第3話 「あずき食堂」できました!
そうして双子は就職し、せっせと働いて学費を貯めた。経済的な面は実家暮らしをさせてもらえたことが大きい。
調理学校に行きたいと言った時にはさすがに両親も驚いていたが、母に料理を教えてもらったことで夢ができたと話したら大いに喜んでくれて、「出世払いやね」なんて言って家に入れる生活費もかなり甘くしてくれた。
入学金が貯まったので願書を出して入学を決め、働いて学費を稼ぎながら学校に通い、双子は1年と半年で課題を納めた。無事調理師免許も取得した。
賞状の様なそれを見せた時両親はもちろん喜んでくれたが、マリコちゃんも飛び上がって歓喜してくれた。
「これでお店ができるな!」
そんなマリコちゃんに笑いながらも、双子は言った。
「すぐには無理やで。もっと修行せんと。お金も貯めなね」
「やな。最低でも5年は修行せんとな」
するとマリコちゃんは「5年も!」と仰天して目を剥いた。
「もう2年近くも待ったんじゃ。5年は待てぬぞ。そんなにも掛かるものなのか?」
「うーん、けどさ、やっぱり最低でもそれぐらいやらんと、人に出せるもん作れるぐらいになれへんやろ」
陽は困り顔を浮かべる。マリコちゃんの気持ちももっともだが、陽の言葉もその通りだ。朔は「そうやねぇ」と腕を組んだ。朔と陽が母に教えてもらったもの、調理学校で習った技術、それらを合算してみて。
やはり時期尚早だろうと思う。だがマリコちゃんをさんざん待たせた。なら今決めるべきでは無いだろうか。
マリコちゃんは小さな手で陽の服を掴んで「待〜て〜ぬ〜ぞ〜」とゆさゆさと揺すっている。陽は顔をしかめながらもそれを甘んじて受け入れていた。
「陽、やろう」
朔は力強く言う。すると陽が「へ?」とぽかんとした顔を上げた。
「やろうって、何を」
「お店よ。また取らなあかん資格もあるしお金もまだまだだけど、やろう」
「いや、無理やろ」
「すぐには無理やけど、他のお店での修行とかもうすっ飛ばして、まずは資格取ろう。で、マリコちゃんに助けてもらおう」
「助けてって、朔、あんたまさか」
「そう。宝くじや」
陽は複雑そうな顔をする。しかし朔は眸に迷い無い意思を示していた。マリコちゃんは「おお」と嬉しそうに手を叩く。
「もちろんお店始めんのに必要な全額や無いよ。銀行で借りれる様になるぐらいの金額や。無一文じゃ銀行も貸してくれへんでしょ」
「わしは全額でも構わんのじゃぞ」
「ありがたいけどそれはあかんよ。自己資金が見込めるだけでも私らは恵まれてるんよ。できるだけ自分たちの力でやらな」
「そりゃあ当たり前やろ。でもそれでええんか? お金もやけど技術ももっと磨いた方がええんちゃうか?」
「お前たちは本当に真面目じゃなぁ。さすが謙太と紗江の子じゃ。解った。朔の思いを汲むとしようかの」
マリコちゃんが言ってくれて、朔はほっと息を吐いた。陽はまだ納得いかない様な表情を浮かべていたが、マリコちゃんがようやくここまで折れてくれたことと、頑固と言われる朔の提案だからか、ふぅと諦めた様に息を吐いて目を伏せた。
「分かった。じゃあ明日にでも宝くじ買って来るか。それで取れる資格取るで」
「ふふ。決めたらフットワーク軽いやんね、陽は」
「善は急げって言うやろ」
「そうやね」
「よし。二言は無いな?」
マリコちゃんが言うので双子は「うん」と頷いた。
「では楽しみにしておるぞ」
マリコちゃんはにっこりと笑った。
それから双子は飲食店経営に必要な免許を取得した。買って来た宝くじも無事に当たった。マリコちゃんを信じてはいたが、本当なのだろうかと抽選日には緊張したものだった。
両親とも話し合い、店が軌道に乗るまでは実家暮らしを許してもらうことができた。本当に甘えているとは思うが、そんな中でもできるだけ親孝行をして行きたいと心の底から思った。
銀行からの融資、店舗の賃貸契約も無事済み、さてお料理をどうしようかと言う時。それは店の内装などにも関わって来ることだ。お料理の内容と内装は合っている方が良いだろう。
「マリコちゃんがスポンサーなんやから、マリコちゃんが好きなもんを出すんはどうやろ」
「それはええな。マリコちゃんは何が好きなんや?」
それは10年以上も共に過ごして来て、初めて出た疑問でもあった。マリコちゃんはいつも母や双子が作るものをどれも美味しそうに食べていたので、特に考えたことが無かったのだ。
「わしら座敷童子は小豆が好きじゃ。赤飯や善哉などはご馳走じゃな」
「赤飯かぁ。なんか祝い事とかに食うイメージよな」
「そうやんね。受験合格した時とかにお母さんが炊いてくれたやんね。今はコンビニとかでもおにぎりで買えるから、手軽に食べられるけど」
「昔は蒸し器を使って手間暇掛けて作ったものじゃ。今では炊飯器で炊けるんじゃからな。良いことじゃ」
「じゃあさ、追加料金でお赤飯を出す食堂にしようよ。お酒はビールとか少しぐらいにして」
「なるほどな。で、おかずを和食にして。やったら学校で習た技術もやけどさ、母さんが教えてくれた、お出汁を効かせた優しい味のお惣菜作ろうや」
「ええね! 白いご飯にも合うやんね」
盛り上がる双子をマリコちゃんはにこにことご機嫌で見つめる。
「ではわしは、その赤飯にほんの少しの加護を与えようかの」
「お赤飯にご加護?」
「そうじゃ。食べたら少し良いことが起こったりの。まぁしばらく着ておらん服を久々に着たら、ポケットから小銭が出て来るぐらいの小さなことじゃ」
「あはは、それ普通に嬉しいやん。うちで赤飯食べたらええことがあるとかって評判になったら、お客さんも来てくれるやろか」
「看板に「食べたらええことがあるお赤飯」とか書いてみる?」
「それはむしろ胡散臭いやろな。でも口コミとかで広がったりしたらええな」
双子とマリコちゃんは何日も掛けて話し合いを重ね、オープンさせるお店の内容を詰めて行った。店名はマリコちゃんが好きな小豆から付けるというのはすぐに決まった。マリコちゃんは「可愛いのう」とご満悦だった。
そうして「あずき食堂」は無事オープンしたのである。営むのは朔と陽のふたりだが、マリコちゃんのご加護があって成り立つお店だ。食べることは大勢の人を幸せにする。だがそこにほんの少し幸福の上乗せができたら良いと思うのだ。
明石さんの奥さまがあずき食堂に来るのを許してくれるのも、柏木さんのバンドのCD売り上げや配信などがいつもより好調なのも、マリコちゃんのお加護があるお赤飯のお陰なのだ。
朔と陽の技術はまだまだ拙いかも知れない。だが1品1品思いを込めて、食べてくださるお客さまの幸いを願おう。
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