第19話 フェーズⅢ


 とぼとぼ橋を歩いて、宇宙港から九十九里市へと戻る。

 急速に発展したビル街のふもとで、俺は街頭の巨大テレビを見上げた。


「解説の宇佐美さん、現在の状況はどうなっているのでしょうか?」

「はい。まず、スタンピードは三つのフェーズに分けられます。周辺一帯のダンジョン内で魔物が増殖するフェーズⅠ、魔物が外へと飛び出してくるフェーズⅡ、周辺の空間に魔力が満ち始めるフェーズⅢ、この三つですね」


 みんな立ち止まってテレビを見ているから、歩道に人だかりが出来ている。

 ……この街までスタンピードが来る可能性はゼロだ。

 封鎖範囲の外に住んでいる人は、みんな面白い見世物ぐらいの感覚で見守っている。


「現在はフェーズⅡです。ご覧の通り、軍隊が魔物へと対応しています。今のところ順調ですから、このまま行けばフェーズⅢまでは行かないでしょう。〈異界化〉は食い止められる可能性が高いですね」

「なるほど。軍隊の被害はどうでしょうか?」

「あまり遠距離戦が強い魔物は居ないようですね。うん、相性はいいですよ」


 ……まるでスポーツの実況中継だ。

 報道ヘリからの映像がテレビに映し出されている。地を埋め尽くす勢いの魔物が、爆撃でまとめて吹き飛ばされた。

 わあっ、と通行人から歓声が漏れる。


「只今、気がかりな情報が入ってきました。超巨大な魔物が山中で確認されたとのことです」

「〈ボス〉でしょうか。それを討伐できない限り、魔力の濃度がグングン高まってしまいますよ。注意が必要ですねえ」


 カメラが切り替わる。木々を踏み潰しながら進軍する魔物の頭が、尾根越しに飛び出している。

 恐竜みたいなシルエットだ。見るからに頑丈そうな身体をしている。

 遠くからの砲撃が巨体を揺らしたが、まるで効いている様子はない。


「おっ、見てください! 仕掛けますよ!」


 尾根に隠れて超低空を飛んでいた戦闘機の編隊が、パッと高度を上げてボスへと突撃していく。

 大量の爆弾を落とす寸前で、魔物の背中から孔雀のような翼が展開された。

 きらびやかな模様が発光し、無数の魔法陣が一斉に起動する。


「まずい!」


 解説が叫ぶのと同時に、無数の魔法が翼から放たれた。

 対空砲火の雨に貫かれ、戦闘機が次々と爆散していく。


 ……人類は魔物と戦争をしてる、か。

 ラング博士の言葉が脳裏をよぎった。

 探索者も軍人も、みんな命を賭して戦いに挑んでるんだ。

 博士だってミツキだって、戦場にいる。

 なのに、俺は安全地帯でテレビを見てる。本当は戦えるはずなのに。


「……異能があれば、役に立てるかもしれないのに……」


 俺は迷宮の外でも異能が使える。魔力が満ちてくるフェーズⅢを待たずに活躍できる。

 ……だけど、目立ちすぎる。自殺行為だ。

 空間に魔力が満ちるフェーズⅢなら、みんな異能が使えるようになるから、俺が出ていっても不自然じゃなくなる。

 けれど、間違いなくモチヅキに顔を見られる。これも自殺行為だよな。


「宇佐美さん! 軍隊が撤退していきますよ!?」

「精密な対空攻撃が出来る相手にヘリや戦闘機をぶつけるのは無謀です。仕方ないことですが、ちょっと手数が怪しくなってきましたね。これはフェーズⅢ勝負になるかもしれませんよ……」


 俺に出来ることは、何もない。

 ……本当に?

 あそこで戦ってる人たちと同じように、俺も命を賭けるべきじゃないのか?


 答えの出ない悩みをグルグル考えているうちに、戦況はだんだん悪化していった。

 大砲と戦車の攻撃で普通の魔物は止まっても、ボスへの対処ができない。


 通行人のスマホから、デロデロン、と不気味な音色が響く。

 テレビに緊急テロップが出た。

 〈緊急迷宮警報(迷宮庁)千葉県で異界化進行中〉。

 空間に魔力が満ち始め、スタンピードは最終段階に入った。対処を間違えれば、あの周辺は魔力の満ちた異界と化して二度と元に戻らない。


「う、宇佐美さん。探索者の出番ですね」

「ええ。ここまで来てしまっては、祈るしかないですよ。幸い、東京が近いですから、いくつも優秀なパーティが現地入りしているはずです」


 軍隊の大半が引いていき、迷宮経験のある者だけが残る。

 中継が現地の探索者キャンプを映し出した。

 刀剣や弓矢で武装した人々が、自動車並みの速度で駆けだしていく。


 必死に応戦するが、敵の数が多すぎた。

 探索者たちは徐々に押されていく。


「宇佐美さん、戦況は苦しく感じられますが……」

「あー、そうか! ここって交通の便が悪いでしょう? まだ東京の探索者が現地入り出来てないんじゃないですか? となると、偶然近くに居た人だけで戦うことになりますから、これは厳しい……まずいですよ……」


 中継カメラがいきなりブレて、一機のヘリコプターを大写しにした。

 開いたままのドアからミツキさんが身を乗り出している。


「宇佐美さん! 一機、飛び出しましたよ! ボスに向かっていきます!」

「ええ!? それは無茶でしょう! いえ、確かにもうボスを倒す以外に手はなさそうですがね、しかし無茶です!」


 ボスから孔雀の羽が展開されて、ヘリコプターへ無数の魔法が襲いかかる。

 ……とんでもない軌道のバレルロールでその全てを回避した。


「おおっ!?」

「いいぞ、行けーっ!」


 ヘリコプターがボスの脇を掠める。

 その瞬間にミツキさんが飛び出し、空中で斬撃を放った。

 ダァンッ、と中継ヘリのマイクに拾われるほど巨大な衝撃波が生まれ、土埃が地面から舞い上がる。


 すさまじい戦いだった。ミツキさんは超高速で地面を駆け回り、魔法の嵐を捌きながら巨大なボスの足を繰り返し斬りつける。

 そのたび衝撃波が生まれるほどの威力なのに、まったく効いていない。


 ボスの恐竜じみた小さな爪が、ついに彼女を捉える。

 吹き飛んで転がった跡に赤色の血溜まりが広がった。

 巨大な傷跡から血を流しながらも、止まらずに戦い続けている。


「……ミツキさん……!」


 俺は駆け出し、立ち止まり、地団駄を踏んだ。

 モチヅキに見つかりたくない。死にたくない。

 死にたくないのは俺だけじゃないだろ。ミツキさんを見殺しにするのか?

 彼女に励ましてもらわなかったら、とっくに俺は月面の塵だぞ?


「あああああッ、畜生ッ! やってやるッ!」


 覚悟を決めて、俺は走り出した。


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