10 奥様達 後編

 杉浦様の契約書を持って九時に事務所を出ました。ハウスアートに向かって名二環に入ると、いくらも走らないうちに渋滞。地下区間の中、全く動かない。事故でもあったのかと思いましたが、緊急車両などが向かう気配はなし。でも止まって十分ほどたったころ、消防車が渋滞の車の間をすり抜けていきました。やっぱり事故だったんだ。そしてもうしばらくすると、ラジオの交通情報で事故を告げ始める。この先の、いつも渋滞する出口で四台の追突事故。車内に閉じ込められている方がいるようで救助活動中とか。遠藤さんに電話しました、遅れますと。事務所を出るときに、十時くらいに行くと連絡してあったので。電話を切ってからもたまに数メートル進むだけのトンネルの中。思い出してしまう、土曜日のことを。


 事務所を出てからスーパーに寄って、買い物をしてからの会社の駐車場。昼食のお弁当も買ったので早く帰ろうと思ったところに、隣の車の陰から人影が現れました。

「なんで……」

その人物を見て一瞬固まりました。でもすぐに車に乗り込み、ドアをロック。その人物は隣の車の前に回り込んでくる。私は車のエンジンを掛けました。するとその人は私の車の前に。そして、

「ちょっとでいい、話させてくれ」

と、言います。その人物は中野栄一。

 前の会社に入社した最初の夏に、私は同期入社の中野君と付き合い始めました。とても優しく、大事にしてくれた。でもそのうちそれは私を束縛していく。何もかも私のためだと言ってすべてに干渉してくる。ついには朱美や真由、私の友達が、親友が、私には悪い存在だと言い出し、付き合わせないようにしようとまでし始めた。なので最初の秋が終わる前に別れました。

 一年と少し経ってから、私は新しい彼と付き合い始めた。その付き合いが半年近く続いたころ、中野君が私と彼の関係を知る。そして、別れさせようとする、その男は良くないと言って。実際その時は中野君が言った通り、良くない相手だった、私が気付かなかっただけで。中野君に感謝すべきかもしれない。でも、別れさせるために彼がとった行動は異常でした。犯罪かも知れないことだった。そしてそれが大元の原因となって、社内で騒ぎが起こる。その騒ぎで私は会社にいられなくなり、やめざるを得なくなった。辛い思いも、惨めな思いも、そして恥ずかしい思いも、散々味合わされた。

 私には話すことなんて何もない。顔も合わしたくなかった。でも車の前に立ってられたのでは何もできない。意を決して運転席の窓を少しだけ開けました。

「もうほっといて、お願い」

そしてそう言いました。彼が運転席のドアの方に来る。目の前が空いたので発進させようかと思ったけれど、彼が近すぎるのでやめました。

「ちょっとだけだって」

「もう、何なの? 早く言って」

運転席のガラス越しに彼が私を覗き込む。

「お前、あのひょろっとした奴と今付き合ってるのか?」

ひょろっとした奴って誰なのよ。それに、お前? なんであんたにお前なんて呼ばれ方、まだしないといけないのよ。

「はあ? それ誰のことよ」

「先週そこの茶店で二時間くらいしゃべってたじゃないか」

そう言ってパチンコ屋さんの方を指す。

「それにちょっと前から二人で飲みに行ったりしてるやつだよ」

そう言われたら誰のことかわかる、前原さんのことだ。でも、二時間? ちょっと前から? まただ、……怖くなりました。

「あいつ、会社に仲のいい女がいるぞ」

そしてこれもまただ。中野君は私のためだと言って私を見張り、私と親しい人をつけまわす。

「お願い、もう、そういうことするのやめて」

「そういうこと?」

「私や、私の周りの人を見張ったりするの、やめて」

「なんで? 全部お前のためにやってるんだぞ」

「そんなの私のためじゃない」

「お前のためだよ」

「違う、みんな自分のため、中野君のためにやってることでしょ」

「俺のため?」

「そう、中野君以外の人と私が親しくするのが気に入らなくてやってることでしょ?」

中野君が一瞬だけ黙りました。でも続けます。

「そう言われたらそうかもしれない」

「でしょ」

「でもそれは、梨沙が梨沙のためにならないやつと付き合うからだよ。だから気に入らないんだ」

だめだ、議論にならない。

「もうやめて、私が誰と付き合おうとほっといて。私のためにならない相手でも、それは私のことだから」

中野君がまた黙りました。もう半歩、中野君が車から離れていれば発進出来るのに。

 中野君が再び口を開く。

「梨沙は誰かと付き合ってないといけないのか」

いままで冷静な口調だった中野君の言葉に、少し角が出来たように感じました。

「当たり前でしょ」

「そんなに男が必要なのか」

生活するうえで、仕事するうえで、誰かと付き合うのは当たり前ってつもりで、私はそう言いました。でも彼の論点は違っていた。彼の言う私の付き合いは、男の人との交際ってことなんだ。

「男がって、意味わかんない」

「なんでだよ、男と付き合うのは当たり前って今言ったじゃないか」

頭痛い。

「あのね、世の中半分男なんだよ。仕事して生活するのに、女の人とだけの付き合いで済ますなんて不可能でしょ。それと、付き合う彼氏が必要なのかって言ってるの? ならそれも当たり前よ、彼氏は欲しいわよ。今はいないけどね」

一気に言ってやった、最後に今はいないと付け足したけど。

「やっぱり男が必要なんだ」

「中野君だって彼女欲しいんでしょ? さっさと次の彼女見つけなよ」

すると運転席のガラスに手を掛けてきた。今のセリフは失敗だったかな。私は助手席側に身を引いて身構えました。

「俺の彼女はお前しかいないじゃないか。俺は梨沙だけなんだ、梨沙しかいらないんだ」

違う男の人から言われたらホロっとしてしまいそう。でも目の前の彼を見て思う。ここまで想ってくれる男は危険かもしれない。想いの程度をじっくり見極めないといけない。こうならないようにいい教訓だ。なんて思考が働く余裕はありませんでした。私は少し感情的になる。

「よく言うね、私と別れた後、手当たり次第に女の子口説いてたでしょ」

「それでわかったんだよ、梨沙しかいないって」

誰にも相手されなかっただけでしょ。社内の女の子の間でそのころ広まった話。中野君に食事に誘われたら、そのあと部屋に誘われるから要注意。割といいお店に連れて行ってくれるから食事するのはOK。その代わり、当たり前のように部屋に連れて行こうとするのを拒否し続けて、逃げ帰るくらいの覚悟が必要。二年目に入ったころ、後輩の女の子からそう聞かされた。彼女たちは先輩から聞いたと言うけれど、私はその話を知らなかった。私の同期は私と彼が付き合っていたのを知っているから、私の耳に入れなかったのだろう。

 この人と付き合っていたことを情けなく思ってしまう。最初はこんなんじゃなかったんだけどな。どっちかって言うと、誘ってくるのは強引だったけど、そのあとは笑っちゃうくらい奥手だったんだけどな。ず~っと、食事だけのデートが続いたくらい。私が変えちゃったのかな、いけなかったのかな。

 そんなこと考えていられない、今は。でも返す言葉も出てこない。何を言っても彼の論理で返されるだけ、無駄な抵抗だ。

「梨沙しかいないんだよ、梨沙とだけ付き合いたいんだ」

それが本音なんだよね、きっと、ずっと。ありがたい言葉だけどいらない。

「ごめん、私は中野君とだけはもう付き合いたくない」

別れる時にも言わなかったひどいことを、そして今の本音を、言いました。

「なんでだよ、間違ってるよ。俺はお前のためだけを考えてるのに」

もう会話は必要ない、言葉が通じないから。彼は彼の考えだけ、私の言葉を聞いてくれないから。

「もうやめて、帰って、そしてもう会いに来ないで」

「いやだ、言っただろ、俺には梨沙だけなんだ」

「警察呼ぶよ」

彼がガラスから手を放す。

「なんで警察なんだよ」

「これ、ストーカー行為だよ、警察呼べるんだよ」

「ストーカーって違うだろ、俺は梨沙のために……」

「やめて、私はそれを望んでないの、拒否してるの」

彼の言葉を遮ってそう言いました。

「拒否って、拒否する梨沙が悪いんだろ」

今度はその言葉には答えずこう言う。

「それに去年のことだって、あなたは表に名前が出なかったから知られてないけど、写真の出所があなただってバレたらどうなると思う? 会社にはいられなくなるんじゃない?」

これは脅迫でした、ばらすぞって言う。彼が半歩下がる。

「しゃ、写真って、あれは堀口さんが、俺じゃない」

「でも出所はあなたでしょ。あなたが撮ったと知ったら、あなたを訴えるって人が出てくるんじゃない?」

ほんとに嫌なことを言ってる、こんな言い方したくないのに。

「訴えるって」

彼の顔色がなくなりました。なので、

「もう一回言うね、もう私に関わらないで。私の前に現れないで。じゃないと次は本当に警察呼ぶから。いい?」

そう言いました。そして車を出しました。何か言いかけた彼が、私に睨まれているのに気付いて俯くのを見てから。




 三十分ほどトンネルの中にいましたが、ハウスアートに着いたのは十時を十分ほどだけ過ぎた頃でした。もともと渋滞しても一時間掛からないところなので。遠藤さんを訪ねて営業の部屋に行くと、遠藤さんから応接で待っててと言われました。なので応接室の一つへ。ハウスアートの応接室はお施主様と打合せする場所なので、ミーティングテーブルと事務用の机椅子です。私は椅子の一つに座ってから、杉浦さんから頂いた契約書類を鞄から出してテーブルに置きました。そして数分も待つことなく遠藤さんが現れました。

「ごめんね、契約書まで取りに行かせちゃって」

私の前の椅子に座りながらそう言います。

「いえ、じゃあ、まずこれをお渡ししますね」

そう言ってテーブルの上の契約書類を遠藤さんの方に差し出しました。

「ありがと、一応確認するね」

遠藤さんが書類に目を通し始めます。私はそれを見ながら口を開きました。

「金曜日に契約ってことだったので、確認検査会社の方には久保田さんが金曜日に事前審査を出しました」

「そう、そんなに急いでたっけ?」

書類に目を落としたまま遠藤さんがそう聞いてきます。

「これは青木さんの指示です。娘さんは四月から高校生なのでまだいいとしても、下の男の子は新しい家での学区で中学生になるので、出来れば三月中に竣工させて、新しい家から通わせてあげたいと」

「そ、でも最初からもう三月中は難しいから、杉浦さんの実家から当分は通わせるって言ってなかったっけ?」

「そうなんですけど……」

「ま、入学早々住所変更ってのもなんだから、そう出来ればその方がいいわよね」

遠藤さんはそう言うと書類を閉じてテーブルに置きます。そして続けて話します。

「問題なし、ありがとね。じゃあ梨沙ちゃん、引き続きよろしくね。突貫でやるなら、決めるものは早く決めていかないといけないから忙しくなるわよ」

「そうですね、頑張ります」

私がそう答えると遠藤さんが席を立ちました。呼びつけられたので他に話があると思ったのに。そう思っていたら、

「これ置いてくるからちょっと待っててね」

と、部屋を出ていきました。そしてしばらくすると、

「ごめん梨沙ちゃん、ここ開けて」

と、扉の向こうから遠藤さんの声。扉を開けに行くと、コーヒーの入ったカップを二つ持った遠藤さんが入ってきました。

「ブラックで良かったよね」

「はい、ありがとうございます」

また向かい合って席に着きました。

「土曜日は奥さんだけだったのよね、何か話した?」

遠藤さんがそう聞いてきます。多分、自分のことを聞かれたのだろうと思っているのでしょう、と、私は先読み。なのでこう言いました。

「奥さん、ご存知でしたよ、ご主人と遠藤さんのこと」

「……? そりゃそうでしょ」

一瞬、何言ってんの? って顔をしてからそう返してきます。

「えっ、そうなんですか?」

「だって最初の打ち合わせの時いきなり奥さんに、彼女が小百合、昔の彼女だよ、って紹介するんだもん」

ああ、その光景は十分に想像の範囲内でした、あの旦那さんなら。

「なんか、想像できます、それ」

「でしょ、そのあとも私のことはずっと下の名前で呼ぶのよ。奥さんの前でくらいやめろって言うの。いくら知ってると言っても、奥さんにしたら面白いわけないからね」

「それで私に任すって言ったんですか?」

そう思ったのでそのまま聞きました。

「ま、それもある。最初は普通に笑顔だったんだけど、そのうちご主人が私の名前を呼ぶたびに、奥さんの笑顔が歪んで見えたの」

やっぱりそういうことに遠藤さんは気付いていたんだ。

「奥さんからもそんな感じの事を聞きました」

「えっ、やっぱり嫌だったって?」

少し驚いた顔で遠藤さんがそう聞いてきます。

「いえ、ハッキリそうおっしゃったわけではないです。ただ、ご主人は普段から小百合って、家の中でも言ってたみたいで慣れてたつもりだったようですけど、実際にご主人が小百合と呼ぶ人に会って、その人がご主人と話しているのを見てたら、なんか変な気持ちになったって」

遠藤さんはカップの中のコーヒーに目を落として、そして口を開きます。

「そうよね」

なんか元気のない声に聞こえました。なので私は明るめに返します。

「私だったら、小百合って女が来るって知った時点で、一緒に行かないですけどね」

顔を上げた遠藤さんは私の顔をしばらく見てから笑顔で言います。

「ひどい、梨沙ちゃんに呼び捨てにされるとは思わなかった」

「すみません」

笑顔で謝りました。遠藤さんは、そのあとはいつもの調子で話します。

「それにしても、家の中でも言ってるの? あの人」

「みたいですよ」

「子供の前でも?」

「はい、みんな知ってるって、奥さんは言ってましたよ」

「信じらんない。ほんとに神経疑うわ」

「でもその人と付き合ってたんですよね、遠藤さん」

そう言ってやりました、笑顔で。

「昔の話よ」

そう返す遠藤さんに、一つ思い付いて質問しました。

「遠藤さんは杉浦さんと出会う前に、青木さんと出会ってるんですよね?」

「そりゃそうよ、青木さんから紹介されたんだから」

「青木さんは恋人候補にならなかったんですか?」

その可能性もあったんじゃないかと思って聞きました。

「はあ? なるわけないじゃん」

そう言う遠藤さんは呆れ顔、そして続けてこう言います。

「青木さんは名古屋に来た時、すでに奥さんいたんだから。知らなかった?」

知らなかった! そうだったんだ。

「知りませんでした」

「そっか、確か子供が生まれたばかりくらいだったよ」

「子供もいるんですか?」

「うん、女の子、娘さん。名前聞いたけど忘れちゃったな。……ん? 梨沙ちゃんくらいの年齢じゃない?」

なんだか驚きがいっぱい。

「そうなんですね、独身だと思ってました。でも、今、一緒に暮らしてないですよね。奥さんと娘さんはどこかよそにいるんですか?」

うん、絶対に隣の部屋で青木さんは独り暮らしだ。あそこに他に誰かいるとは思えない。

「今どこかは知らない、青木さんが出て来たみたいだから。ひょっとしたら前の所にずっといるのかもしれないけど」

なんだか意味不明。

「どういうことですか?」

「あっ、離婚しちゃってるのよ、だいぶ前に。そういう意味では、今は独身で間違いないわよ」

またまた驚きでした。私はもう少し詳しく聞こうと思いました、単なる好奇心で。でもそれは出来ませんでした。そこで遠藤さんの部下の方が遠藤さんを呼びに来て、話が終わってしまったから。




 その週は何事もなく金曜日を迎えました。久野邸で新たな騒ぎが起こることもなく。そして、あいつからの接触も、近くにいる気配もなく。そして今日、金曜日も問題は起こらず順調。今週は土日ともに休めそう。なんて思っていた夕方、会社のスマホが鳴りました。知らない番号でした。

「はい、高橋です」

『私、関口と申します、青田設計の高橋さんで間違いないですか?』

聞き覚えのない女性の声でした。関口と言う名前にも覚えがありません。

「はい、そうです」

『久野春香さんから、あなたの名刺を頂いて電話させて頂いてます。よろしいですか?』

久野春香、久野の奥様だ。でも、この関口って人は誰? 奥様が私の名刺を渡したの? なんで? 美季さん用のお部屋のことは、お話が具体的になってからってことで、納得してくださったはず。また何か新しいご要望でもあるのかしら。などと思いながら受け答え。

「はい、どうぞ」

『一度お会いしてお話したいことがあるんですけど、お願い出来ないですか?』

「えっと、お会いするのはいいんですけど、どういったご用件でしょう?」

『それはお会いした時にお話しします。出来れば早い方がいいんだけど、例えば明日とかお忙しいですか?』

ますます怪しい。急いでいるってことは、やっぱり工事に関係あること? お引渡しまでにまだ何かあるのかも。そして電話で用件を言わない。面と向かって有無を言わせない状態で、何か要請されるのかも。なんだか怖い、けど、こう言っちゃってました。

「いえ、明日なら大丈夫です」

『よかった。じゃあ、どこでお会いしましょうか?』

「どこでもお伺いしますよ」

『そう、じゃあ……、ごめんなさい、うちまで来て頂いてもよろしいですか?』

「わかりました、では、ご住所をお教えください」


 翌日の土曜日、午前九時半の少し前。公団の大きな建物が立ち並ぶ熱田区の団地の中にいました。団地と言っても最近の建物なので、そこらで見かけるマンションと変わりありません。それもどちらかと言うと、高級マンションと。F棟のエントランスで、お聞きしたお部屋番号でインターホンを鳴らすと、どうぞ、の返事とともに自動ドアが開きました。入って一階の共用通路を歩きます。そして目的地である突き当りの十二号室の玄関前に。

 昨日、関口と名乗る人との電話を終えた後、青木さんに相談。相手の素性や用件がわからないと言うのに、行っといで、と、あっさり言われてしまう。久野邸の工事のことで、私が返事出来ないような内容なら、話だけ聞いて帰ってきたらいいから、と言われてしまいました。一緒に行こう、とは言ってくれない。

 玄関前のポーチにあるインターホンを押しました。返事はありません。代わりにしばらくして、玄関引き戸が開きました。そう、玄関は引き戸でした。しかも、下には一切段差がない、ガイドレールのみのハンガー引き戸。そこで気付きます、この建物、ここまで一切段差がなかった。

 出迎えてくださった女性は、多分、青木さんくらいの年齢。

「おはようございます。青田設計の高橋です」

すぐに挨拶しました。

「関口です、すみません、お呼び立てして。どうぞお入りください」

電話でお聞きした声でした。私が短いポーチを抜けて扉の所まで近づくと、その方は先導するように中に入っていきます。なんとなく足の運びがぎこちなく、壁などに手を添えながらですが歩いています。でも玄関を入ると、広い土間部分の引き戸の戸袋側に、電動の車イスがありました。

 玄関の土間部分で靴を脱いで、置いてくださっていたスリッパを履いてからその方に続きました。もう確信していました、その方は久野のご主人の前の奥様、美季さんだと。


 玄関からまっすぐ続く広めの廊下。左右にあった引き戸は閉まっていたので、どういうお部屋があったのか分かりません。廊下の突き当りの引き戸は開いていました。その先はリビングのようです。女性は引き戸を抜けるとすぐ右へ姿を消します。遅れてリビングに入ると、右側はリビングに面したカウンターのあるキッチンでした。そのキッチンに立つ女性が、カウンター越しに置いてあるテーブルを勧めてくれます。テーブルは四人掛けくらいの大きさがありますが、イスは左右に一脚ずつ。キッチンから見て右側を指していたので、私はテーブルを回りこんで右側の椅子の所へ行きました。

 女性はキッチンで何かしているようですが、私の立っているところからは袖壁で見えません。リビングの方を見ると、キッチンカウンターの正面、一番奥が掃き出し窓でその先はベランダです。窓は左側が開いていました。ベランダの先、少し離れたところに生け垣があり、その向こうの道路を渡ると、大きなショッピングモールがあります。掃き出し窓の右半分はカーテンが掛かっていて、そのカーテンの前には、窓の半分を塞ぐように大きなテレビが置いてあります。テレビの前には少し離れてリビングテーブル。そして、少し座面の位置が高めのソファー。クッションで覆われたベンチのようなものです。

 掃き出し窓の左側は壁ではなく、折り戸タイプの間仕切りのようです。私の部屋にあるのと同じようなものに見えました。その向こうはお部屋なのでしょう。見える範囲には背の高い家具はなく、また、全体的に見て、物の少ないお部屋です。その、物の少ないお部屋の中で、このテーブルの近くにある腰高のキャビネットに掛けられた杖と、ソファーの横に置かれたコンパクトな車イスが目立っていました。

「あっ、ごめんなさい。お掛けになっててくれてよかったのに」

その声で左のカウンターの方を向きました。女性はワゴンにコーヒーカップのセットと、お皿に並べたクッキーを載せて、押して来るところでした。

「どうぞお構いなく」

そう言って立ったまま待ちました。やっぱり女性の足取りは、どこか不自由のように見えました。なので、

「あの、お手伝いしましょうか」

と、一歩踏み出しました。でも、

「いえ、大丈夫ですよ。ありがとう」

と言われて止まります。女性はテーブルの横でワゴンを止めると、上に載せてきたものをテーブルに置いていきます。

「どうぞお掛けになってください」

そう言われてイスに座りました。女性もテーブルにカップなどを載せ終わると椅子に座ります。テーブルに手をついて、体重を腕に預けてからそっと腰を下ろすように。

 女性はコーヒーを勧めてくれてから口を開きます。

「改めまして、関口と申します。急にお呼び立てして、本当にごめんなさいね」

「いえ、青田設計の高橋です。よろしくお願いします」

座ったまま頭を下げました。

「春香さんから、高橋さんには私のことをお話したと聞いてるから、もうお分かりよね。私は久野久の前の家内です」

やっぱり美季さんでした。でも、

「あ、はい、そうですか」

としか言いませんでした。

「春香さんから私の体のことも聞いてるわよね?」

「はい」

「でも、今見てたでしょ、もう普通に生活する分には不自由ないくらいにはなってるの」

「……」

「まだ長い時間歩くのはちょっと無理だけど、そこのスーパーくらいまでなら歩いていくのよ。ま、買い物カート兼用の歩行器押しながらだけどね」

そう言われると、玄関の電動車イスの横に、そんな感じのものがあったかも。

「そうですか、回復されてるんですね。良かったです」

「ええ、ありがと」

美季さんはそう言うと、テーブルの上のコーヒーとクッキーを改めて勧めてくれました。なので手を付けます。するとクッキーが温かい。お部屋に入ったとき、甘い香りとバターのいい匂いがしていたことを思い出しました。

「焼きたてですか?」

思わずそう言ってました。

「どう? お口に合う?」

「ええ、とてもおいしいです」

「よかった」

「すみません、わざわざ焼いてくださったんですか?」

「ううん、趣味なのよ、お菓子作り」

そう言って、美季さんも一つ口に入れます。そしてコーヒーも一口含んでから話始めます。

「今日お話したかったのは、春香さんが新しい家に私を呼ぼうとしていることなの」

「はい」

それしかないと、もう思っていました。その話を進めているんだと。

「私のために、車イスでも不自由しないようにいろいろ考えてくれているみたいね」

「はい」

「そして工事が終わるまでに、私が住む部屋も整えてしまいたいと、高橋さんに相談してるのよね」

「はい」

工事が終わるまで、なんて話はありませんが、奥様が美季さんにそう言ったのでしょう。なのでただ頷きました。

「工事はもうすぐ終わるんですって?」

「はい、ほとんど完成していますので」

美季さんはそこでまたコーヒーに口をつけました。そして続けます。

「だから早くお話しないといけないと思って、慌てて連絡させてもらったの」

「そうでしたか」

「でね、車イス対応のキッチンだとか、浴室だとか、春香さんがいろいろ考えてくれてるんだけど、そう言うの必要ないですから。それをはっきりあなたに言っておこうと思って」

「はい」

「さっきも言った通り、ある程度は不自由なく普通に生活できる体だから。それにリハビリを続ければ、まだまだ良くなるって言われているし」

なるほど、だから特別な設備は考えなくていいってことなんだ。そう理解しました。

 美季さんは自分も手を出しながら、またクッキーを勧めてくれます。なので頂きました。そしてコーヒーも口に含みました。

「だから、私が住む予定の所の工事が止まっているなら、春香さんたちと相談して、春香さんたちがいいように完成させてあげてください」

そう言いだした美季さんの言葉の意味が、今一つ分かりませんでした。

「私はもう普通に生活できるんだから、面倒を見てもらう必要はないから」

続けてそう言われてわかりました。これは一緒に住む気はないってことだ。

「今までも本当にいろいろ気に掛けてくれたの。まだ歩けない頃に、車イスで住める部屋を探せって、久さんに言ってくれたのは春香さん。ううん、ここに移る前、まだ入院中に介助もできる家政婦さんを探してくれたのも春香さん」

「……」

「子供たちがまだ小さいから、春香さん自身は自由に動けない。その分ほんとにいろいろ気を遣ってくれた。それで十分」

その言葉を聞きながら、美季さんの後ろのキャビネットの上に目が行きました。そこには写真がいくつか並んでいます。久野さんのお子さんたちが写った写真。赤ちゃんの頃から最近の姿まで。美季さんが一緒に写っているものもあります。

「お子さんたちとも仲良くされてるとお聞きしてますけど、ほんとによろしいんですか?」

そう聞いてました。

「そうね、あの子たちと暮らすのは楽しいでしょうね。でも、それも理由の一つなの」

「……」

「今の距離感だと、お母さんと仲のいいおばちゃんってことで済んでる。でも一緒に暮らすとなると、何でって、そのうち思うはず。そして私がどういう人間か知ることになると思う。大人になってからならいいだろうけど、まだ小さい子供のうちに知ったらどう思うかしら、ねえ」

そう言われれば頷くしかないかも。小学生くらいになれば、家に他人が一緒に住んでいるのは不思議に感じるでしょう。そしてその人が誰なのか知ろうとするかも。美季さん本人がそう言うなら、こちらからは何も言えない。

「そう言うことは久野の奥様、春香さんにもお話されたんですか?」

「ええ、昨日お話したわ。でも、納得しきってなかったの。なにかいいことを考えるとかって。そして、普通の部屋でいいならそれはそれで、より住みやすい部屋をあなたに提案してもらうって。だからあなたの名刺をもらって、電話させてもらったの」

経緯が見えてきました。奥様の方は諦めていないようだけど、当のご本人にその意思がないならしょうがない。

「だからあなたからも春香さんに言ってもらえない? 私に一緒に住む意思はないようだから、この話はなしにして、普通にもう一部屋作りましょうって」

美季さんが続けてそう言います。私は確認するように一つ質問しました。

「先ほど、お子さんたちのことは理由の一つだとおっしゃってましたけど、他にも理由がおありですか?」

美季さんは少し顔を伏せました。

「それは、まあ、……ねぇ」

「差し支えなければお聞かせ願えませんか?」

言い淀む美季さんに、さらにそう言いました。美季さんは上目使いに私の顔を見ます。そしてまた目を伏せるとこう言いました。

「それはね、私のけじめみたいなものなの」

けじめ、青木さんも使った言葉。

 美季さんが今度は顔を上げて私を見ます。

「久さんは、春香さんと生まれてくる子を養いたいとは言った。でも、私との離婚は考えていなかった。私と離婚して、二人を正式な妻子として養うように言ったら怒りだした、私が出ていく話をするなと」

そこまで言うと美季さんは目を伏せました。そして続けます。

「産まれてくる子を、産まれた時から久さんの正式な妻から生まれた子にしてやって、と私が言ったら、春香さんは私を追い出すようなことは出来ないと言った。悪いのは全て自分、子供は一人ででもちゃんと育てる。だから私が出ていくようなことは考えないでと、泣いて謝ってくれた」

春香さんが泣いたんだと、聞いていた私と、また美季さんの目が合いました。

「詳しく話すと長くなるからしませんけど、そんな二人を説得して、私は久さんの所を出たの」

 美季さんはそう言ったあと、カップに手を伸ばします。でもその手は途中で止まり、脇のワゴンの方を向きます。ワゴンの上には置いたままの魔法瓶型のコーヒーポットがあります。それを取ろうとしている様子。見ると美季さんのカップはほとんど空でした。ポットを取ろうとした美季さんですが、座った位置からでは体勢が悪く、重かったようです。テーブルに手をついて立ち上がろうとしました。私はそれを見て席を立ち、

「私がやりますから座っててください」

そう言って、テーブルを回りこみました。

「ごめんなさい、ありがとう」

そう言った美季さんのカップにコーヒーを注いでいると、私にも勧めてくれます。なので自分のカップにも足しました。美季さんはコーヒーを一口含むと、席に戻る私を見ながら口を開きます。

「まあ、ご存知の通り、実際は離れ切れていないの、恥ずかしい話だけど。でも、これ以上はダメ、今の距離感が限度。これが私から言いだして離婚した、そして再婚させた、私のけじめなの」

ほんとに青木さんが言った通りのようです。私はその青木さんの使った言葉を借りました。

「今の距離感で、一線を引いておきたいってことですね?」

「そっ、その線は超えてはいけないのよ。今まで何本も超えちゃったけど、これが最後の線」

「そうですか」

としか言えません。私が考えたり、想像したりできる範囲を大きく超えています。そのくらい複雑で繊細なことだと思う。そして、大人の想いだと思う。私から見ると、美季さんは久さんのことを好き過ぎる、愛し過ぎている。私なら相手が浮気した時点で終わり、だと思う。結婚したことは勿論ないし、結婚相手がとても子供を欲しがっている、そしてその子を産んであげたいと思っている。その人に子供を持たせてあげたいと本気で思っている。なんてシチュエーションの経験がないので、実感としては共感しようがないし、まだ想像さえ出来ない。春香さんの想いも理解出来ないし、私はまだまだ子供だ。そこまで深く誰かを想ったことがないんだ。そう、大人の想いってのを持ったことがないんだ。

「でも、その心配もなくなるかも」

美季さんが続けました。私は意味が分からず美季さんを見つめるだけ。

「私の父親ね、認知症の症状が出始めてるらしいの」

「はあ」

突然の話に言葉が出ませんでした、変な声は出たけど。

「実家は弟の家族が同居してくれてるんだけど、弟の奥さんにかなり負担がかかってるみたいなの。母も年だからね」

「それは、実家に帰るおつもりってことですか?」

聞いてしまいました。

「まだどうしようかなって考えてた程度だったんだけど、今回のことで決めちゃおうかなって。やっぱり距離が近いからこうなるのよね、春香さんにまで、まだこんなに気を遣わせて」

春香さんにまでってことは、話に出ていないだけで久さんも何かしらしているのかな? お金のこととかは久さんが面倒みているんだろうな。なんて考えましたが、何も言いませんでした。すると美季さんから久さんの名前が出てきました。

「ま、久さんのご両親もいろいろ悪いところがあるみたいだから、帰ればそっちのお世話でお返しできるかもしれないし」

「久さんのご実家、近くなんですか?」

当然の疑問として、また質問していました。離婚してるのに久さんの両親の心配までしてるなんて、ほんとに久さんのこと好き過ぎだよ、と思いながら。

「隣なの。と言っても田舎だから、畑と田んぼ挟んで、百メートルくらい離れてるかな」

隣って、幼馴染ってこと?

「どちらなんですか? ご実家は」

「郡上、分かる?」

「あっ、白川郷に遊びに行ったとき、郡上八幡ってインターありましたけど、あのあたりですか?」

長良川沿いを北上して富山に抜ける東海北陸道で、そのインターを見かけた覚えがありました。

「うちはその次の次かな? 白鳥の方なの」

「そうですか、遠いですね」

「うん、遠いわよ、高速が通ったと言ってもね」

二時間は掛かるかな? のぞみに乗れば東京駅まで行く方が早いかも。それだけ離れれば、もう簡単には会えない。

 カップに口をつけている美季さんに尋ねました。

「このことも奥様、春香さんに話されたんですか?」

「ううん、まだ」

「そうですか。先ほどのことをお話するときに、話ちゃってもいいですか?」

「う~ん、それはやめて」

やめて、か。話せたら、美季さんは一緒に住まないですよと、春香さんに言いやすいのに。でも、父親の介護で実家に帰ると言ったら、また心配させて気を遣わせると言う考えがあるのかも。だとしたら、私から話すわけにはやっぱりいかないよね。

「はあ、そうですか」

ちょっと沈み口調で返事しちゃいました。

「あっ、黙って帰るつもりじゃないから、安心して。これは自分から話したいだけ」

暗めの私の返事を聞いて、美季さんはすぐにそう言ってくれます。

「それに、勝手には帰れないから。この部屋だって私は何も契約とかしていないから、出て行くならちゃんと手続きしてもらわないといけないし」

「そうなんですか」

「そうよ、賃貸なのかどうかも知らないの、聞いても教えてくれなかったから」

「そうなんですね」

 そのあと、元から姿勢よく座っていた美季さんが、改めて姿勢を正して口を開きました。

「わざわざ来て頂いたのに、大した話じゃなくて申し訳なかったわね」

「いえ、そんなこと」

「でも、私の部屋を考えてもらうのは無駄なことだから、早くお伝えしないと、と思って急いだの。工事も止めたままだと困っちゃうでしょ?」

どうやら春香さんは、出来上がっているお部屋を改造して美季さんを呼ぼうとしているとは言っていない様子。そう言うと、美季さんが気を遣うと考えてかな? なら、私もそのことを言うわけにはいかないですね。

「わかりました。では、関口さんからは同居の意思はないとお聞きした、とだけ奥様にお伝えして、進めさせていただきますね」

「ええ、そうしてください。よろしくお願いしますね」


 用件はそれで終わりました。そのあとは、クッキー食べちゃって、と言う美季さんの言葉で、飲み物も紅茶に変えて歓談タイム。と言っても共通の話題は久野家のこと。必然的に久野さんご一家の話でした。主に美季さんが話す久野さんの子供たちのことを、私は聞いて相槌を返すだけ。ほんとに子供たちの話ばかり。美季さんも子供を産みたかったのだろうと感じました。




 関口さんの所を出て事務所に戻ったのは十一時過ぎでした。休もうと思っていた土曜日、事務所に寄る必要はなかったのですが、気分が良かったので仕事モードのスイッチがオンになっていました。気分が良かった理由は当然、関口美季さん。手作りクッキーやハーブブレンドの紅茶がおいしかったから、ではありませんよ。暖かい人だったからです。

 事務所は無人、閉まっていました。鍵を開けて中に入り自分の席へ。急ぎではありませんが整理する書類はあるので、それを少しでも片付けようと思いながらパソコンのメールをチェック。するとニューブレインの滝川さんから、

『至急 承認願います』

と、タイトルの付いたメールがありました。添付ファイルは滝川さんが現場担当している、菊田様店舗のサッシ図でした。先週、青木さんがチェックを入れていた図面です。業者からそれの修正図が上がってきたのでしょう。文面には、サッシの手配をしたいので至急ご確認願います、とあります。添付のPDFファイルを開いて印刷。プリンターが図面を吐き出している間にチェック図を探しました。

 打ち出しの終わった修正図とチェック図を並べて確認作業開始。図面承認するのは青木さんだけど、ちゃんと修正されているかは先に私が確認しないと。

 十数枚図面をめくったところで事務所入り口の開く音が聞こえました。そしてすぐにこちらの部屋の扉が開きました。

「あれ? 高橋さんか、お疲れさん。清水だと思った」

そう言いながら入ってきたのは青木さん。でもそう言った後、微妙な表情になりました。私がいるのはまずいと言った感じの顔。なんで?

「お疲れ様です。関口さんの所、行ってきました」

でも、とりあえずそう返しました。

「そっか、そうだったね」

「関口さんは久野のご主人の前の……」

「いや、報告は月曜でいいよ」

青木さんが遮ってそう言います。

「今、急ぎの仕事なかったよね、休みなんだからもういいよ」

そして私を帰らせようとする。ほんとになんで?

「はあ、でも、ニューブレインの滝川さんから、サッシの承認早く欲しいってメール来てるので、そのチェックやっちゃおうかと」

「あ、いいよ、それやっとく、その図面がそう?」

青木さんはそう言って近付いてきました。

「ええそうですけど……」

そう私が返している目の前で、青木さんはさっさと図面をまとめて手に取ります。私がいたらまずいの? 誰か来るのかな? ひょっとして……。なんて想像しかけたところに事務所入り口の方から、

「こんにちは、先輩、います?」

と、声が聞こえてきました。知っている声、杉浦さんです。

 隣の部屋から声が聞こえた瞬間、青木さんが私を見ました。なんだか困った顔です。だからほんとになんで? 杉浦さんと会うのに私がいたらいけないの?

「おう、ちょっと待ってて」

青木さんが大きな声で隣の部屋に向かってそう応えます。そして私に顔を近づけて小声でこう言いました。

「ごめん、ちょっと静かにしてて、高橋さんいないことにするから」

わけが分かんない。質問しようとしましたが、青木さんはすぐに私から離れたので出来ませんでした。そして青木さんが隣への扉にたどり着く前にその扉が開き、杉浦さんが顔を出しました。

「すみません、休みなのに出て来てもらって」

私と目が合いました。

「あっ、高橋さん呼び出してくれたんですね」

そして杉浦さんはそう言います、なんだか声音が少し低くなって。そして、そして、

「さっき青木さんにも電話で言ったけど、高橋さん、うちの家にもう関わらないで」

平たい声でそう言われました。


 事務所入り口前の打ち合わせスペースに移動して、青木さんと並んで杉浦さんと向かい合って座りました。杉浦さんの硬い表情を見て、暖かな気分はもうなくなっていました。青木さんも詳しいことを聞いていなかった様子で、席に着くと何があったのか詳しく話すように杉浦さんに言います。

「昨日の夜、女房が……、いや、その前に娘が……、すみません、詳しくでしたね」

杉浦さんは話し始めましたがこんな感じ。そして少し目を瞑ると改めて口を開きました。

「順番にいきますね。まず、夕食の時に女房と娘の間で、娘の志望校の話になったようです」

青木さんと私は無言で聞いています。

「この前塾であった模試の結果を娘が持ち帰ったんですけど、この時期になってもまだ第一志望は望み薄で、それで女房がこのままでいいのかって聞いたみたいです。そしたら娘は、引っ越すから第一志望は変えると言い出した。もともと通いやすい所ってことで娘は決めてましたから」

私と同じだ。私も高校の志望動機の大半はそこでした。なんて思ってたら青木さんが、

「娘さんはどこに行きたいって言ってたの?」

と、聞きます。

「一社高校です。今の家からだと地下鉄三駅ですからね」

おお、これも同じだ。一社高校は私の母校です。私は二駅でした。

「でも一社高校はレベル高いでしょ? このあたりじゃトップクラスですもんね。元から成績が追いついてなかったんですよ」

「そうなんだ、一社ってそんなにレベル高いんだ」と、青木さん。

「そっか、先輩はこっちの人じゃないですもんね、馴染みないですよね」

「ごめん、正直なところこっちの高校のレベルはあまりピンとこない。大学ならある程度分かるんだけどね。あ、高橋さん一社高校じゃなかった?」

え~、勘弁して。なんか杉浦さん、私のことで怒って来てるっぽいのに、私を話に出さないで。と思いながら、

「ええ、そうです」

と、答えていました。すると杉浦さんがこう言う。

「そうなんだ、すごいね高橋さん、頭いいんだ」

硬かった表情が崩れている。それを見て、

「いえ、でも高校ではちょっと落ちこぼれちゃったんで……」

と、言わなくてもいいことを言ってしまいました、少し笑顔ではにかみながら。そんな私を見て少し笑顔になりかけた杉浦さん。しまった、って感じですぐに表情が戻りました。そしてその表情のまま、また口を開きかけました。でも青木さんが先に杉浦さんに尋ねます。

「で、娘さんはどこに変えるって言いだしたの?」

杉浦さんはほんの束の間、私に視線を固定していました。でもすぐに青木さんの方を見て、

「中都高校にするって言いました。三駅では済みませんけど、乗り換えなしで通えるからって」

そう返事します。

「おお、甲子園によく行ってるとこ?」

「そうです、その中都です」

中都大学附属中都高校の野球部は有名。青木さんが言った通り、甲子園で行われる全国大会の常連校の一つです。確か甲子園での最多勝利数を持っているとか報道されていたような……。杉浦さんが続けます。

「なんか野球部のイメージが強い学校ですけど、娘の進学でこのあたりの高校のレベル見てたら、学力レベルも結構高い、難しい学校なんですよね。特進コースってところは、それこそ一社高校に迫るレベルですよ」

「そうなんだ、ならいいじゃん、中都高校でも」

「ええ、問題ないです、全然。ま、娘はレベル落として普通科ですけどね、目指すのは。普通科なら一社目指してただけあって、今の成績でも合格ラインに届いてるみたいなんで」

「そっか、良かったじゃん」

また杉浦さんの表情が崩れて来て、青木さんと話が弾んでいる感じ。

「ええ、いいんですけど、ただ女房が普通科と聞いて、勉強が嫌になったんでしょ、とかって言っちゃったみたいなんですよね。いや、女房も本気で言ったんじゃないですよ、からかい半分、冗談半分ですよ。ずっと届いてなかったところから、届いてるところに変えるって聞いたもんだから。大体女房は元からどこでもいいって言ってたくらいですからね。さっきの先輩と同じで、女房は関東生まれの関東育ちだから、こっちの高校名に馴染みがないんですよ。でも娘の方は正面から受け止めちゃって、機嫌が悪くなったみたいです。女房がとりなしても、もう聞く耳なしってやつだったみたいで、食事が済むと部屋に籠ちゃったって」

なんだか想像できませんでした。それだけでそこまで機嫌を損ねる娘さんには見えなかったから。他のことで元から機嫌が良くなかったのかな? と思いましたが、また何か言って注意を引いて、怖い顔をされるのが嫌だったので何も言いませんでした。青木さんも口を閉じたまま。

「で、僕は帰ってからそのことを聞いたんです」

私たちが口を挟まなかったので杉浦さんが続けます。

「それで夕飯が済んでから娘をリビングに呼びました。女房から中都高校のことは聞いていたので、いいじゃないかと言ってやりました。野球部の応援で甲子園行けるかもしれないぞ、とか言いながら。そしたらまおちゃん(フィギュアスケートのトップクラスにいた女子選手)もいたんだよ、とかって言って、機嫌良くしゃべりだしたんです。まおちゃんの前はミキティーがいて、かなかなもいたとかって(どちらも同じくフィギュアスケートの元トップ選手)」

「フィギュアスケートやりたいんじゃないの?」

青木さんが口を挟みました。

「僕もそう思いました。で、そう聞いてみたらそれはないって。でも彼女たちの話題で話は弾んだんですよ、久しぶりに。最近娘と話すことなんてあまりなかったから、楽しかったですよ」

杉浦さんは笑顔でそう言いました、が、すぐに表情を曇らせこう続けます。

「でも、小百合の高校時代のことを言いかけたら、やめてって言われて」

なぜ楽しい親子の会話に小百合を出したのか、と言うことよりも、え? まさか遠藤さん、フィギュアスケートやってた? って方に気がいきました。

「何をやめてなのか分からないから聞いたら、その人の話はもうしないで、とかって言うんですよ」

娘さん、直接お父さんに言ったんだ。

「なんでって聞いたら、おかしいでしょ、って。で、何がって聞いたら、お母さん以外の女の人の話するのがおかしいって。そんなのずっと前からのことなのに、何をいまさらって感じなんですよね。で、そう言ったら、今まで分からなかっただけで、そう言うのは不倫相手の話をしてるのと同じだって言うんですよ。違うでしょ? 女房と出会う前の話なんだから。でも真優美には通じなくて、しまいには昔の彼女の話をいつまでもしてるなんて頭がおかしいとか、キモイとまで言われて、で、僕もちょっと頭に来ちゃって怒鳴ったら、また閉じ籠っちゃって」

娘さん、頑張ったんだ、お父さんの機嫌が悪くなるのが分かってても、もう言うしかなかったんだ。そんな思いで何も言わずに聞いていました。ま、注意を引きたくないので何も言う気はないんですけど。でも私に怒ってるっぽい理由が分からない。私、関係ないよね。

 そっと青木さんを窺うと腕組みして、少し目を伏せて黙っている。青木さんも何かコメントする気はない様子。杉浦さんが話を続けます。

「そのあと女房に、お前からちゃんと話しておけって言ったら、聞きたくないって言うんだから、もう小百合の話はしなきゃいいじゃないって。何をいまさらって女房にも言ったら、真優美もそう言う年頃になったんだと。父親から、母親以外の女性と親しくしてる話は聞きたくない年頃になったのよって。だから違うだろって。昔の話だろ、今現在お前以外に彼女がいるって話じゃないだろって言ったら、逆に、なんで娘が嫌がってるのにわざわざ話さなきゃいけないの? って。嫌がってる相手に無理やり聞かせなきゃいけない話なの? って。なんか俺が悪いみたいに言うから女房にも少し怒鳴っちゃって。そしたら、私も聞きたい話じゃないって、いまさらですよ、いまさら。結婚して……、いや、結婚する前からだから、二十年近く前からしてることをいまさら。なんか腹立っちゃって本気で怒鳴っちゃいましたよ」

二十年近く話続けてたんだ。そんなに話すレパートリーがあるくらい、思い出がいっぱいあるんだ。ま、いっぱい思い出もあるんだろうけど、おんなじ話を何度もしているんだろうな、と、感心しながら油断していたら、私の名前がとうとう出てきました。

「そしたら珍しく、いや初めてかな? 女房も怒鳴り返してきて口論になりましたよ。で、女房が言うには、旦那の昔の女の話を聞きたい女なんていないって、高橋さんもそう言ってたって」

自分の名前が出て来て杉浦さんの顔を見たら、目が合いました、睨まれていました。反射的に俯くと、

「すみません」

と、口から出ていました。なにがすみませんなのか考えもしないで、これも反射的に。怖い顔で睨まれたらそう言っちゃうよね。

「そう言うってことは、ほんとにそう言うこと言ったんだね?」

杉浦さんがそう聞いてくる。

「すみません、そんな感じの話はしました」

「なんで人ん家でそんな話するかな、どういうつもりなの?」

「いえ、ほんとにすみません。それに、父親から母親以外のって話は私の想像です。気にしないでください、私には父親がいないので……」

怖さのあまりわけわかんないことを言ってる。

「気にしないでって、それもあんたか。娘にもそんな話したのか」

しまった~! そっちは言わなくてもよかったんだ。でも、娘さんとは何も話してない。

「いえ、む……」

口を開きかけたら、テーブルの下で私の太ももに青木さんの手が一瞬触れる。何も言うなってことだ。

「なに? うちの家庭を壊したいわけ?」

「そんな……」

「じゃあ何なの? なんでそう言うこと言うわけ?」

杉浦さんの追求が続きます。

「まあ落ち着けよ、高橋が余計なこと言ったのは謝るから」

青木さんがそう言って間に入ってくれる。でも、

「余計なことって、ほんとにそうですよ。でも今は高橋さんに聞いてるんで、申し訳ないですけど、先輩はちょっと遠慮してください」

と、杉浦さんは青木さんを話から締め出してしまう。

「で、どうなの、どういうつもりなの?」

杉浦さんが私に向ってそう言う。

「なにか思ってることがないとわざわざあんな話しないでしょ、何なの、何か恨みがあるの?」

恨みなんて……、ただそう思ったから、私だったら嫌だと思ったから。でもわざわざと言われればわざわざかも。聞き流してれば良かった。わざわざ言う必要はなかった、とも思う。でも、確かに言いたかった。もっと言いたかった気がする。我慢して最低限で済ませた気がする。私のつたない想像でしかないけれど、奥さんの気持ちを察して、そして娘さんから受けた雰囲気で察して、言わずにいられなかったほんの少しの言葉だった、気がする。でもそう、杉浦さんの言う通り、人の家のことです、他人が言うことではなかったかも。

「いえ、何もないです、何も思ってないです。ただ一般論を言っただけのつもりです」

なのでこんな返事をしていました。すると、

「出た、俺の嫌いな言葉だ」

と、杉浦さんの顔がさらに怖くなる。実際にはそれまでと変わらないと思うけど、怖くなったように見える。

「一般論って何なの? そんな論は無いんだよ。百人いたら一般論は百個あるんだよ」

「……」

それを言うなら、「一般論」じゃなくて、「常識」じゃない? なんて思っても言えません。

「そんな高橋さんだけの一般論をなんで人ん家でするんだよ」

「すみません」

「すみませんって、謝るくらいなら……、んとにもう。ただでさえ受験生で、思春期の微妙な頃なんだから気を遣ってくれよ。常識だろ」

あ、常識って言った。さっきのセリフを返してやろうか、等とは思いません。おっしゃる通りだし。

「そっか、女房もそんな娘と接してるから気がまいってたんだ。だから言い返してきたんだ。そんな女房にまで高橋さんは余計なこと言ったんだよ」

そうなのかな? 奥さんはそういう状態だったのかな? そうは思わないけれど、それは私がそう感じないだけ? 私が未熟だから。それに奥さんのことはいい方に解釈したみたいだし、これでいいのかな、私が悪いってことでいいのかな。でも、でもでも、納得できない。根本的に杉浦さんは間違っている、と思う。

 私は伏せていた顔を上げて杉浦さんを見ました。

「あの……」

口を開きかけたら、青木さんがまたテーブルの下でストップをかけてきました。私が何か言い返そうとしているのが分かったようです。

「なに?」

杉浦さんが私を見ます。私は青木さんを無視して言いました。

「私はやっぱり、彼氏なり旦那さんの、前の彼女の話は聞きたくないと思います。そして、父親が母親以外の女性と親しくしていたような話も聞きたくないです。一般論としてそう思います」

すぐには何も返ってきませんでした。そしてちょっとの間の後、返ってきた杉浦さんの言葉。

「それは高橋さんの一般論でしょ、狭いんじゃない? 全ての人に当てはまるわけじゃないでしょ。じゃあ聞くけど、どのくらいの人が納得する一般論なの、それは」

私はその問いを無視しました。返答を考えもしませんでした。そして逆に尋ねました。

「杉浦さんは奥さんの昔の彼氏の話を聞きたいですか?」

「は? ……」

不意打ちの質問に少し驚き顔の杉浦さん。私は重ねて聞きました。

「昔の彼氏との思い出話を聞きたいですか? それも、子供たちの前で」

束の間の沈黙の後、

「なんだそれは、話をすり替えるな。だいたい男と女じゃ違うだろ、一緒にするな」

そう返ってきました、さっきまでより大きな声で。また怖くなってきました。でも、

「何が違うんですか?」

言い返していました、冷静な口調で。青木さんはもう何もせず聞いています。

「何がって、……そんなの常識だろ。女が過去のことをペラペラしゃべっていいわけないだろ」

何が常識なんだか、さっきのセリフをほんとに返してやりたい。でもそれはせずにこう言いました。

「それは聞きたくないってことですか?」

杉浦さんの顔が冗談抜きで怖くなりました。気付くとテーブルの上でいつの間にか握りしめていた自分の手が震えている。私はそっと膝の上に手を移動させました。でも震えは止まらない。

「先輩、何なんですかこの子」

私の問いに答えたくないのか、杉浦さんは青木さんにそう言いました。

「いや、申し訳ない」

青木さんが少しだけ頭を下げながらそう言います。

「ほんとに勘弁してくださいよ。先輩にこんなこと言いたくないですけど、もう少し常識を勉強させた方がいいですよ。先輩が恥かきますよ」

青木さんに向かうと、杉浦さんの口調はだいぶいつもの軽い感じに戻りました。でも私は治まらない、納得できない。杉浦さんの、私の問いに対する返事を聞きたい。杉浦さんに言わせたい、聞きたくない、と。

 今度は口を開く前に青木さんの掌が顔の前に出てきました。私の様子を察したのでしょう。

「ほんとに申し訳ない」

そして杉浦さんにそう言います。青木さんの方を見ると目が合いました。怒っている目ではありませんでした。でも、こう言われました。

「高橋さんもちゃんと謝りなさい、迷惑かけたんだから」

怒っている風には感じなかったけど、逆らえない気を感じました。少しだけ躊躇ってから私は立ち上がりました。立ち上がると膝も震えていました。多分この震えは怒られている怖さではなく、怒りだと思う。私は自分が思っている以上に怒っているみたいでした、奥さんの気持ちを、娘さんの気持ちを、理解しない杉浦さんに。でも、

「……余計なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」

頭を下げました。

「とにかく、家はこのまま先輩にお願いします。でも、申し訳ないですけど、先輩と直接やり取りさせてください。お手数が増えると思いますけど、高橋さんを間に入れるのは勘弁してください」

杉浦さんが姿勢を正してそう言いました。

「分かった。いや、迷惑かけて申し訳なかった」

「いえ、先輩に文句があったわけじゃないので」

そして杉浦さんは腰を上げました。

「じゃあすみませんが、そう言うことでよろしくお願いします」

「いや、いい時間だし、昼飯行かないか? お詫びに御馳走するよ」

帰ろうとする杉浦さんに、青木さんが立ち上がりながらそう声を掛けます。

「いえすみません、ちょっと用事があるんで」

「そっか、じゃあまた何かで埋め合わせするよ、ほんとに悪かった」

青木さんのその言葉を聞いて杉浦さんは帰っていきました。


 杉浦さんが事務所から出て行くと、青木さんは何も言わずに隣の部屋へ行きました。私はミーティングスペースの椅子を整えてから隣へ。扉を入ると青木さんは自分の机の所にいました。立ったまま、さっき私から受け取った滝川さんの現場の図面を見ています。

「あの……、すみませんでした」

私は近付いて頭を下げます。でも何も返ってきませんでした。青木さんは手早く図面をめくって目を通しています。気になるところだけ確認している様子。やがて図面をもとに戻すと私に差し出しながら、

「OK。僕のハンコ押して滝川さんに送っといて」

と言います。私は図面を受け取りました。そして青木さんを見ますが、立ったままマウスを操作してメールチェックを始めています。杉浦さんのことで何か話があるはずなのですが、そんな雰囲気はありません。なんだか気持ち悪い思いでした。余計なことして! とかって言ってくれた方が、なんだか楽になりそうなのに。

 私は図面を持って自分の席に。預かっている青木さんのハンコを取り出して、図面の承認欄に押していこうとしました。すると、

「腹減ったよねぇ、下に昼食べに行かない?」

と、青木さんが普通の笑顔で声をかけてくれます。でもその笑顔が不気味です。絶対に何か言いたいはず。それもよくないことを。おそらく私は怒られて当然のことをしたのだから。私の想いはどうであれ、余計なことを言ってお客様の家庭で騒動となる元を作ってしまった。私が何も言わなくても、この騒動は杉浦家で近いうちに起こったとは思うけど、それはそれ。私が引き金を引いた形になったのであれば私が悪い。そうは思っています、納得はしていないけれど。でも、杉浦家に騒動を起こし、迷惑をかけた。青木さんにも迷惑をかけた。悪くしたら仕事をキャンセルされて、会社にも迷惑をかけたかも。そしてそうなると、遠藤さん、ハウスアートにも迷惑をかけていた。反省すべきことだと分かってます。なので、しっかり反省できるように叱って欲しい。

 席を立って青木さんの方を向きました。

「あの……」

私がそう声を出すと、

「先に飯にしよう。話はそのあと」

と、青木さんが遮るようにそう言って戸口へ向かいます。

「わかりました」

私はそう言って続きます。やっぱり話があるんだ。でも先に何か言って欲しい。胸の中に何かが溜まっている。肺が半分くらいしか働いていないみたいな苦しさがある。こんな状態で食事なんて。


 青木さんに続いて下の喫茶店に入るといい匂いが、いえ、おいしい匂いが。その匂いでほんの少し前の胸の重みがどこかに行っちゃいました。そんな食欲を刺激する匂い。私って気楽な性格だなぁ、なんてつくづく思ってしまう。

 いつも通りカウンターの端の席に着く青木さんの隣に座ります。

「いい匂いだけど日替わり何?」

と、青木さんが真紀ちゃんに尋ねます。

「さつまいもと~、ししとうの~、天ぷら入りのおうどん」

いつもよりさらに間延びしたテンポで答える真紀ちゃん。

「え、この匂いは?」

青木さんが再び尋ねます。私も聞きたい。この匂いはうどんのものではない。すると、

「と、うなぎのまぶしご飯」

真紀ちゃんはさっきのセリフの続きのようにそう言って微笑みます。これを狙ってわざとゆっくりしゃべっていたかも。

「だよなぁ、うなぎの匂いだよなぁ。それ頂戴」

「私も」

青木さんに続けて私も頼みました。

「は~い。あ、でも~、うなぎは少ししか入ってないよ。喫茶店のランチだからね~」

真紀ちゃんはそう言ってからキッチンに声をかけると、新しく入ってきたお客さんの方に行きました。

 真紀ちゃんがいなくなると青木さんが口を開きます。

「えっと、朝行ってきた関口さん、久野さんの前の奥さんだったって?」

杉浦さんの話ではありませんでした。

「あ、はい、そうです」

「そっか、じゃないかなって思ってたけど。で、どういう話だった?」

私はかいつまんで関口さんとの話をします。その間にランチが運ばれてきました。真紀ちゃんは少ししか入っていないと言ったけど、ちゃんとそれなりにうなぎの入ったご飯でした。おいしそう。いや、おいしい。

「やっぱりな。前の奥さん、関口さんは一緒に住む気はないんだな」

そう言って青木さんはうどんをすすります。私も頷いてからうどんをすする。そしてこう続けました。

「月曜日にでも今の奥様に話に行った方がいいですよね」

青木さんはうれしそうな顔をしてまぶしご飯を口に入れている。

「そうだね、でも関口さんが先に話しちゃうんじゃないかな? 関口さんって方はそんな人だと思う」

「どういうことですか?」

「うん? 気遣いの人ってところかな? 高橋さんには高橋さんからも話をしてくれと言ったみたいだけど、高橋さんにも一緒に住む気はないから自分の部屋は考えなくていいと伝えたと、先に今の奥さんに言っとけば、高橋さんが今の奥さんと話すとき楽でしょ? 多分そういう気遣いをする方だよ」

私にはまだまだ分からないことでした。

「……そうですね」

「ひょっとしたら高橋さんが帰った後、すぐにでも電話してるかも。で、月曜日の朝、今の奥さんから電話があるかもね、関口さんから聞きましたって。お手数かけてごめんなさいとか言われるんじゃない? 今の奥さんも気遣いの人だから」

青木さんと春香さん(今の奥様)が直接会ったのなんてほんの数回。それで気遣いの人だと感じていたんだ。私なんて春香さんをずっと、自己中なお金持ちのご婦人と見ていた。裏のお部屋のバリアフリー化などから美季さんの話が出てくるまで、優しく心の温かい人だなんて感じられなかった。


 食事が済んだころ、ママさんがアイスコーヒーを二つ持ってきてくれました。でも飲み物を置くとすぐに離れて行きます。別に変なことではないけれど、いつもは何かしゃべってから行くのに。そう思っていたら青木さんがこう言います。

「おなか膨れてちょっとは落ち着いた?」

ん? ちょっと意味が分からない。

「え?」

「いや、なんか震えてたから、さっき」

気付いてたんだ。

「あ、はい、大丈夫です」

青木さんはアイスコーヒーを一口飲んでから続けます。

「じゃあさっきの杉浦のこと、少しいいかな?」

やっとだ。やっとと言っても待ち望んでいたわけではないけれど。でも聞かないわけにはいかない話です。

「はい」

青木さんは私の返事を聞くと小さく頷いて、またグラスを口に持っていく。こんな場面でなんですが、青木さんはストローを使わない人です。

「まず何からいこうかな……」

そしてそう言いました。何からって、そんなに言うことがあるの? 身構えてしまいます。

「そうだな、とりあえず、お客さんに噛みつくのは良くない。そう言っとこうか」

「……」

「途中から杉浦を言い負かすことしか考えてなかったでしょ、高橋さん」

「すみません」

「相手があいつじゃなかったらどうなってたか。お客さん怒らせてどうするの」

「ほんとにすみませんでした」

「お客さんと喧嘩するってのは覚悟がいるんだよ。どういう覚悟かわかる?」

字面では分からないでしょうが、青木さんの口調は今まで聞いたことがない怖いものでした。興奮しているわけでもない静かな怖い声って言うのは、これはこれで迫力がありました。なので私の緊張はMAX。何も言えない。いえ、何も考えられません、聞いているだけ。

「何も考えてなかったのかな? お客さんと喧嘩するってのは仕事をなくす覚悟がいるってことだよ」

「……分かってます、すみません」

「分かってて喧嘩しようとしたんだ、すごいね」

「……」

何も言わなかった方が良かったかも。青木さんの口調に冷たさが加わりました。

「今回のことで言うと杉浦の仕事がなくなるだけじゃなくて、今後ハウスアートからの仕事が全部なくなる覚悟が必要だよ。つぶれちゃうよ、うち。そんな覚悟が出来るのは、うちでは僕か久保田さんだけだよ」

いたたまれず、また口が開いてしまう。

「すみませんでした」

でも青木さんは、私の言葉が聞こえなかったかのように続けます。

「それにハウスアートの仕事にも影響したかも知れない。今はネットで簡単に攻撃できる。高橋さんに言い負かされた腹いせでそう言うことをするかも知れない。それでハウスアートの仕事が減ったらハウスアートにも迷惑かけるし、ハウスアートの仕事をしている工務店も仕事をなくすことになる。当然その下請けもね。そうなるといったい何人の人に被害が及ぶんだろうね。生活できなくなる人が何人出るんだろうね。……そこまで考えたら僕にだってそんな覚悟は出来ない。だからすごいねって言ったんだよ。そこまで分かっててやったって言うんだから」

そんな、そんなところまで分かってませんでした、考えてませんでした。そんな大ごとになる可能性があったなんて。いや、言われればその通りなんだから、考えつかなければならなかったのだろうけどそんなの……、ほんとにすみませんでした。あ、また手が震えてる。そして、唇も震えてる。何か言わなきゃ、謝らなきゃ、とは思うものの声が出せませんでした。

 青木さんも無言でした。タバコに火をつけ吸い始める。アイスコーヒーを飲んでいる。そして飲み干してしまう。でもタバコを吸い続けているだけで何も言わない。

 何か言わなきゃ。そう思うものの口が動きませんでした。自分のやらかしたことがどこまで影響するのか、それを聞かされて、その重大さに震えていました。でもそれ以上に、怒るところなんて今まで想像さえできなかった青木さんに怒られている。無理なことを当然のようにやれと言い出すお施主様と出くわしても、そんなお施主様とのやり取りなど知らない工務店の現場監督から、そんなことできるわけない、あんたも素人じゃないでしょ、なんて言われても、そして遠藤さんから難題を押し付けられても、いつも弱ったような顔はしながらも軽く受け止め、受け流していた青木さん。この人怒ることあるの? 怒ったことないのかも、なんて感じていた青木さんが怒っている。そっちの方が衝撃でした。怒らない人を怒らせている。恐怖です。そしてそんな人を怒らせるほどのことをしたんだと……。ほんとに何か言わなきゃ、謝らなきゃ。

 そんなことを思っていたら、青木さんがタバコの火を消して私の方を見ました。

「高橋さん、コーヒー飲まないの? 減ってないよ」

そしてそう言います。あ、飲みます、なんて言って手を出せるわけありません。だいたいその手はまだ膝の上で震えてるし。

「僕もお説教なんて慣れないことしたからのど渇いちゃったよ、お代わりしようかな? って、そうだ、ところでちゃんとお説教になってたかな?」

なんていつもの調子で言いながら手を上げて、青木さんはお代わりを頼もうとしている。キッチンから料理を持って出て来た真紀ちゃんがそれに気づいて、

「少しお待ちください」

と、いつもの調子で返す。そんないつもの雰囲気に、しっかりお説教でしたよ、と、返しそうにはなりませんでした。私はそこまでいつもの調子にはまだ戻れません。

 何とか気を落ち着けて、

「本当にすみませんでした」

と言えたのは、真紀ちゃんがカウンター越しの目の前に来る少し前でした。青木さんが口を開く前に、

「ん? 梨沙ちゃんなんかやったの?」

と、真紀ちゃんが先に声をかけてきます。聞こえちゃったんだ。

「ちょっと……」

青木さんが言葉を返そうとしますが、真紀ちゃんの声が続けて聞こえてきます。

「あれ? 梨沙泣いてる?」

私は慌てて顔を上げました。そして真紀ちゃんを見て、泣いていないことをアピール。でも口を開く前に、

「泣かしちゃったんだ」

と、青木さんに向って言います。

「いやそこまで……」

「ううん、違うよ、そんなんじゃないよ」

青木さんと私が同時に言いました。でも真紀ちゃんは、

「これはお詫びに甘いものですねぇ」

と、青木さんに向って続けます。

「だからそんなんじゃないってば」

私はそう返しました。青木さんは、おまえ、と言ったあと、私の言葉が終わってから、

「ま、いっか、そうするか」

と続けました。

「ほんと? 今日はあれがあるんだけど」

と、真紀ちゃんが少し身を乗り出して嬉しそうな顔をします。あれって、真紀ちゃんが作っているレアチーズケーキのこと?

「そっか、じゃあそれ。と言うか、それを食べさせたかっただけだろ」

「えへへ、まいどあり~。温めるからちょっと待っててね」

と言ってキッチンに向かう真紀ちゃんに青木さんが声を掛けます。

「俺にはコーヒーもな」


 すっかりいつもの雰囲気に戻った空気に、震えるほどの緊張はどこかに行っちゃってました。そして、温めるって、レアチーズケーキじゃないよね、なんて呑気に考えていたら青木さんがこう言います。

「高橋さん、だいぶ大げさに言っちゃったけど、ありえない話じゃないってのは分かってくれる?」

「はい、すみませんでした」

青木さんの方に向き直って答えました。

「うん、まあ謝るのはもうその辺でいいから」

「はい、……」

すみません、と、また続けそうになってやめました。

「まだ若いんだから、怒られてるうちが何とかって言うでしょ、そう割り切って聞くだけ聞いといて」

「はい」

「僕も高橋さんくらいの頃は、いろんな人からいろんな小言を言われ続けたからね。言われてるうちは鬱陶しかったけど、言われなくなると寂しいよ」

「寂しい、ですか」

「まあね、言われることがなくなったからってことならいいんだけど、そんな完璧な人間なわけないからね、僕は」

「……」

「ある程度の年齢になると、言っても無駄って思われちゃうみたいだね。今まで注意されたことが注意されなくなる。小言を言ってくれてた人が言ってくれなくなる。それに気づいたとき、寂しいよ、見放されたみたいで。そしてそこからは、自分で気づいて、自分で自分に小言を言わなくちゃいけないんだって怖くなる」

「……怖くですか」

「そうだよ、誰も注意してくれないなら、自分で気づかなきゃダメなままってことだからね。これは難しいよ、自分でやってるダメなことに、自分で気づくなんて」

 心にしみこませるように私は聞いていました。怒られるのをありがたいなんてまだ思えないけど、ありがたいことなんだと。すると、

「おまたせし~ました」

と、真紀ちゃんが台無しにするような口調でそう言いながら、目の前にやってきました。そして差し出されたお皿の上には、

「パイ?」

と、思わず言ってしまうものが載っていました。

「そだよ~、時々作るんだ、季節の果物で」

あれって、パイだったんだ。ほのかに湯気が上がっています、匂いと一緒に。

「これ、焼きたて?」

そう聞いてました。

「ううん、昨日の夜焼いたやつだよ。オーブンで温めただけ」

「うまそう、柿だな」

真紀ちゃんのセリフに続いて青木さんも匂いを嗅いでそう言います。

「そだよ、食べてみて」

二人同時に一口、口に入れました。うん、おいしい。柿って感じが口に広がっていく。ちょっと物足りない気もするけれど。

「う~ん、微妙だなぁ。去年のはもっとうまかったよなぁ」

でも、青木さんの感想は遠慮ないこんな感じ。

「やっぱり~? 私も微妙だなぁ~て思ったんだよねぇ。わかった、それは試作品ってことでサービスにしとく」

そして真紀ちゃんの受け答えもこんな感じ。

「うん、これじゃお金もらえないよな。なんで? 去年のはうまかったのに」

「去年はもうひと月あとくらいだったでしょ? だからまたそのころ作るね」

「なんかあるの? その一か月に」

「富有柿はそのころだから」

「ああ、岐阜のおじさんの所の柿だったのか」

「そういうこと、楽しみにしといてね。でも、その時は一個千円頂きますからね」

「千円?」

「そだよ、富有柿は高級品なんだから」

「おまえはもらうんだから原価ゼロだろ」

そう言われた真紀ちゃんは、えへへ、と笑ってキッチンに消えました。この二人、ほんとに仲がいい。と言うか、すごく親しい感じがする。横から会話に入れないくらい。まさか、ねえ。

 そんなに大きくなかったパイ。二人の会話の間に食べちゃってました。そしてアイスコーヒーに口をつけていたら、また青木さんが話しかけてきました。

「ついでにもう少しいい?」

うう、まだあるんだ。でも、言ってもらえるのはありがたいこと。私は姿勢を正して青木さんの方を向いて返事しました。

「はい」

「いや、もうお説教ってわけじゃないからかたくならなくていいよ」

「はい」

「今回の杉浦のことだけど、お客さんである杉浦を言い負かそうとしたことは良くない。分かってね」

「はい」

「でも杉浦の奥さんに余計なことを言ったとか、そういうことは言う気ないから」

「はい」

私の返事を聞くと青木さんはまたタバコに火をつけました。

「僕もね、近いうちにあいつを飲みにでも誘って、話そうかと思ってたから」

そして煙を吐きながらそう言います。

「え?」

「あいつが遠藤さんと親しげに話してたり、小百合って口にする度に、奥さんがなんとなく反応してたみたいだし」

やっぱり青木さんも気付いてたんだ。そして遠藤さんも気付いていた。気付いていないのは、一番気付かなきゃいけないご主人だけなんだ。

「青木さんも何か感じてたんですね、奥さんの様子」

「まあね。って、高橋さんのおかげだけどね」

「え?」

「前にここで奥さんも交えて打ち合わせした時、あいつが小百合って言いそうになると、高橋さん邪魔してたでしょ。その時は何やってんだろって思ってたけど、後から考えるとそう言うことかって思い当たった。で、最初に遠藤さんと奥さんが会ったときから思い返すと、そう言えばって感じたんだよ」

私は奥さんの反応に気付いたわけではありません。ただ単に、ご主人の口から出る昔の彼女の名前を、奥さんは聞きたくないだろうなって思っただけ。しかも、下の名前を何度も親し気に口にするから。そう思っていたら青木さんが続けて話します。

「ま、結果的には僕も高橋さんも間に合わなかったけどね」

「え? 間に合わなかったですか?」

何に何が間に合わなかったと言ってるのか分かりませんでした。

「うん、だって、娘さんが最初に爆発しちゃったわけでしょ? タイミング的には」

「あっ、そうですね」

そう言うことか。確かに娘さんが、小百合話をさせないで、と言ったのを聞いてから私は、私なら、って話をしたんだった。

「だから高橋さんが何も言わなくても一緒だったんだよ」

そう言われるとこう思ってしまう。

「じゃあやっぱり私は余計なこと言っちゃったんでしょうか?」

「う~ん、どうだろね」

そう言って青木さんはタバコを口に。そして煙を吐き出してから、

「でも、杉浦にしたら吐き出す相手が出来て良かったんじゃないかな」

と言います。この言葉も私にはよくわかりません。

「家族だけの状態で娘さんから今回の話が出ていたら、そして奥さんにまで反論されてたら、あいつは家族にあたるしかないから困ったんじゃないかな」

「はあ」

「でも高橋さんが一枚かむ格好になったから、高橋さんや僕にも矛先を向けれる。家の中ではあんまりぎゃあぎゃあ言いたくないだろうから、その分救われたと思うよ、あいつは」

「でも、矛先向けられても困りますよ。私は何も言えないですから」

うん、旦那さんどころか彼氏もいない、そして父親ってものが娘の立場でも分かっていない私。こういう問題に口出しできるスキルがそもそもありません。でも青木さんは、

「いやいや、ずばっと言ってくれたじゃん、さっき」

と言います。何言ったっけ? って、さっきから話してることしか言ってないよ。何がずばっとなんだろ。

「ま、杉浦を諭すんじゃなくて、言い負かそうとして言ったってのが残念ではあるけどね」

うう、言い負かそうとした、って何度も言わないでくださいよ、確かにそうなんだけど。

「でもさっきのあれで解決するかもね」

「え?」

「父親や旦那の、昔の彼女話は聞きたくない、って高橋さんの一言」

「……」

「さっきはあいつ怒りだしちゃったけど、今頃考えてるんじゃないかな?」

「考えてる、……ですか」

「うん、高橋さんが言うことの方が一般論じゃないかって。娘さんや奥さんからも反発を受けた後だしね」

「……」

「高橋さんはあいつが気を抜いてる家庭での姿で出会ったからそうは思わないだろうけど、あいつは本来、無茶苦茶気を遣うやつなんだよ。だから今頃きっと考えてると思うよ、奥さんや娘さんの気持ちを」

「はあ」

「で、嫌がってるって理解したらしなくなるんじゃないかな」

「そうですかねぇ」

「多分ね」

でも……。

「それでいいんでしょうか?」

何か引っかかってそう言ってました。

「なにが?」

「いえ、……なんか旦那さんにしたら、……その、何て言うか……」

うまく言葉に出来ませんでした。私自身が何に引っかかっているのかよく分かっていなかったから。すると青木さんが私の思っていたことを汲み取ってくれました。

「杉浦が家の中でストレス溜めないかってこと?」

「はい」

「大丈夫じゃない? ま、家の中で気が抜けない部分が増えちゃうのはかわいそうだけどね」

「ですよね」

「でも、家の中でも気が抜けないことってのはほかにもあるでしょ。だから大丈夫だよ」

「はあ」

「それに、小百合話はあいつが家族を楽しませるための話題だったかもしれないしね、家族に気を遣って。それが使えないならほかの話題を見つけるでしょ」

そう言うことなの?

「今までは父親の昔話で子供たちも喜んでた。奥さんも気にしてなかった。でも、子供たち、特に娘さんには面白い話じゃなくなった。そして奥さんも遠藤さん本人に会って、聞きたい話じゃなくなった。それが分かればあいつの方からもうしないよ、なにせ、気ぃ遣いだから」

青木さんの話で杉浦家に波風を立ててしまったかもってもやもやは薄れていきました。単純な話だったんだ。そう、単純だったんだ、ご主人は。そのご主人の言動や反応に振り回された私って、もっと単純なのかも。なんだかすごく疲れました。でも、ほんとにそんな単純な話だったの? ご主人にとって。




 翌週の月曜日。週明けの朝礼が終わってからメールで届いた図面なんかを打ち出しながら悩んでいました。久野の奥様に美季さんとのことを話に行かなきゃいけないよねって。でも月曜の朝はメールがいっぱい来ています。とりあえず目を通していかなきゃ。

 メールの添付図面をすべて打ち出し終えて席に着いたころ、

「梨沙ちゃん、好きなの取って」

と、後ろから声を掛けられました。

「はい?」

そう言って振り返ると、個別包装されたおせんべいが並んだ箱を差し出している清水さんが立っていました。

「え? 何ですかこれ」

あさりせんべい、と書かれたそれを見てそう聞きました。もちろん頂く気で手を出しながら。

「土日にまた実家まで行ってきたからお土産」

三種類あったので一枚ずつ取りながら、

「そうですか、ありがとうございます」

と言いました。すると、

「それでいいの? もう少し取りなよ」

と言うので、

「じゃあ、ありがとうございます」

もう一枚ずつ頂きました。それで清水さんはほかの人の所へ持って行くと思ったので、向き直ろうとしたら話しかけてきます。

「そうだ、梨沙ちゃんっていくつになるんだっけ?」

「はい? 年ですか? 26ですけど」

体半分清水さんの方に残してそう答えました。

「そっか、四大だったよね、と言うことは社会人4年目ってことか」

独り言のようにそう言う清水さん。そしてまた聞いてきます。

「前の会社って図面に関わる仕事じゃなかったよね?」

「はい」

「現場にも?」

「ええ」

「あ、大学は建築関係の学部だったとか……」

「いえ、文学部です」

「そっか、じゃあうちがスタートだから丸っと7年いるんだ」

なんだか少しがっかりしている。でも全くの意味不明です。

「なんかあるんですか?」

なので尋ねました。

「いや、二級建築士受けるには7年以上の実務経験いるから」

で、清水さんの返答はこれ。

「はあ? 私がですか?」

呆れる、私が建築士なんて。

「ま、いいや」

でも清水さんはそう言うと、おせんべいの箱を持って青木さんの方に行き、同じようにおせんべいを勧めている。今のは何だったの? とは思ったものの、それ以上は気にもなりませんでした。


 座り直してメールの添付図面に目を通し始めたらスマホが鳴りました。登録されていない固定電話の番号でした。

「はい、高橋です」

『おはようございます、久野です。今よろしいですか?』

久野の奥様、春香さんからでした。青木さんが、月曜にでも電話が掛かってくるんじゃないか、と言っていたけど、本当に掛かってきました。

「おはようございます。はい、どうぞ」

『美季さんの所、行ってくださったんですね。ありがとうございます』

「いえ」

『美季さんから電話いただきました、高橋さんとお話したって』

「そうですか」

本当に青木さんが言った通りでした。

『まあ、美季さんからお聞きになった通り、美季さんにはその気がないみたいですね』

「そうですね」

そしてちょっと間があってから春香さんがこう言います。

『高橋さん、今日って現場に来ます?』

「いえ、特に予定は……。何かありますか?」

『うん、何かってことではないんだけど、ちょっとお話したいなって』

悪い予感。でもこう言ってしまう、どうしてもってレベルの他の予定もなかったので。

「わかりました。何時がよろしいですか?」

『う~ん、私は十時半くらいが一番都合がいいんだけど、高橋さんのご都合は?』

「大丈夫です。時間の約束している予定はありませんから」

『ありがとう。じゃあ十時半にあの部屋で』

「わかりました、伺います」

そして電話を切ってから思います。あの部屋で? 美季さんが住まないってことでまた改造? まさか、まさかまさか、シアタールームに戻せとか。って一瞬思いましたが一瞬だけ。春香さんがそう言うことを言い出す人ではないことはもう分っています。春香さんが無茶振りしてきたのは、美季さんを住まわせるってことに関してのみ。ご主人ならあり得るけれど。でもそう分かって考えると、何の話があるんだろうと思ってしまう。美季さんが住まないのであの部屋は今のままでいいですよ、ってことなら、今の電話で済む話だし。やっぱり改造するの?

 青木さんに久野の奥様に会いに行くことを告げました。すると、よろしく、と一言のみ。


 久野邸の現場まで三十分あれば十分着くはずですが、遅れるわけにはいかないので九時半を過ぎたあたりで事務所を出ました。正解でした。久野邸周辺のコインパーキングはどこも満車。探し回った末に結構離れたところに車を停めて、十数分歩いて向かいました。歩きながら重田さんに電話します。久野邸にはもう高価な家具などが沢山搬入されているため施錠されています。表の方はまだ作業があるので業者の方も重田さんも出入りしているはずなので開いていると思いますが、裏の家族のエリアは工事が終わっていると言っていい部分。なので鍵が掛かっているかも。重田さんに確認するとやはりそうでした。と言うわけで表に回りました。

 表の玄関とダイニングへの自動ドアはどちらも解放されていました。ダイニングに入るとリビングエリアに重田さんを発見。そちらに行くとシアターエリアの機器を設置しているところでした。壁内や床下に配線済みの電線に、業者さんが機器類をつないで取り付けています。

「奥さんと何の話?」

私に気付いて重田さんがそう声を掛けてきました。先程の電話で奥様と会うと言ってあったので。

「裏のお部屋のことでちょっと」

渋い顔になる重田さん。

「また何かいじる?」

そしてそう聞いてきます。

「それは……、分かりません」

実際どういう話になるか分からないので、そう答えるしかありませんでした。

「ふ~ん、僕も立ち会った方がいいのかな?」

「いえ、とりあえず私がお聞きしてからにします」

「分かった、ここにいるから呼んで」

重田さんにそう言われて私は裏に向かいました。

 ダイニングから中庭沿いの廊下に入る扉を開けて、廊下の突き当りまで来ました。そこの扉は施錠されていました。この家の外部面の扉は全てスマートキー仕様。車の鍵と同様のスマートキーを持っている人が扉の近くに立って、扉か扉近くの制御盤にある開扉ボタンを押したり触ったりしたら解錠されて開きます。でもここはスマートキーがなくても扉横の制御盤に暗証番号を入力したら開きます。ちなみに、自宅エリア側からは開扉ボタンのみ。工事用に仮設定されている暗証番号を押して開けました。もう約束の十時半だったのでそのまま例の部屋に行きます。


 部屋の扉は開いていて、春香さんがもういました。久野夫妻にはもうスマートキーをお渡ししてあるので裏から入られたのでしょう。

「すみません、お待たせしました」

そう声を掛けながら部屋に入りました。

「ううん、こちらこそ急にごめんなさい」

そう言ってくれる春香さんの傍に行きました。そこはこの前話した窓の前でした。

「美季さん、なんて言ってました?」

いきなりそう聞かれました。でも返答に困ります。だって春香さん自身も美季さんから聞いている話なんだから。私にどう話したか知りたいってこと? なんで? 何か気になることがあるの? 

「えっと……」

美季さんとの話をそのまま言っていいものかどうか、やっぱり悩んでしまい、それ以上言葉を続けられませんでした。するとそんな私の様子を見て、

「ううん、やっぱりいいわ」

と、春香さんは言います。すると窓から離れ、部屋の中央に歩きながら続けてこう言います。

「このお部屋のこと、昨日主人に話ました、全部」

そして立ち止まります。

「そしたら、そうだったのか、と言った後、ばかだなって言われました」

「……」

「美季が一緒に住むわけないだろって」

私は何も言葉を挟みませんでした。ご主人もそう思ったんだと思っただけ。春香さんが私の方に振り向きました。目が合いました。でもすぐに目を伏せてこう続けます。

「ここは私たち家族四人の家。美季さんが今のところが不便だと言うなら、美季さんが住みやすいところを別に探す、って言ってくれました」

「そうですか」

良かったですね、って続けそうになりました。俯いて話す春香さんが、そう続けたくなるような嬉しげな姿に見えたから。

「最初からちゃんと主人に相談しておけばよかった」

顔を上げてそう言った春香さんがまた窓際に行きます。そして外のお庭を見ながら話します。

「私ね、美季さんから一緒に住む気はないって聞いて、主人も美季さんと一緒に住む気はないと知って、ホッとしてるの」

私は春香さんの後ろ姿を見ていました。

「美季さんのことは嫌いじゃない、好きよ。でもね、美季さんの存在は不安なの」

分かる気がします。美季さんとご主人の間には、おそらく子供のころからの歴史がある。当然その年月分の想いも。でもだからこそ、大丈夫だとも思えました。

「不安になることはないと思いますよ」

「え?」

ご主人のことはよく分かりませんが、少なくとも美季さんの気持ちは分かります。分かっているつもりです。

「美季さんの望みは、ご主人と奥様、そして子供たち、四人の幸せだと思いますから」

本当は、それがご主人の幸せだから、それを壊すようなことは美季さんはしない、そう思います。でもそうはやっぱり春香さんには言えないので、こういう言い方をしていました。

 いつの間にか春香さんが私の方を向いていました。

「ありがとう。そうよね、そう言う方よね」

そして、優しい素の顔でそう言いました。

「はい、そう思います」

私も静かにそう返しました。




 春香さんとお話した翌日のお昼過ぎ、覚王山にある有名なお寺の参道を歩いていました。ちなみに、朱美の家の近くです。と言っても、朱美の家に行くわけではありません。目的は洋菓子店。ここの参道沿いには焼き菓子がとってもおいしい洋菓子店があるのです(私の好みです)。あ、ケーキも当然おいしいお店ですよ。オリジナリティーあふれるケーキが沢山あります。今も手土産用に焼き菓子を買いに来たのに、ケーキも買ってしまいそうになるほどです。

 手土産を持って行く先は美季さんの所。この前は手作りクッキーをご馳走してくださったのでそのお返しです。青木さんには美季さんを訪ねることを言っていないので自腹、大奮発です。自信をもって人に食べてもらえるようなお菓子が私にも作れたらいいんだけど。以前、私としては自信作のブラウニーを、朱美と真由に出したら今一つな感じでした。以来、自信がありません。と言ってもこの二人の評価は気にすることもないかもだけど。なにせ二人とも、ケーキ食べながらビールを飲める人たちだから。

 美季さんのお住まいのエントランスまで来ました。アポは取っていません。お見えにならなければそれでもいいつもりです。本来はもうお会いする必要のないこと。なので青木さんにも言っていないのです。私が美季さんとお話したいってだけ。春香さんとお話しましたってことを直接お話したいだけ。

 お部屋の番号を押してしばらくすると、はい、と言う声がインターホンから聞こえました。ご在宅でした。

「突然伺って申し訳ありません。青田設計の高橋です」

『ああ、はい、こんにちは』

「え~っと、昨日、久野春香さんとお話させていただきましたので、そのご報告に伺いました」

やっぱり連絡もせずに伺ったのはまずかったかな? と、考えるくらいの間がありました。でも、

『そうですか、わざわざありがとう。どうぞお入りください』

と、返事が返って来て自動ドアが開きました。

 美季さんのお部屋の門扉前まで来ると短いポーチの先の玄関が開いていて、女性が出迎えてくれました。美季さんではありません。美季さんより十歳くらい若い感じです。

「関口さんの所のお手伝いの伊原です。どうぞお入りください」

会釈しながらそう挨拶してくれます。お手伝い? 家政婦さんかな?

「ありがとうございます、高橋です」

私も軽く頭を下げながらそう言って門を入りました。

 伊原さんに先導されるようにリビングに入ると、美季さんはキッチンに立っていました。お湯を沸かしているようです。

「すぐにお茶入れるからちょっと待ってね」

そして私の顔を見るとそう言います。すると、

「私がやりますから、美季さんはお客様のお相手してください」

と、伊原さんがさっと美季さんの傍へ行きます。

「でもあなた、もう帰る時間でしょ? いいわよ」

「別にこのあと用事があるわけじゃないですからいいですよ。さあそっち行って座っててください」

伊原さんは美季さんの腰に手を添えると、ガスレンジの前からのかそうとします。

「はいはい、じゃあお願いね。あ、高橋さん、この人は週二日来て頂いてるお手伝いの洋子さん」

美季さんはキッチンからリビングに向かいながらそう言います。

「ちゃんともうご挨拶しましたよ」

と、伊原さん。でも美季さんは無視して続けます。

「でもこの人ったら二日しかお願いしてないのに、ほっといたら毎日のように来るのよ」

「ほっといたら台所がすごいことになっちゃうじゃないですか。使うだけで片付けないんだから」

そう聞くと思い出します。この前お邪魔した時、流しにはクッキー作りに使ったと思われる、ステンレスのトレーやボウルが積まれていました。

「こら、高橋さんに変な話聞かせないで」

「いいじゃないですか、事実なんだから。それに二日分しか頂いてませんよ、私。それ以外は趣味で来てるだけですから」

「あ、それ前にも言ったけどちゃんと請求してよ」

「いいですよ別に。会社で追加分の書類作るのも面倒だし」

「ううん、ダメよ」

「いいんです。その代わり今日もですけど、ここでお昼頂いたりしてますから」

「それは自分で作ってるんじゃない」

「そうですよ、美季さんのを作るついでに美季さんの所の材料で」

「もう変な人」

「お互い様です」

なんだか親し気な二人です、下の名前で呼び合ってるし。


 テーブルの傍まで来ても伊原さんと話し続けていた美季さん。やっと私の方を向いてくれました。

「ごめんなさいね、連絡くれたらまたクッキーでも焼いておいたのに」

そしてそう言うと、テーブルの椅子を手で勧めてくれます。私は勧められた椅子の方に行って、

「いえ、この前御馳走していただいたので今日は持参しました。と言っても、買ってきたものですけど」

と言って手提げの紙袋を美季さんに差し出しました。

「あら、ありがとう。そんな気を遣わなくてもいいのに。あ、シバタのお菓子ね、見てもいい?」

紙袋を見てそう言う美季さん。美季さんも知ってるお店でした。私は行動範囲内にあるから知っているお店だったけど、新作披露の日なんかは人がいっぱいで買えないようなお店、やっぱり有名なお店なんだ。

「はい、どうぞ」

美季さんは紙袋をテーブルに置くと、中から紙箱を取り出し開けます。

「マドレーヌとバターケーキの詰め合わせ。無難だけどシバタで焼き菓子って言ったらこれよね。高橋さんもシバタのお菓子好きなの?」

「はい」

「やっぱり。他にも目を引くお菓子がいっぱいあるのにこれを選ぶって、趣味が合うわね」

良かった、私の好みで買ったんだけど喜んでくれてるみたい。

「洋子さん、あの紅茶にして」

美季さんがキッチンの伊原さんにそう声を掛けます。伊原さんは少し目を見開いてます。

「分かりました。けど、私もいただけるんですか?」

そしてそう聞いています。

「もちろん。じゃないと後で何言われるか分からないから」

美季さんがそう返すと、二人してくすっと笑います。

「何も言いませんよ。シバタのお菓子が頂けるんならなおさら」

伊原さんはそう言うと水屋の扉を開けて、出してあった黒っぽい缶をしまい、鮮やかなグリーンの缶を出しました。そしてそれを美季さんに見せます。美季さんは笑顔で頷き返しました。それがあの紅茶? お気に入りの紅茶なのかな? 伊原さんはミルクパンに牛乳を入れて温め始めます。ミルクティーにするんだ。

 伊原さんの手元を見ていたら美季さんに話掛けられました。

「それで、春香さんはどうでした?」

そうでした、その話をしに来たのでした。

「あ、はい、関口さんが電話してくださっていたので、もう納得されてました」

ああ、報告ってことならこれでもう用事が済んでしまった。当然、ほっとした云々の話はするわけにはいかないので。

「そう、なら良かった」

「はい、ありがとうございました」

「ん? 高橋さんの所にしたら、バリアフリーのお部屋作る方がお金になるんじゃないの? 売り上げの邪魔しちゃったかな?」

なんだか面白いことを言う人です。

「いえ、うちは図面書かせていただくだけで、作るのは施工業者さんですから」

追加の設計費等はもらえるんだけどね、それは言わない。と思っていたら、

「でも設計変更なわけだから、それはもらえるんじゃないの?」

と、意外に鋭いことを言ってきます。

「いえ、まあ、そうですけど」

「お手間掛けさせちゃったから、その分はお支払いしておいてって、久さんに言っときましょうか」

「いえ、そんなとんでもない。大丈夫ですから」

そう言うと美季さんが笑います。

「冗談よ、私からそんなこと言えるわけないし」

なんだかこの前より親し気な雰囲気です。

「お話してる時の春香さんはどんな感じだった?」

美季さんがまた質問してきました。

「どんなとは?」

「ほんとに納得してる感じだった?」

「ええそれは。まだ何か考えているようには見えませんでした」

「そう」

「はい。実は、関口さんにと言っていたお部屋なんですけど、何もない広いお部屋として出来上がっているところなんです。そのお部屋はお子さんたちの遊び場所にするので今のままでいいと、昨日言っていただきましたから」

これは事実です。昨日春香さんからそうお聞きしました。美季さんが、ふふ、と小さく笑って言います。

「あの子たち、いい遊び場が出来たみたいね」

紅茶のすごくいい匂いが漂ってきました。伊原さんが淹れ始めたようです。

「そうですね。裏のお庭に面したお部屋なのでほんとにいい遊び場になりそうです」

美季さんは頷いた後目を伏せました。何かを考えているよう。そして目を伏せたまま口を開きます。

「春香さんもこれで楽になったかな」

「どういうことですか?」

そう聞くとまた美季さんと目が合いました。

「これでもうこれ以上私に義理立て出来ることはなくなったでしょ?」

「……」

意味が分かりませんでした。

「優しい人だから義理で、なんて思ってないかもしれないけど、やっぱり私に気を遣っているのよ。自分のせいで追い出してしまったって」

「……」

「もし私が一緒に住むことを了承してたら、そして一緒に暮らし始めたら、多分困ってたと思うわよ。そしてそのうちギクシャクしてきてうまくいかなくなる。そう言うものよ、私たちの関係って。そう思わない?」

「はあ」

としか言えませんでした。そして今度は私が目を伏せてしまう。昨日の春香さんの、ほっとした、ってセリフが頭の中に出て来てしまいます。すると美季さんが明るい口調で、

「ま、私も気まずいしね、やっぱり」

と言って、顔を上げた私の顔を笑顔で見ました。

 キッチンから伊原さんが声を掛けてきます。

「美季さんはお砂糖一つ入れます?」

「うん」

美季さんがそう頷くと、

「高橋さんはどうします?」

と、私にも聞いてくれます。

「あ、じゃあお願いします、一つ」

そう答えるとすぐにティーカップを載せたお盆を持って、伊原さんがテーブルの方に来ました。そして美季さんと私の前にカップを置きながら、

「お客さんに箱のままお出しするんですか?」

と、美季さんを睨むように言うとすぐに離れて行きます。そして楕円形の籐のトレーを持って戻ってくると、紙箱からお菓子を取り出してその上に並べていきます。それを見ながら美季さんがこう言います。

「私はいつまでこのまま置いとくつもりなのかなって思ってたのに」

「私、お茶淹れてたじゃないですか」

そしてそう返す伊原さん。伊原さんはお菓子を並べ終えると、空箱をもって離れようとします。

「あら? あなたのは?」

そんな伊原さんに美季さんが、二人分のティーカップしか置かれていないテーブルの上を見てそう言います。

「私はそっちで頂きます」

そう言ってキッチンの方に顔を向ける伊原さん。

「いいわよ別に、ここで一緒に頂きましょ。お話はもう終わったし、ね」

美季さんがそう言って私に同意を求めてきます。

「はい」

私は笑顔で頷きました。テーブルの上をほんのしばらく眺めてから伊原さんがこう言います。

「じゃあお邪魔しますね」

そしてキッチンから自分のティーカップと折り畳みの丸椅子を持ってきてテーブルに着きました。

「用意してあるんじゃない」

「当然です」

そしてそこからは女三人のおしゃべり会となりました。




 おしゃべりは一時間ほど続きました。ほとんど美季さんと伊原さんの話を聞いているだけでしたが。でも楽しい時間でした。美季さんは楽しく温かい方。改めてそう感じました。そして美季さんも一緒に住む話がなくなって、ほっとしている。そう感じました。超えてはいけない一線、けじめ、だとこの前はおっしゃった。それはそれで本音でしょう。でも、やっぱりあの二人は一緒にはいられないでしょう。そう思った自分の感覚を確かめたくて、美季さんともう一度お話したかったのかも。そんな気がします。


 会社の駐車場から事務所に向かって歩き始めるとスマホが鳴りました。杉浦様自宅と表示されています。土曜日の記憶が……。美季さんの所で温かい気持ちになると杉浦さんが出てくる。ため息一つついてから電話に出ました。

「はい、高橋です」

『杉浦です。今よろしいですか?』

奥さんの声でした。だよね、ご主人がこの時間に自宅にいるわけないもんね。

「はい、どうぞ」

でも少し緊張して答えました。

『あの、なんて言ったらいいか、その……、すみませんでした、私のせいで』

「は?」

土曜のご主人の話に関係することだとは思いましたが、今一つ理解できませんでした。

『昨日の夜、主人から聞きました。本当にすみません、主人がひどいことを言ったみたいで』

「そんな、私が余計なことを言ったんですから」

『いえ違います、私がその、なんて言ったらいいか……、味方が欲しくて高橋さんの名前を出しちゃったんです』

「え?」

『私、主人と喧嘩したことなかったんです。あ、じゃれあいみたいな小さな喧嘩はありますよ。でも、その、なんて言うか、本気、みたいな喧嘩はしたことなかったんです。だから味方が欲しくて、高橋さんも、みたいなこと言っちゃって』

なんとなく奥さんの言っていることが分かりました。

「でも、私が奥さんとそう言う話をしたのは事実ですから……」

気にしないで、と続けようとしたら奥さんが遮るように、

『いえ、私、高橋さんと話さなくても、多分主人と喧嘩してたと思いますから』

と言い、そして続けます。

『主人は、高橋さんが私にああいうことを言ったから私が怒ってるって思ってたんです。だから言ってやりました、高橋さんは関係ないって。真優美、娘のことも関係ないって。私が嫌なんだって』

興奮している声ではありませんがなんだか心配になりました。

「あの、大丈夫ですか? またご主人と言い合いになったんですか?」

『あ、ごめんなさい、大丈夫ですよ。昨日は主人の方から話し合いをしようって感じで話してくれましたから』

そっか、話し合いをしたんだ。

『主人の方から、俺が悪かったのかな? なんて言ってきましたから』

「そうですか」

『だから私も正直に話ました。実際に小百合さんと主人が話ているのを見たら辛くなったって。それからは小百合って聞く度に辛かったって』

「そうですか」

私は同じ相槌を返すだけ。でも、奥さんちゃんと辛かったって言えたんだと、嫌だってことを言えたんだと、そう思いながら聞いていました。

『そしたら主人は、小百合さんの話題は喜んでくれてると思ってたって。だから無難な話題だと思ってたって』

「そうですか」

『はい。だからもうしないって言ってくれました』

今まで無意識にしていたことをいきなり止めれるのかな? それに、ご主人は本当に話題にしていただけなのかな? そうじゃなかったら今度はご主人にストレスが溜まるんじゃ? なんて思いましたが、

「そうですか、良かったですね」

と、言ってました。

『まあ、いきなり止めれないでしょうけどね、今朝も言いかけてたし。でも意識的にしないようにしてくれてるのが分かるので嬉しいです』

そう言ってる奥さんの声の後ろで、ただいま、と聞こえました。

『あ、リュウが帰ってきたので切りますね』

奥さんがそう言います。息子さんが帰ってきたようです。

「はい、お電話ありがとうございました」

『いえ、高橋さんには申し訳ないことしちゃったみたいだから一言謝りたくて。それと、主人にも高橋さんに謝るように言ってありますから。それじゃ、失礼します』

それで電話は切れました。いやいや、ご主人に謝ってもらわなくてもいいですよ。青木さんに言われた通り、私は私で、ご主人に悪いことをしちゃったんだから。

 でもなんだかいい気分でした。奥さんがご主人にちゃんと本音を言えたんだと、大げさかもしれないけど感動してました。なかなか言えないことだと思います。私だったらすんごい勇気が必要だろう。このご主人の小百合話のようなことではなくても、彼氏が無意識にする何かが気になっていても、それを止めてと言うのは。

 この数日で、大人の女性たちの本音に一気に触れたような気がします。まだまだすんなり理解できない、理解できていないことも多い気がするけれど、少しは私も大人の頭に近付けたかな? なんて思いながら気持ちよく事務所に戻りました。




 杉浦の奥さんと電話で話した翌日の水曜日、おまけのエピソード。

 お昼前にニューブレインの滝川さんの現場に行きました。ランチをご一緒しながらおしゃべり、もとい、打ち合わせ。滝川さんは五歳年上のまじめな女性。でも、とても仲良くしてくれています。そして気分よく車で現場を離れたらスマホが鳴りました。前にも言いましたが、車の中や現場内ではイヤホンを使っています。なのでナビの画面に誰からの着信か出ないし、運転中にスマホを見るわけにもいかない。だいたいスマホは後ろの席に置いたバックの中だし。

「はい、高橋です」

『あ、杉浦です』

……ご主人の声でした。

「お世話になってます」

とりあえず普通に受け答えしました。でも緊張度は一気に跳ね上がりました。どこかに車を停めようかな、事故っちゃうかも。

『あの、高橋さん事務所にいます?』

「いえ、今は出先です」

『何時ころ戻ります?』

え、何でそんなこと聞いてくるの?

「えっと、一時間くらいで戻りますけど」

『そのあとはもう出掛けませんか?』

まさか来るの?

「はい、何もなければ事務所にいる予定です」

一応何もなければと言っておく。

『じゃあ、仕事でそちらの近くに来てるので、終わったらちょっと寄らせてもらってもいいですか? 多分四時過ぎくらいには伺えると思うんだけど』

来るんだ。ひょっとして奥さんが言ってた、謝りにってやつ? え~、いいですよそんなの。

「えっと、私は大丈夫ですけど、青木の方は分からないですよ」

青木さんの名前を出してみる。

『いやセン…、青木さんはいいですよ、高橋さんに用があるんで』

「そうですか。分かりました、お待ちしてます」

ブルーを通り越して藍色くらいの気分。でもそう言ってました。

『ありがとう。じゃあそう言うことで、よろしくお願いします』

 電話が切れてから見つけたコンビニの駐車場に車を乗り入れました。そしてすぐにバックからスマホを出して青木さんに電話。一刻も早く杉浦さんの来社を青木さんに告げて、青木さんの予定を空けさせ、同席させなければ。なのに青木さんからはがっかりな言葉が。

『四時過ぎかあ、ちょと無理だなあ』

「もう何か約束があります?」

『うん、私用なんだけどね、六時から』

「え、六時ってことは四時ならいいんじゃないですか?』

『いや、六時から始まる前に話したいってやつがいるんだよ、だから早めに行かないと』

一体何があるんだろう。

「ダメですか?」

『うん、ごめん。でも高橋さんに電話したってことは高橋さんに話があるんじゃないの?』

そうなんだけど、そうは言わなかったのに鋭い。

「ですかねぇ」

とぼけました。

『多分そうだよ。僕に用事なら僕に電話してくるだろうから、この前言ってたみたいにね。何かあったかな?』

ほんとに鋭い。その鋭さで気になってくるでしょ? 何の用なのか。だから同席してよ。

「さあ、用件はおっしゃらなかったんで」

『そっか、ま、高橋さん聞いといてよ、悪いけど』

「分かりました」

そう言うしかありませんでした。


 四時の少し前に杉浦さんから電話が掛かってきました。事務所の下まで来たけど、事務所じゃなくて下の喫茶店で、と言われました。了解して向かいます、一応杉浦邸の図面なんかを抱えて。

 カウンターから遠い窓際の席に杉浦さんがいました。杉浦さんの向かいに挨拶してから座るとママさんが来ます。杉浦さんの前にホットコーヒーがあったのでアメリカンを頼みました。真紀ちゃんは? と思って店内を見るとエプロンを外しているところでした。そっか、真紀ちゃんは終わりの時間か。

「先に言っときます、この前は申し訳なかった。謝ります」

杉浦さんがそう言って頭を下げました。

「いえ、私の方こそ失礼なこと沢山言ってしまって申し訳ありませんでした」

私も頭を下げました。そんな私の前に、黙ってママさんがコーヒーカップを置いていきます。

「高橋さんに言われたこと、あの後考えました」

「……」

「考えたら、やっぱり僕も嫌だった」

「……?」

「女房から昔の彼氏の話なんか聞きたくない」

ああ、その話か。やっと返事が聞けた、と思いながら黙ってました。

「なのでこの前、昨日、一昨日の夜か、女房と話しました。そして女房にも謝りました」

「そうですか」

「ええ、娘にはまだですけどね、口を利かないどころか傍にも寄ってこないんで」

そう言って杉浦さんは少し微笑むと、コーヒーを口に運びます。娘さんはまだダメなんだ。

「まあ、周りの話を聞いてると、ただでさえ一番父親を避ける年頃みたいだし」

「そうなんですか?」

「みたいだよ。ひどい人は娘さんが就職してしばらく経つまで、十年くらいまともに会話してくれなかったって」

「え~、そうなんですね」

私の周りには……、そう言う子いないよね。真由はしょっちゅう喧嘩してるけど、喧嘩してるってことは会話してるってことだもんね。

「そうだよ。高橋さんは? お父さんと仲いいの?」

「いえ、私は小さい時に両親が離婚して母と暮らしてましたから、父のことは全然……」

「あ、そっか、そんなこと言ってたね。小さい時って、全く覚えていないくらいの頃?」

「三歳の時らしいです」

そう言って私もコーヒーに手を伸ばしました。

「三歳くらいだと覚えてないんだ」

「はい」

「以後全く会ってないの?」

「はい。私は覚えがありません」

「そっか、辛いだろうね」

「え?」

「いや、ご両親がどういう形で離婚されたか知らないから何とも言えないんだけど、単純に父親としたら、娘と三歳で別れてから一度も会えてないって言うのは辛いだろうなって」

知らずに俯いてしまいました。そう言う父の気持ちは考えたことがあります。ずっと私の養育費や学費を払ってくれていたと知った時。どういう気持ちで会えない娘のためにお金を出していたんだろうって。私の様子に気付いて杉浦さんが、

「ごめん、変なこと言ったね」

と、気遣ってくれます。

「いえ、すみません」

私は顔を上げました。すると杉浦さんが明るめの声でこう言います。

「ま、僕は避けられてても顔が見れるだけ幸せだと思えばいいか」

「そうですね、それにきっと今だけですよ」

と、私も明るめに言いました。でも、また無責任な言わなくてもよかったことかも。

「だよね、もう嫌がる話はしないことにしたし」

杉浦さんは笑顔でそう言うとまたコーヒーを飲みます。そこで私はまた変なことに気が引っかかってこう聞いてしまう。

「でも、ご主人はいいんですか? 遠藤さんの話が出来なくなって」

すると少し陰った笑顔になって答えてくれます。

「それはまあ、家族の方が大事だからね」

「……」

また余計なことを言ってしまったかも。そのあと二人とも無言でした。でもしばらくすると、杉浦さんが控えめな笑顔で話し始めます。

「女房には、小百合の話は単なる話題、その話をすると楽しんでくれてると思ってたって言ったんですよ」

「……」

「でも本当は僕が話したかったんだ。小百合と付き合っていた時の楽しかったことを思い出したかったんだ」

私は何も言いませんでした。杉浦さんもそこで固まったように止まってしまいます。でも思い出したようにコーヒーを飲み干すと続けてくれました。

「今回そのことに気付けて良かった。感謝しないといけないね」

そう言って私を見ました。

「そんな……」

「いや、ほんとにそう思う。このまま続けてたらもっとひどいことになってたかも知れない。娘には一生そっぽを向かれる父親になって、女房からも相手にされない亭主になってたかも。新しい家の中に居場所がなかったかも。……だから、ありがとう」

正面からそう言われました。照れて反応できない。と思ったら杉浦さんも照れたように窓の方を向いてしまいました。なので私もごまかすようにカップを口に。

「ま、これからは女房とのことや、子供たちとのことを話題にするよ、思い出話をするなら」

そう言ってくるのを聞いて、カップを口の前に抱えたまま顔を上げると、また目が合いました。すると、

「そっちの方が大事な思い出だしね」

そう笑顔で付け足します。そしてまた同じように窓の方を向いてしまいました。私もつられるように窓の外に目が行ってしまいます。

「あっ、青木さん」

駐車場からと思われる青木さんが歩いてくるのを見つけて、驚いてそう言ってました。驚いたのは青木さんがいたからではありません。青木さんがスーツ姿だったから。ネクタイまでしてるし。

 私の言葉に杉浦さんも青木さんを探したようです。そして姿を見つけると、

「え、先輩呼んでたの?」

と、私に聞いてきます。

「四時過ぎに杉浦さんが見えると報告はしました。でも用事があるから来れないと言ってましたけど……」

椅子の上に腰を浮かせていた杉浦さんが腰を下ろして私を見ます。

「高橋さん、今の話、先輩にはなしで」

そしてそう言ってきます。

「はあ」

ガラス越しに青木さんと目が合ったので、私は青木さんに会釈しながらそう答えました。

「やっぱりちょっと恥ずかしいから、頼むよ」

杉浦さんがそう言ってる間に青木さんが店に入ってきました。私は頷き返してから青木さんの方を見ます。

「車置きに来たついでにちょっと顔出そうかと思って」

と言いながら青木さんが傍まで来ました。杉浦さんが応じます。

「いや、もう話終わっちゃいましたよ」

「そっか、何の話だったの?」

「この前高橋さんに担当外れてくれ、みたいな失礼なこと言っちゃったんで、そのお詫びをして、改めて担当してもらえないかお願いしてたんです」

立て板に水のようにそう言う杉浦さん、すごい。言われた青木さんは私を見ます。私は当然頷きました。それを見て青木さんはこう言います。

「そっか、失礼なことしたのはこっちなのに、ありがとう。しっかりやらせてもらうから」

「ええ、お願いします。ところで、何かあるんですか? これから」

青木さんの言葉に答えてから、杉浦さんが青木さんにそう聞きました。私も聞きたい。

「ん? なんで?」

「いえ、先輩のスーツ姿って珍しいから」

「そっか? 今日はこのあと田町会。大先輩も見えるから一応こういう格好で」

ええ? スーツ姿珍しくないと思ってるの? そして田町会ってなに?

「ああ、田町会出てるんですか」

だからそれ何?

「今日は名古屋支部の会じゃなくて、建築関係者の分科会だけどな」

「そうですか」

「そう言えばお前、支部の定例会でも見掛けたことないよなあ」

「いや~、先輩が名古屋に来る前に二回ほど出たことあるんですけど、なんかとんでもない人ばかりで緊張しちゃって、楽しくないんでやめちゃいました」

すると青木さんが少し笑ってから言います。

「定例会は楽しみに行くんじゃなくて、異業種交流会だと思わないと。で、そこで親しくなった人と別の会に出ればいいんだよ。俺は分科会何個か参加してるよ、全部毎回ってわけじゃないけど」

「分科会ですか、例えば?」

「例えば、気軽なやつだと俺はロクサン会に出てる。六十三年の卒業生の会な。みんな同学年なんだけど、最初は知らないやつばっかり。名古屋では在学中知ってたの一人だけだった。でも同学年だと分かってるから気楽だよ」

「そっか、そう言う会もあるんですね」

と、二人で楽しそうに話しているところにとうとう割り込みました。

「あの、田町会って何ですか?」

二人が私を見ました。そして杉浦さんが答えてくれます。

「安政のOB会だよ。先輩と僕は安政大学の卒業生だから」

さすが全国レベルでトップクラスの大学、OB会まで支部とかって組織が作られてるんだ。さっき杉浦さんが言ってたけど、安政大学のOBって言えばとんでもない人が沢山いそう。政財界の上~の方にもいっぱいいるだろうし。青木さんがスーツ着て行くのが分かる気がする。と言うか、OB会の時だけスーツ着るのかも。

 なんて思っていたら、立ったまま話ていた青木さんが後ろを気にして振り返ります。ママさんが立っていました。青木さんが振り返ったのでママさんが口を開きます。

「あおちゃんはアイスでいい?」

青木さんは私たちの前のテーブルを見てから、

「いや、時間ないし、二人はもう飲み終わってるみたいだからいいや」

と、言います。

「店の中入って来て、長話した挙句何も飲まずに帰るんだ」

半分睨むようにママさん。

「いや、その、……わかった、アイスお願いします。それと、二人は? 一人で飲むの嫌だからお代わりしてよ」

と、私たちにも頼むように言ってきます。杉浦さんと私は顔を見合わせてから笑いました。



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