1章 「あずき食堂」に至るまで
第1話 双子とマリコちゃんの始まり
双子がこうしてあずき食堂を経営するのはマリコちゃんの願いなのだ。マリコちゃんの言葉で双子はお料理を始め、お店を営むに至ったのである。
双子は幽霊や妖怪が見えるわけでは無い。だが着物を着た幼女だけは見えていた。なので物心ついた頃には両親に「あのおんなのこはだれ?」なんて言って、両親にとっては人どころか何も無い壁を指差して不思議がられたりしたものだ。
それは家に遊びに来た双子のお友だちも同様で、やはり気味悪がられたりした。
そうしているうちに、双子は幼女が自分たちにしか見えない特別な存在なのだと認識し始める。幼女はいつもにこにこと笑顔で和柄の可愛らしい
しかし双子が小学生になり、未熟ながらも自分の意思を持つ様になったころ、双子は相談して思い切って幼女に話し掛けてみることにした。
幼女は双子の部屋にいることが多かった。その日も双子の部屋の片隅で鞠を突いていたので、そっと近付いて声を掛けた。
「あの、こんにちは」
「こんにちは」
すると幼女は鞠を突く手を止め、ゆうるりと首を向ける。そしてふっと口角を上げた。
「ふふ。やはりわしが見える様じゃな」
鈴が転がる様なころころとした声だった。まだ小さな双子にそんな表現は浮かばなかったが可愛い声だと言うことは分かる。双子は驚いて「わぁ!」と声を上げた。
「陽、ほんまにおったね!」
「そうやな朔! おったな!」
双子は手を取り合ってわぁわぁと喜ぶ。両親にも友人にも信じてもらえなかった、見えなかった何かが実在したのだ。
「あの、あなたはだぁれ?」
朔がわくわくしながら聞くと、幼女はにっこりと笑って応えた。
「わしわの、座敷童子じゃ」
「ざしきわらし?」
初めて聞く名称に双子は揃って首を傾げる。幼女は座敷童子とはなんなのかを
妖怪であること。なのでほとんどの人には見えないこと。子どもの姿をしていていたずら好きであること。そして気に入った家に取り憑いて富と繁栄を与えること。見た目こそ幼いが何百年も生きていること。
「とみとはんえい?」
「裕福、金持ちになることじゃの。と言ってもわしは過ぎることはせん。生活に余裕をもたらす程度じゃ」
「へぇ〜」
当時幼かった双子にはぴんと来なかったが、双子ともどもなんの不自由も無く大学まで出してもらうことができたのは座敷童子のお陰だったのだろう。
大学の時には社会勉強も兼ねてアルバイトをしたが、高校生時代までは親からの小遣いで充分にやっていけた。欲しいものが買えないこともあったが、特にお金で苦労した記憶は無かった。
専業主婦である母は父を支えただろうし、父は懸命に仕事に打ち込んだだろう。だがそこには座敷童子のご加護があったのだ。
「お前たちの両親は誠実な、良い者たちじゃ。じゃからわしはこの家にいようと思ったんじゃな。ふたりが東北に旅行に来た時に見付けての、付いて来たんじゃ」
「そっかぁ。でもおとうさんにもおかあさんにも、あなたのことはみえへんねんね」
双子が切なげな表情になると、幼女は「そうじゃの」と気にした風も無く首を振る。
「それは仕方が無い。わしの様な妖怪は見えない者の方が多いのじゃ。お前たちの様な子どもなら見える者が増えるがそれでも少ない。わしは
「そっかぁ」
双子は分かった様な分からない様な気持ちだった。まだ小さかったから無理も無いだろう。
「ねぇ、おなまえは? なんてよんだらええんかなぁ」
「名前か? わしは座敷童子じゃ」
「それは、あの、えっと、ようかいのおなまえやんね。あなたのおなまえはないん? サリーちゃんとかユカちゃんとか、そういうおなまえ」
朔が聞くと、座敷童子は首を傾げる。
「無いのう。付けてくれる人もおらんかったしのう」
「じゃあ、わたしらが付けてええか?」
陽が言うと、幼女は「おお」と目を輝かせた。
「名前は嬉しいのう。今風の可愛い名前じゃと嬉しいのう」
幼女はわくわくした表情で言う。双子は「うーん、うーん」と悩む。
「かわいいおなまえ、なにがええかなぁ」
「そういえば、いつもきれいなボールであそんどったよな」
陽が聞くと、幼女は手にしていた鞠をぽんと上に投げ、落ちて来たそれを受け取った。
「これは鞠じゃ。ボールなんてはいからなものでは無いぞ」
「まり……じゃあマリコちゃんはどうや?」
陽の提案に、朔は「まりこ?」と目を丸くする。
「そう。まりがすきやからマリコちゃん」
「マリコちゃん! かわいいね!」
朔が嬉しそうに言うと、幼女も「ふむ」と目を丸くする。
「まりこ、まりこか。悪く無い。ではそう呼ぶが良いぞ」
幼女はまんざらでも無い様な表情で頷き、双子は大役を成し遂げた様な満足感で「やったぁ!」とハイタッチをした。
「よろしくね、マリコちゃん」
それから座敷童子はマリコちゃんになった。そして双子の新しい、そして大切な友だちになったのだ。
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