第10話 これがひとつの完成形
双子は実家住まいなので、部屋に飾ることは難しい。両親に見つかったら言い訳が難しいところがある。何せ庶民的な金銭感覚で言うと高価な画だからだ。
一目惚れした、どうしても欲しかった、どれだけ言い分を重ねても、きっと両親は眉をしかめるだろう。まだ独立は厳しいという理由で、実家にお世話になっているのだから。
だからと言って、いただいた、などと言うことも難しい。やはり原因は画が持つ価値である。
普段はクロゼットなどに入れておいて、見るときにだけ出すということもできる。
だが、やはりこの座敷童子たちが生き生きと描かれているこの画は、マリコちゃんが加護するこの「あずき食堂」で飾ることがふさわしい。
マリコちゃんが「買い取る」と言い出さなければ、この画をお迎えするなんてこと、思いもしなかった。これもマリコちゃんが繋いでくれた縁なのだ。
幸い「あずき食堂」の営業は夕方からである。陽の高い季節であっても、立地的に西日も入りにくい。直射日光、紫外線は絵画の大敵である。まずは避けなくてはならない。
湿度も心配だが、店内は常に空調と換気をしているので、大丈夫だろう。
そうして心を砕いても、形あるものはどうしても劣化してしまう。そんなことは分かっていて、有田さんもおっしゃっていた。
「専門のところでスキャンしてありますから。他の座敷童子に見せることもできましたしね」
有田さんは座敷童子たちをお迎えに行った時、お宿に1ヶ月後の部屋の予約をし、それまでに画を完成させて見せに行くと約束をしていたそうなのだ。幸いにもとても好評だったそうである。皆元気だろうか。
「紙はどうしても悪うなるもんです。色かて落ちていく。それはしゃあないことです。せやから保存とか気にせんといてくださいね。今まで書いたもんも、一緒です。どんだけ慎重に保存したかてそうなるんですから」
それでも双子とマリコちゃんは、少しでもこの素晴らしい画を仕上がりの状態のままにしておきたかった。だがしまい込むのは違う。こうして丹精込めて描かれたものは、人の目に触れて初めて生きるのだ。
「手に入れた画をどうするかは、その人の自由です。でもね、僕はできたらたくさんの人に見てもらえたらええなて思ってます」
本当にそう思う。だからこの「あずき食堂」のお客さまに見ていただきたいと思う。
このお店が座敷童子であるマリコちゃんの意思でできたこと、マリコちゃんのお陰で維持できていること、そして皆さまにご提供しているお赤飯に、ほんの少しかも知れないが、幸せになれるご加護が含まれていること。
マリコちゃんの存在は決して公にはできない。それでもこの素晴らしい画を見ていただきたい。座敷童子はこんなに素敵な妖怪なのだと、皆さんに知っていただきたい。
妖怪を信じる人は少ないかも知れない。だが「いるかも知れない」と思うだけでも楽しいのでは無いかと、
思わなくても、この画に描かれた麗しい円形花壇に満面の笑みの座敷童子たちは、きっと見る方々に癒しをもたらすのでは無いだろうか。
双子は店内に画を飾るために、次の定休日を使って画材屋さんへアートフレームを買いに行った。
有田さんから譲られた時にはめ込まれていたフレームは、アルミ製のシンプルなものだった。画を引き立てるにはこれぐらいのものの方が良いだろうと思うのだが、前面が樹脂製だったので、耐久性が高く傷が付きにくいガラス製が良いと思ったのだ。
通販でも買えるものだが、できれば現物を見て、画に合うものを選びたかったのである。
理想は暖かみのある木製フレーム。淡い色で、飾りのできる限り少ないもの。果たして理想のフレームを見つけることができ、配送の手配も無事に済ませた。夕方便で「あずき食堂」に送ってもらうのだ。
それを終えたら今度は場所作りである。双子は奥の方の壁の2カ所に釘を打ち付けた。
そうして甘露寺花柳先生が描かれた座敷童子たちの画は、無事「あずき食堂」に飾られた。決して広くは無い店内で堂々の存在感を放つ。
「わ、何や凄いやん。ほっこりする画やなぁ。明るくなるっちゅうか」
ご常連たちはそんなことをおっしゃりながら、感心された様な
「これ本物? 本物!? うわぁ、めっちゃええやん!」
そう大いに興奮され、双子の許可を取ったあと、スマートフォンを構えて様々な角度から何枚も写真を撮られた。
これも有田さんがおっしゃっていたことだ。写真を撮ることもSNSなどに上げることも禁止しないと。見てもらえるきっかけは何であれ嬉しいものだからと。
画廊は基本的に写真撮影禁止だろうが、それでも人の記憶には残る。収録された画集が発行されればなおさらだ。現物だろうが印刷だろうがデジタルだろうが、流出というものは避けられないのである。
有田さんはそうしたリスクをこれまでも、そしてこれからも背負って行かれるのだ。それが芸術を担う方の重責のひとつなのかも知れない。
「へぇ〜、めっちゃええ画やねぇ」
また、別のスーツ姿のご常連も穏やかなお顔で画を見つめている。
「これ、舞台はどこなん? 架空? 何や見たことある様な」
ご常連は首を傾げられる。朔は「ふふ」と微笑んだ。
「
朔が応えると、ご常連は「へぇ」と嬉しげに目を丸くする。
「すぐそこやん。何や親近感沸くなぁ。で、ちっちゃい子どもらか」
「その子ら、座敷童子なんですよ。現実の風景と妖怪を合わせるんが、甘露寺花柳先生の画風なんです」
「なるほどなぁ。他の画も見たなったわ」
「画集が本屋さんで絶賛発売中ですよ」
さりげなく売り込みをしてみる朔である。
「へぇ、ほな見に行ってみよ。えっと、かんろじはなやぎ、やっけ」
「こう書きます」
朔は伝票の新しい1枚に甘露寺花柳先生の漢字を書くとちぎり、ご常連に差し出した。
「お、ありがとう。なんや綺麗な名前やなぁ。これ、このままもろても?」
「はい。悪筆ですけど、よろしければお持ちください」
「充分充分、綺麗綺麗。ちゃんと読めるし」
ご常連は笑うと、伝票を折りたたんで、ジャケットの内ポケットから出された黒い長財布にしまい込まれた。
「妖怪かぁ。あんま詳し無いけど、こういうのんはなんかええな」
「甘露寺先生は大阪の観光地なんかを舞台に、こうした画を描いてはるんですよ。大阪城とか通天閣とか。せやので画集も楽しいと思いますよ」
「そら楽しみや」
ご常連は嬉しそうにお顔を綻ばせた。
癒し、
マリコちゃんが何を思ってこの画を買い上げようと言い出したのかは判らない。マリコちゃんに聞いても、笑うだけで教えてくれなかった。もしかしたら、自分が描かれているから、気に入っただけなのかも知れない。
だが、結果としてこの画は、こうしてお客さまの
もちろんご興味の無いお客さまには何の意味も無いのかも知れない。だがほとんどのお客さま、特に普段「あずき食堂」のお赤飯を食べられているご常連は、深層心理、もしくは無自覚でマリコちゃんの気配を感じておられるのか、皆さん好意的にこの画をご覧になられていた。
朔はそんなお客さま、ご常連を見るたびに心が暖かくなる。皆さんが妖怪を、座敷童子を受け入れてくださっている様な気がするのだ。
表向きは双子が経営する「あずき食堂」だが、マリコちゃんがいてこそなのだ。そんなお店をまるごと認めてくださった様な思いだ。嬉しくてたまらない。
きっと
「あずき食堂」はまだまだこれからだ。だがこれがひとつの完成形と言えるのでは無いだろうか。朔は沸き上がるぬくもりの心地よさに、そっと目を細めた。
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