掌編小説・『将棋』

夢美瑠瑠

掌編小説・『将棋』

(これは、11月17日の「将棋の日」にアメブロに投稿したものです)


 掌編小説・『将棋』


 将棋の神様「シェンロン」と女神さまの「アマテラス」が、光輝く極楽浄土の神々の宮殿にある「孔雀の間」で対戦していた。


 この部屋は、和室で、極彩色の孔雀の羽根の模様の襖絵やら、立派な孔雀の剝製、一輪挿しの豪奢な孔雀の羽根の花束等々で、神秘的なムードが醸し出されていた。

 シナ製の、「Peacock」という名称のお香も焚き染められていた。


 シェンロンが先手で、角道を開き、飛車先を突くのを保留した。

 後手のアマテラスはオーソドックスな四間飛車に組んで、穴熊の堅陣に囲った。

 

 程なくして戦端が開かれ、角交換があって、両方が馬を作った。

 せめぎ合いと駆け引きが繰り返された挙句に、技量に勝るシェンロンが、右翼方面で優位を確保して、だんだんに馬を交えた穴熊城に殺到した。


 …どこからか雅やかな胡弓の調べが響いてくる。

 鹿威しが小気味よく澄んだ音で鳴る。


 あまりにもうららかな昼下がりで、ついアマテラスはうとうととした。


… …


 美貌の女帝「アマテラス」は、敵軍の軍靴の響きを聴いて、胸を轟かせていた。

 「もし親衛隊の金将や銀将、龍馬が討ち取られて、味方が一敗地にまみれれば、私、この神聖な私が引き出されて、辱めを受けることになる。今は城は金城鉄壁の堅陣にしても、敵軍は圧倒的多数だし、落城も時間の問題…もういっそのこと自害しようか?それともまだ何か望みはあるだろうか?わが軍の精鋭な部隊の秘術を尽くしたストラテジーとタクティクスの粋を凝らした挙句に、なんとか時間を稼いで逃げ延びて、痛み分け、引き分けに持ち込めないものか?」

 アマテラスの潜んでいる地下深くの、オリエンタル趣味な、寧ろ瀟洒ですらある「要塞」の奥まった一角には、巨大な、占術用の水晶球があって、そこにはアマテラスの軍の居城はるかの山稜を真っ黒に埋めている敵軍の”歩兵”の群れや、その上空をうねうねと飛び回って、咆哮しつつ火焔を吐いている、巨大な”蛟龍”の勇姿が浮かび上がったりしているのだった。

 アマテラスの親衛隊の隊長である、武将にして参謀役の「周瑜」という美男の若者が、玉座に近づいて、報告し始めた。

 「敵軍の主力は二匹の巨大なドラゴンと精強魁偉な駿馬を駆るドラゴンナイトです。敵側の陣地に侵入したということで士気と意気が上がって、特殊な妖気を孕み、メタモルフォセスをなした化け物、妖魔のようなものです。まともにぶつかってももはや到底勝ち目はないという情勢です。ですが…」

 アマテラスは瞑目したまま静かに次の言葉を待った。

「ですが、なんとか攻撃をしのいで活路を開いて、アマテラス様だけが安全な場所に逃げ延びて、戦い自体を和睦に持ち込むという決着の付け方も可能性として取り得る選択肢です。私には代々家系に伝わる一子相伝の秘伝の妖術の心得があります。その秘術の限りを尽くして、敵に幻覚を見せて誑かして、活路を開いてアマテラス様を十重二十重の敵の厳重な包囲網をかいくぐらせて、遠くまでお連れ申します。さっ一緒についてきてください」

 周瑜は厳かにアマテラスの手を取り、二人は要塞を出て、隠し通路をたどって、城の外へ出た。

 敵に対峙した紅顔の若武者は、威儀を正し、眼前に両手で印を結び、異教的な不思議な呪文を唱え始めた。

 と、今まで晴天だった空がにわかにかき曇り、真っ黒な暗雲が漂い始めた。

 間髪を入れず、青天に霹靂が轟き始めた。目の眩む稲光がひび割れのように、天蓋に走った。

 大粒の雨が降り出して、俄かに視界は誰の眼にも曖昧で定かならなくなった。

 見よ!

 少し呆気にとられた、人々の精神の間隙を突くかのように、震え上がるほど恐ろしい顔をした巨大な「大魔神」の幻影が虚空に出現した!

 敵兵も味方の兵も驚愕して、混乱して逃げ惑い、戦場は阿鼻叫喚の有様となった。

「さっ!アマテラス様!今のうちに早く!」

 俊敏な若武者はいかにも頼もし気な様子で女帝を手引きして、二人は姿を消して、どこへともなく落ち延びていくのだった…


… …


…「KWAN!」


 また、鹿威しが冴えた音を響かせた。 


 微睡んでいたアマテラスが、夢から覚めて、眼をこする。

 シェンロンは水タバコを吸っていた。

 ずっと静かに端座したまま、アマテラスの優美で眉目秀麗な寝顔を眺めていたらしい。


 「あまりのうららかな午後のムードゆえに睡魔がそなたの胸襟深く忍び込んで心を夢界に攫っていたのかな?」

 シェンロンは目を細めて、グルグル唸った。

「失礼しました。逃げ場をなくして、魂だけが夢の世界に迷い込んでいたようです。」

 アマテラスは頬を赤らめて、微笑した。

「夢の中ではまんまと逃げおおせました。竜王たちの猛攻から一人の若武者が私を救い出してくれたのです。でも相変わらず現実には…」

 アマテラスは盤面に流眄一瞥ののち、「負けました」と持ち駒を駒台に置いた。

 

 立ち上がったシェンロンはアマテラスを横抱きに抱え上げ、その花のような唇に接吻した。

 約束通り、アマテラスはシェンロンの今夜の”妻”となることを承諾させられる運びとなったのだ。竜王の地母神への横恋慕…そういう神々の宮殿の中で起こった一つの恋愛沙汰が、いま滞りなく成就した、そういう午後の一齣であった。…


<了>





 

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掌編小説・『将棋』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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