究極の選択

「俺はな、今一つ問題を抱えてるんだ」ギルベルトが人差し指を立てて話し始めた。


「問題ってのは侯爵家の跡取りのことだ。お前も知っての通り、俺の親父はつい最近死んだ。原因は疫病えきびょうだ。お袋も同じ疫病で死んだから、そういう病気にかかりやすい家系なのかもしれねぇな。ま、幸い俺にはその遺伝子は受け継がれなかったみたいだから、この通り壮健に過ごせてるがね」


 ギルベルトが軽く笑って両手を広げる。オリヴィエはその様子を横目で見ながら、彼も疫病で没した方がこの地方は平和になるのではないかと思ったが、話を広げるのも面倒なので黙っておいた。


「で、両親が死んで俺が当主の座を受け継いだわけだが、ここで困ったことが起こった。俺には兄弟姉妹がいねぇ。祖父母もとっくの昔に死んでて、今グロキシニア家の人間は俺一人だ。万が一俺が疫病か、他の何かで死んだりしたらグロキシニアの血は絶えちまうが、何百年も続いてきた侯爵家の血筋を俺の代で絶やすわけにはいかねぇ。だから俺は早急に跡取りを見つける必要があるってわけだ」


「……それが私に何の関係がある? 貴様の家系の問題など、私の知ったことではない」


「大事なのはここからだよ」ギルベルトが身を乗り出して続ける。

「跡取りを見つけるには、とにかく子どもを作らなきゃいけねぇ。だから俺は花嫁を探すことに決めたんだが……これがなかなか難儀でねぇ。手を挙げる女は山のようにいるが、大抵は見てくれがいいだけで中身は空っぽな奴ばっかりだ。跡継ぎを産ませるには相応しくねぇ。さて、どうしたもんかなと考えたところで……お前の話を聞いたってわけさ」


 ようやく話の流れが見えてきたが、それはオリヴィエの予想を遙かに超えた展開だった。彼がこれから口にしようとしていることを想像すると、オリヴィエは全身が総毛立つような感覚を抱いた。


「……待て。貴様はまさか……私に求婚しようと言うのか?」


「その通り。女騎士って話を聞いた時にぴんと来たんだ。強い跡取りを産ませるのに、これ以上うってつけの女はいねえってな」


「そのような世迷い言を……、私が承諾するとでも……?」


「どうかな。侯爵夫人の身分ってのは悪くねぇぜ。一生かかっても使い切れねぇほどの財産が全部お前のものになるんだからな。夫や恋人を捨ててもこの地位が欲しいって女は山ほどいるぜ」


「……私は貴様の言う女達とは違う。富にも爵位にも一切興味はない」


「ほう、そうかい。じゃあ何が欲しいんだ? 剣か? 鎧か?」


「少なくとも、貴様から施しを受けようとは思わない。貴様のような下劣な男の妻になるくらいなら、私は迷わず自決する道を選ぶ」


「そう言うなよ。俺はお前のために言ってるんだ。なぁ? 花騎士団の女騎士さんよ」


 オリヴィエは咄嗟に息が詰まりそうになった。なぜ、自分が花騎士団の人間であることを彼が知っているのだ。


 オリヴィエの動揺を見て取ったのか、ギルベルトは意味ありげに笑みを浮かべると、二本目の煙草に火をつけながら言った。


「お前がどこの誰かってことは調べがついてる。エーデルワイス王国花騎士団の騎士、オリヴィエ・ミラ・グリュンヒルデ。花騎士団の中で唯一の女騎士で、他の男連中を差し置いてトップクラスの実力を持っているが、他の奴らは女に負かされるのが面白くなくて、何かにつけてお前をこき下ろしてくる。お前がどれだけ努力しようが奴らは絶対にお前を認めねぇ。自分より弱い奴らが偉ぶってるのをお前は黙って見てるしかないってわけだ。気の毒なもんだよなぁ?」


「……黙れ。貴様に、同情される筋合いは……」


「まぁ最後まで聞けよ。で、お前はどういうわけか国を離れてここディモルフォセカに来た。でもディモルフォセカに留まるつもりはないらしく、国に帰るために躍起になって金を稼いでる。

 だがねぇ、俺は不思議でならねぇんだよ。花騎士団でお前は冷遇されてたんだろ? 何でそんな場所にわざわざ帰りたがるのかと思ってね」


「……私が故郷を目指すのは花騎士団だけが理由ではない。エーデルワイス王国には私の主人がいる。私は何としてもあの方の元に帰らねばならん」


「主人、ねぇ。そいつがお前にとってどれだけ大事な奴かは知らねぇが、自分の幸せを捨ててまで仕える価値のあるもんかね?」


「……私にとっては、あの方のお傍にいることこそが至宝の喜びなのだ。その栄に浴することができるのであれば、騎士の連中の悪口雑言あっこうぞうごんなど物の数ではない」


「そうかい。でもそいつが今もお前を待ってるとは限らねぇぜ? お前がエーデルワイス王国から出たのは何ヶ月も前の話だ。今頃は別の騎士がお前の代わりを務めてるだろうし、帰ったところでお前の居場所なんてあるのかねぇ?」


 痛いところを突かれてオリヴィエが唇を引き結ぶ。彼女自身、アイリスが自分を忘れているのではないかと危惧することはあったが、考えないようにしていた。その可能性を認めてしまったら、自分の唯一の支柱が脆く崩れ去ってしまうような気がした。

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