第20話 魔族のミノムシさん


「これは……よろしくないな」


 ノートPCに表示されている各種センサーの数字を睨み、ラング博士が深刻な表情で呟いた。


「魔力濃度の高まりが速すぎる。東京組は間に合わんぞ。どうする、大佐」

「誰かスポーツカー乗ってる探索者いねえのか? アクアラインを三百キロで暴走させりゃ、ギリギリ間に合うだろ」

「無茶を言うな」


 今まで通りのスケジュールならば、スタンピードがフェーズⅢへ突入するまで半日以上は余裕があったはずだった。普通ならば国連軍だけで対処可能なのだ。

 あまりにも速すぎた。


「MⅩ迷宮が攻略され、予言にあった滅びの未来が回避されたことで、何らかの変化が起きた……のだろうか」

「んなこと後で考えろ! 次はどっちに飛べばいい!」

「少し待て」


 博士は次の目的地を読み上げた。

 焼け石に水だ。もっと大規模に、軍隊レベルで輸送をしないと意味がない。

 ……だが、国も国連も軍隊もみな民間探索者を嫌っている。

 迷宮用の武装で全身を固めた、戦闘経験豊富で自信過剰な若者……そんな集団が増えれば、間違いなく国は乱れる。実際、探索者が異界の中に”国”を作った実例すらあった。


 加えて、民間企業が探索者を雇って武力を持てば、いよいよグローバル企業が誰にも止められなくなる。武力を背景に法律を無視して迷宮を私物化している企業など、もはや珍しくもない。

 月をまるごと私物化している株式会社モチヅキが、その筆頭だ。もう誰の手にも負えない。第二のモチヅキを作りたくない、と誰もが思っていた。


「救い主でも現れない限り、人類は滅亡の一途を辿るかもしれんな……」

「んだよいきなり! ネガティブな事言ってる場合か! 気合入れろ気合!」


 駅前で探索者を拾い、前線まで運んで降ろす。

 上空から見る戦況はハッキリと悪かった。

 戦線は下がる一方。ボスは何とか足止め出来ているが、倒せそうな様子はない。


「ファック! 戦力がまるで足りてねえ!」

「……ボスを足止め出来ているだけでも、驚くべき戦果だ」


 軍隊の集中砲火でビクともしないような怪物を、たった一人の少女が止めている。

 英雄的だ。しかし、援軍の来る見込みはない。


「おい! なんだありゃあ!?」


 大佐が操縦桿から手を離し、空の一点を指さした。


「見ろよ教授! 自動車が空を飛んでるぞ!?」

「何を言っているのだね? ストレスで幻覚でも……」


 博士が窓の外を見れば、確かに自動車が空を飛んでいた。


「あ……あれはいったい?」

「異能、じゃねえの?」

「ふ、不可能だ! 異能といえど万能ではない! 車の重量は1トン以上ではないか! 自分だけが飛行する能力なら聞いたことはあるが、その重さを持ち上げるなど……! もし可能だとしても、相当に名のある探索者でなければ力が足りないはずではないかね!?」

「じゃあ、何だ? 魔物が車を飛ばしてるってか?」

「そのほうがまだ合理的な説明だ! 絶対に、人類ではない……見ろ!」


 博士はノートPCの一点を叩いている。


「魔力センサーのグラフが反応している! あの車を飛ばしているのは、〈魔力親和性〉を使って周囲の魔力を使う人間ではない! 魔力そのものを持つ魔物、あるいは知性を持つ魔物……すなわち魔族! そうとしか考えられん!」



- - -



 ミツキを助けに行くとは決めたけれど、やっぱり素顔を晒すのはリスクが高すぎる。

 どうやって偽装しても、たぶんモチヅキにはバレるだろうけど……。

 それでも他の勢力からの注目を避けるために偽装しておいて損はないはず。

 俺を殺そうとしてくるのがモチヅキだけとは限らないし。


 悩んでた俺の目に、サバゲーショップのショーウィンドウが飛び込んできた。

 モサモサのギリースーツが展示されている。


「……ハッ」


 これだ!

 俺は店内に飛び込んでで数着のギリースーツを抱え、レジ前で店員を呼んだ。


「あの、すいません……緊急事態で、今すぐこれが欲しいんですけど!」

「ん? ああ……探索者の人?」

「手持ちの現金が無くて! 魔石で払えません!? これで二十万円分ぐらいになると思うんで!」

「二十万!? よし分かった! でも、誰にも言わないでくれよ。店長に怒られたくないから」

「ええっと、はい! 秘密にしましょう!」


 数着のギリースーツを手にした俺は、街の中心をダッシュで抜け、人気のない場所で全部まとめて重ね着をした。

 窮屈でまともに動けないけど、人体のシルエットは完全に隠れている。

 ほとんど前も見えない。これならバレないはずだ。


「よし……行くぞ……!」


 人目を避けつつ重力操作で低空を滑り、山中へ入る。

 遠くにボスの巨体が見えた。翼が展開されて、足元へ無数の魔法が放たれる。

 まだ戦ってる!


「ミツキさん、無事で居てくれ……!」


 空を飛び、戦場の範囲内へと入り込んでから高度を上げる。

 武器が必要だ。重力操作で持ち上げて落とせる、重いもの。


 ドアが開いたまま放置されている自動車を見つけ、急降下して中へ入り込む。

 俺の重力操作範囲に収まりきらないから、普通にやったら無理だけど。


「中に入っちゃえば……!」


 真上への重力を発生させ、車内の天井に座る。

 重力操作の範囲内に入ってる割合のほうが、範囲外に出てる部分より大きいから、ちょっと遅いだけで問題なく空に浮かせられた。


「あとは……勢いをつけて……ぶつける!」


 重力を傾けて、ぐんぐん速度を加速させていく。

 空を飛んでるヘリを追い越し、ボスへと一直線。


 近づいてきた。大きい。恐竜じみた長い胴体と、ワニのような鱗。

 その足元で、ミツキさんはまだ戦っている。


 必死にボスの脚へ攻撃を加えているけれど、通ってる様子はない。

 ……あ、やばいっ! 反撃でミツキさんが転ばされてる!


「させるかっ!」


 さらに加速させ、ぶつかる寸前で飛び出す。

 飛行機並の速度でぶっ飛んでいった車がボスの頭部に直撃し、悲鳴と共に血が吹き出した。効いたぞ!


「な、何!? 車が飛んできた!? 助けてもらった、の……?」

「ミ……」


 ミツキさんを呼ぼうとして、辞める。

 彼女は俺の能力を知らない。なら、正体を隠すべきだ。


 俺は空中で静止する。足と腕は胴体にぴったりと付けたまま。

 人体のシルエットは完全に隠れてるはず。正体不明の謎生物扱いになってほしい。


「なにあれ? ミノムシの魔物?」


 妙にキラキラした視線で見つめられているような気がする。


「ま、なんでもいいや! 協力してくれるんなら大歓迎だよ! 一緒にやろう!」


 何も答えずに、ひしゃげた車の残骸へ向かう。

 衝撃でいい感じに丸くなった。これなら俺の重力操作範囲に収まる。


「ゴアアアアアアァァァァッ!」


 耳をつんざく叫びと共に、ボスが勢いよく孔雀のような翼を展開した。

 俺は自動車の残骸に着地して、重力操作で引き上げながら一気に高度を上げる。

 お互いに言い訳なしの全力全開だ……さあ、どこまでやれる、俺!

 

「危ない! 避けてっ!」


 言われなくても!

 輝く魔法の嵐を睨み、薄い場所を探しながら飛び回る。

 弾幕に交じる精密攻撃はどれも俺の背後へ流れていった。

 加速についてこれてない。俺のほうが速い!


 ボスの翼が赤熱し、ジュウジュウと蒸気が立ち昇る。

 ……異能や魔法を使うと発熱するのは、人間だけじゃなくて魔物もなのか!

 あれが冷却機構なら、弱点のはず!


「チャンス!」


 ミツキさんが勢いよく駆け出し、大ジャンプしながら胴体へと斬撃を放つ。

 ドンッ、と腹にくる衝撃波が放たれ、斬撃よりも広範囲に一文字の傷跡が刻まれた。

 そうか、ミツキさんはこういう異能なのか!


「今だよ!」


 クリーンヒットを食らってボスが膝をついている。隙だらけだ!

 喰らえええっ!


 バシュンッ、と赤熱した翼の根本をひしゃげた自動車が貫く。

 片方の翼が落ちた。ボスが苦しそうな唸り声を響かせる。


 ……だけど、赤熱が収まったとたんにまた魔法が飛んでくる!

 致命傷には程遠い! ものすごい硬いぞコイツ!

 しかも全力攻撃してこなくなった! 俺が近づくと翼を畳む! 小賢しいやつ!


「時間がないのに……早く仕留めなきゃいけないのに……っ!」


 見るからに焦った様子のミツキさんが斬撃を繰り返す。だが、地上からの攻撃では急所に届いていない。

 俺もまた、回避を続けながら頭へ車をぶつけようとする。

 でも駄目だ、何回やっても当たらない! 警戒されてたら無理だ!


「おーい! 私が!」


 ミツキさんが俺に手を振った。


「私が、弾丸になる!」

「……!」


 できる。彼女を超高速で射出して、異能斬撃を放って貰えば、地上からじゃ届かない急所を狙えるかもしれない。

 でも……着地は?


「速く! 時間がないんだから!」


 迷っている場合じゃない。彼女を重力操作の範囲に入れて、共に空へと舞い上がる。


「うわっ、わっ、わっ!? 落ち……上に落ちてるー!?」


 重力の乱れに困惑して暴れているミツキさんの手を掴み、姿勢を安定させる。


「お? ありがと……次の一撃で決めるから、全力でやって! お願い!」


 頷いて、いったん大きく距離を取る。


「ちょっとだけ待ってね……つっ!」


 彼女は輝く液体で満ちた注射機械を取り出し、中身をバシュッと腕に叩き込んだ。

 容器にはモチヅキのロゴが刻まれている。

 〈ポーション〉、なのか? でも注射なんて使い方するかな……?


「フウウゥゥゥ……よし! 行こう、ミノムシさん!」


 ああ、全力で行こう。

 俺は思い切り助走を開始した。

 景色が超高速で後ろへ流れていく。新幹線だってこんなには速くない。


「あの! ミノムシさん!」

「……?」

「足場がないから……蹴っ飛ばすけど、許してね! ごめん!」

「!?」


 痛っ! マジで全力で蹴っ飛ばされた!

 ……おかげで、迎撃の攻撃魔法が俺たちの間をすり抜けた! ラッキー!


 俺を足場にして高く飛び上がったミツキさんが、日本刀を鞘へと戻す。

 居合の構え。彼女の小さな躯体から、異様な迫力が溢れ出した。


「魔剣――月輪!」


 空中で一回転しての縦薙ぎを放ちながら、彼女は弾丸のごとくボスへ突撃した。

 生み出された衝撃波が三日月のごとく輝く。俺が車をぶつけた時に出来た傷口から入り込んだ衝撃が、頭部を真っ二つに裂いた。


「ギヤアアアアァァァッ!」


 断末魔の悲鳴を上げて、巨大なボスが倒れた。共同戦果だ。

 ……そっちを見てる場合じゃない!


「ミツキさん……!」


 落ちていく彼女を、全速力で追いかける。地面が近づいてくる。

 もっと……あと少し! 限界まで異能を振り絞り、落下点へ入り……受け止める!

 上がれええええぇぇぇッ!


 木々の間をすり抜けて、枝葉に体を引っかかれながら、なんとか安全な高さへと戻る。

 ……何とかなった、のか。

 こんな俺でも、ボスを倒す手伝いが出来たのか……っ!


「あの……ありがと。何となく、受け止めてもらえるってわかってたよ」


 俺の腕の中に収まったミツキさんが、最高の笑顔を俺に向けた。

 繰り返し使った異能のせいか、彼女の体は異常に熱くなっている。重ねて着たギリースーツ越しに、体温が伝わってくるほど……あれ?

 俺の腕の中? 体温?

 うわ!? お姫様抱っこの姿勢になってるー!?


「……!? ……、……!」

「ど……どうしたの? なんかビクビクしてるけど……あっ、力の使いすぎかな!? 頑張って、地上までもう少しだからね!」


 俺はなんとかミツキさんを地上へと送り届けた。

 なのに、まだお姫様抱っこ状態から抜けてくれない。


「あのね……私、あなたの正体、分かっちゃったかも」

「!?」


 うっそ!? バレた!? 何も喋ってないのに!?


「モチヅキから逃げれる人が居るなんて思ってなかった。月の実験場から逃げ出そうとした被検体は全員死んだって聞いてたけど、でも……あなたも私と同じで、魔族だよね?」

「……!?」


 何の話!? 魔族!? 何で俺も同類扱いされてんの!?

 もしかしてシリウスから受け継いだ異能のせい!?

 そういえばあいつ魔族とか何とか名乗ってたっけ!? あれ俺ってミツキさんの同族殺しちゃった!? いや違うよな!? たぶんなんか噛み合ってないよな!?

 勘違いしてるだけで俺の正体はまだバレてないっぽいぞ!?


「って、そんなわけないか! ごめんね! 聞かなかったことにして。何も知らないほうが、お互いに安全だから……ね? えへへ、舞い上がって変なこと言っちゃった」


 何も知らないほうが安全だから、か。

 ……隠し事はお互い様、だな。


「あ、そうだ、まだ終わってないんだった。ボスは倒したから、かなり異界化は遅くなってるはずだけど……まだスタンピードは続いてるもんね。戦わなきゃ」


 彼女はようやくお姫様抱っこ状態から抜け出してくれた。


「一緒に来る?」


 ……俺は首を横に振った。

 もう十分に目立ってしまった。早く逃げたい。

 下手に粘って、どこかの軍隊に目をつけられて捕まったらシャレにならない。


「そっか。だよね……うん。ありがと。助けてくれて、嬉しかったよ。死なないでね」


 俺をぎゅうっと抱きしめたあと、ミツキさんは森の中を駆け出していった。

 ……抱きしめられちゃった。

 もしかして……ピンチを助けちゃって好印象を与えちゃったかなあ!?

 好かれちゃったりしたかなあ!? 俺って罪な男かなあ!?

 正体を明かしたらデートとか出来ちゃうかなあ!?


「んなわけないだろ」


 自分で自分をバシッと殴り、俺は九十九里市への帰路を辿った。

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