグロッサー男爵家を名乗る事ができない。


嫡女でもなくなった唯のイリーナ。


家族も婚約者も失ったイリーナ。


イリーナが在籍するザンジ国立学園での単位は全て取り終えていた。


ザンジ国立学院には、優秀な生徒を選出し留学を促す制度がある。


イリーナも資格者に選ばれていたが、グロッサー男爵家の嫡女な為、断っていた。


今は、すべてが妹の物になったとしても、、、、


必ず返してもらう。


その為にも、イリーナは独自の地位を確立する必要があった。






店員へ代金を支払い、イリーナは雨が止んだ石畳の道を歩き、乗合馬車乗り場へ向かった。



帰ろう。



そして、いつかあの人達を見返してやる。



イリーナはザンジ国立学院へ向かう馬車に乗り込んだ。








ザンジ国立学院では、友人のナンシーが出迎えてくれた。


「お父様の調子は大丈夫。思ったより早かったわね。」


ナンシーは、イリーナの親友だ。隣国のジン帝国の侯爵令嬢だった。水色の美しい髪に澄んだ緑色の瞳の美しいナンシーに憧れている学院生も多い。


イリーナは言った。

「亡くなったわ。父が亡くなると同時に母と妹に家を追い出されたの。婚約も破棄されたし。」


ナンシーは言った。

「まあ、イリーナ程優秀な人はいないのに、そんな事が!」


イリーナは被りを振る。

「もう、諦めたわ。だけど、このままじゃ終わらせない。」


ナンシーは言った。

「貴方には私がついているわ。それに、イリーナが婚約破棄したと聞いたら、オージンが喜びそうね。」


イリーナは言った。

「オージンが?どうして?」


ナンシーは呆れたように言う。

「あら?気がついていなかったの?オージンもまだまだね。それより、留学を引き受けるのでしょう。一緒にジン帝国へ行けるのよね。」


イリーナは言った。

「ええ、地位を確立させて、帰ってきたら妹を追い出すつもりよ。これからもよろしくね。ナンシー。」



イリーナは、父が亡くなってから初めて笑った。


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