冬の陽だまり

梨子ぴん

冬の陽だまり

 辺りを見渡すと、イルミネーションがそこかしこに飾り付けられている。

 町中でクリスマスソングが流れ、人々は忙しなく動きながらもどこか楽し気に見えた。


「もうすぐクリスマスか……」


 俺はクリスマスは好きな方だ。

 こういうイベント前特有の、浮かれた雰囲気は嫌いじゃない。

 さて、自分のためのクリスマスプレゼントでも買おうかと店に目をやったときだった。

 この時期にしては薄着で、少し古びた服を着ている少年と目が合ってしまった。


「あ……」


 少年が気まずそうに目を逸らす。

 俺はたまらず声をかけた。


「君、お母さんやお父さんは?」

「外に出てろって言われた」

「なるほど」


 警察に連れて行った方がいいかもしれない。


「俺と警察行くか?」

「それはダメ! お母さんに怒られちゃう」


 少年が涙目になって震え始めた。

 これは思ったよりまずいかもしれない。


「じゃあ、俺の家来るか? 寒いだろ」


 気付けば口からそんな言葉が出ていた。

 俺は諦めて捨て置けば良いものなのに、ついお節介を焼いてしまうのだ。いらぬ世話だと言われたこともある。


「いいの?」

「良いよ。あったかいスープも出してやる」

「ありがとう、お兄さん」


 少年が嬉しそうに笑った。可愛らしい、少年らしい笑顔だった。




「ん。ここがうちの家。ゆっくりしてくといいぞ。あ、まずは風呂でも入った方がいいか」

「僕、におうかな」

「多少な。まあ風呂に入れば匂いも落ちるだろ。風呂を沸かしてくるから、その椅子に座って待ってろ」


 俺が椅子を指さして示すと、少年は大人しく座った。

 随分と聞き分けの良い子だなと思う。

 俺はすぐに風呂の準備を済ませると、料理に取り掛かった。


「とりあえずスープでも作るか」


 適当な鍋を出し、水を入れて火にかけた。

 冷蔵庫からはにんじん、キャベツ、玉ねぎ、それからウィンナーとコンソメを出す。

 野菜類もウィンナーも全部切ってしまって、まとめて鍋の中に放り込んだ。


「お兄さん、何作ってるの?」

「スープだ」

「そんなにたくさん野菜を入れるものなの?」

「あ。野菜嫌いだったか」

「ううん、野菜がたくさん入ったスープって食べたことないから」

「そうか」


 野菜を箸で突いてみるが、まだ固い。

 俺は少し聞いてみることにした。


「君の名前、何? ちなみに俺は葛西清史郎(かさい せいしろう)だ」

「僕は篠塚亜紀(しのづか あき)っていいます」

「亜紀くん、でいいか?」

「うん! 僕は……清史郎さんって呼んでもいい?」


 亜紀くんが上目遣いでためらいがちに聞いてくる。

 随分と奥ゆかしい子だ。

 これくらいの年齢の子って、もうちょっと遠慮のないものだと思ってた。

 実際、甥っ子は俺のことを清史郎って呼び捨てしてくる。


「亜紀くんはいつもあそこにいるのか?」

「ちがうよ。いつもはアパートの前にいるんだけど、町の光がきれいだから、もっと見たくなっちゃってこっちに来たんだ。だから、今日清史郎さんと会えたのは奇跡なんだよ」

「奇跡って……。そんな大げさな」


 俺が笑っても、亜紀くんは真剣な表情のままだった。


「それに、俺が良いお兄さんとも限らないだろ。今更だけど、あんまり知らない人についてっちゃ駄目だしな」

「清史郎さんは良いお兄さんだよ。僕、わかるもん」

「そうか?」


 何で、と俺が問おうとしたところで、風呂が沸いたことを知らせる音楽が鳴った。


「亜紀くん、風呂入っておいで。そこの右の部屋だから。あと、シャンプーとか気にせず使っていいからな。」

「うん、いってきます」

「あと、風呂上がったらちゃんとドライヤーで髪の毛乾かすんだぞ!」


 亜紀くんは一度振り返って、頷いた後、走り去っていった。

 箸で鍋の中の野菜を突くと、柔らかかった。俺はコンソメと黒コショウを少し入れた。

 うん、良い味だ。コンソメって万能だよな。

 一旦ガスの火を止めて、タンスへと向かう。

 甥っ子がこのあいだ置いて行った服がまだ残っていたはずだ。これを亜紀くんに着てもらおう。

 脱衣場に服を届けに行くと、シャワーの音が止んだ。


「……清史郎さん?」

「服、置いておくからそれ着てくれ」

「うん、わかった」


 俺はリビングに戻って椅子に腰掛けた。

 あ~~、今更だけど俺、誘拐犯っぽくない!?

 でも、あそこで見捨てる選択肢はなかったし……。

 俺がうんうん唸っていると、亜紀くんが風呂から上がってきた。

 良かった。服のサイズは少し大きいみたいだけど、問題なさそうだな。


「亜紀くん、おかえり」

「た、ただいま。清史郎さん、うなってたけど大丈夫?」

「気にすんな。あ、スープできたぞ」


 俺は食器棚から二つお椀を取り出して、スープを流し込む。

 テーブルにスープとスプーンを置くと、亜紀くんが目を輝かせていた。


「すごい、おいしそう!」

「はは、そうか? 普通のコンソメスープだぞ」

「これ、本当に食べていいの?」

「いいよ」

「ありがとう、清史郎さん!」


 亜紀くんはスープを口に含んで飲み干すと、途端に目を見開いた。


「すごくおいしい!」

「そりゃよかった」


 瞬く間にスープがお椀の中からなくなってしまった。亜紀くん、お腹が空いてたんだなあ。


「おかわりもあるぞ。飲むか」

「おねがいします……」


 亜紀くんがおずおずとお椀を差し出す。その様子がいじらしくって、俺は思わず亜紀くんの頭を撫でてしまった。


「っあ」

「! 撫でられるの、嫌だったか?」

「ううん、平気だよ」

「そうか……。ほら、おかわりだぞ」

「うれしい、ありがとう。清史郎さん」


 亜紀くんは無邪気に笑った。

 さっきまでは気付かなかったけど、亜紀くんは随分と綺麗で中性的な顔立ちをしている。

 風呂上がりだからか、ほんのりと赤く染まった頬に、桜色の唇がやけに目についた。


「清史郎さんは食べないの?」

「あ、ああ! 食べるよ」


 俺は先ほどの考えを振り払うかのように、勢いよくスープをかき込んだ。




 その日以来、亜紀くんは俺の家によく遊びに来るようになった。


「亜紀くん、今日はゲームしようか」

「やったあ」


 亜紀くんは出会った当初にくらべて、随分と明るい表情が増えた。

 最近は俺の持っているゲームにハマったらしく、もっぱらそれで遊んでいる。


「亜紀くん、そっち担当して~」

「りょうかい!」


 俺は敵をさばきつつ、うまく自分の陣地を広げていく。

 亜紀くんも今じゃすごくゲームが上達したから、余裕そうだ。


「隙あり!」

「わあっ!?」


 亜紀くんの脇腹をくすぐると、亜紀くんはきゃはは、と笑い声を上げた。どうやらくすぐったがりのようらしい。


「あはは、ははっ、清史郎さん、やめてよ~」

「おりゃおりゃ~」

「あはっ、あはは、もう……」


 俺が猛攻の手を休めると、亜紀くんは乱れた息を整える。

 その様が何故かとても色っぽくて、俺は慌てて目を逸らした。

「清史郎さん」

「なに、亜紀くん」

「僕、清史郎さんならいいよ」

「亜紀くん……?」


 俺は逸らしていた顔を亜紀くんに向けると、今まで見たことないような淫猥な表情をしていた。


「清史郎さんなら僕に何をしたってかまわないんだ」

「なにを、いって……」

「ほら」


 亜紀くんが俺の手を握って、服の中へと導こうとした。瞬間、俺は声を上げた。


「駄目だ! 亜紀くん!」

「どうして? 僕じゃだめなの?」

「ちがう、亜紀くん。俺は君にそんなことをしたいんじゃない」

「うそ。僕に触りたいって目をしてたよ、清史郎さん」


 亜紀くんが目を細めて笑う。亜紀くん、こんな顔もする子だったのか。

 俺が愕然としていると、亜紀くんが再度俺の手を握った。


「ね、清史郎さん。いいでしょ」

「よくない! 君はもっと自分自身を大事にすべきなんだ」


 予兆はあった。

 亜紀くんは自分のことを卑下することが多い。自分なんて、価値がないみたいなことを言う時だってあった。

 俺はその度に「違うよ、亜紀くんは俺にとって必要な子だ」と言い聞かせてきた。

 そして、俺は見て見ぬふりをしてきたけど、亜紀くんの身体には傷の痕がたくさんある。でも、亜紀くんは一切それに触れようとしなかった。

 だから、こんな捻じれたことになったのかもしれない。


「俺は亜紀くんが大切なんだ。だから、こんなことはしたくない」

「お母さんは、好きな人をつなぎとめるにはこれが便利って言ってた」

「亜紀くん!」

 俺は怒鳴ってしまった。

 亜紀くんの大きな瞳から涙が一滴零れた。

 目は虚ろで、どこを見ているのかもわからない。


「ごめんなさい、僕、もう今日は帰るね」

「亜紀くん、君が悪いんじゃない」


 俺は引き留めようと肩を触ろうとして、やめた。

 今、ここで亜紀くんに触れたらどうなってしまうのか、自分でもわからなくなってしまっていたからだ。


「ばいばい、清史郎さん」


 亜紀くんは手を振って、玄関から出ていってしまった。

 俺は部屋で一人蹲るほかなかった。




 亜紀くんが来なくなって数日、町はいよいよクリスマスムードだ。

 そう、今日はクリスマスイブ。人々が楽しく笑い合う日だ。

ちらちらと雪が降り始めている。

 亜紀くんはどうしているだろうか。寒い思いをしていないだろうか。ご飯を食べれているだろうか。

 気付けば俺は亜紀くんのことばかり考えていた。

 ……亜紀くんに会おう。

 会って、俺の気持ちをちゃんと伝えよう。

 そしたら、前みたいに笑い合えるはずだ。

 俺は固く決意して、亜紀くんの家に向かうことにした。




 実は、亜紀くんの家には一度だけ行ったことがある。

 亜紀くんが俺の家に耳当てを忘れてしまったのだ。

 急いで亜紀くんを追いかけると、何故か亜紀くんは走り出してしまった。

 俺が追いかければ追いかけるほど、亜紀くんは遠ざかっていった。

 やっと亜紀くんが止まったと思ったら、ある古びたアパートの一室の前だった。亜紀くんはその中へ入って行って、扉は閉められてしまった。

 まるで、俺を拒絶するかのようだった。

 だから、今までは亜紀くんの家の話も避けてきたし、二度と行くこともなかった。

 でも、今は行かなければならない。

 俺は積もった雪を踏みしめながら、歩を進める。

 気が付けば、あの古びたアパートの前に立っていた。

 部屋は覚えている。扉をノックしようとした時だった。


「お母さん、やめて! お願いだから」

「うるさい! お前も私の言う事が聞けないの!?」


 ガシャン、と何かが割れる音がした。

 急いでドアノブを回すと、すんなり開いてしまった。

 そして見えた視界の先は地獄だった。

 亜紀くんの母親と思しき女は全裸だった。

 亜紀くんも服が乱れた状態だった。

 その横には下卑た笑いを受かべた半裸の男もいた。

 なんて酷い有様だ。

 そして、行われようとしていた惨状を想像してしまい吐き気がした。


「帰ろう、亜紀くん」

「誰よあんた! どっか行きなさいよ! 私は今日も浄化の儀式をするだけなんだから!」


 女は狂ったように叫び散らして、亜紀くんを抱いて離さない。


「亜紀、あんたこんな男とも寝るようになってたの? 正気? こんな平凡な男のどこがいいのよ。お母さんがいい男紹介してあげるから、そっちと寝なさい」

「あんた、自分の息子に何言ってるかわかってるのか!」


 腹の底から憤怒が湧いてくる。この女はどれほど辛いことを亜紀くんにしてきたのだろう。


「あんたさ、亜紀くんに少しでも野菜を食べさせたことはあったか?」

「は?」

「遊び疲れて、安心して眠りにつく顔を見たことは?」

「何言ってんのあんた。きもっ。家の中のことをよその人間が口だすなっつーの」


 女が俺に侮蔑の眼差しを向ける。

 横にいる男はさっきからニヤついているだけで、何もしようとしない。


「亜紀くん、帰ろう」

「え」

「帰るって、どこに……」

「俺の家にだよ。帰ろう」

「でも」

「あんたの家はここでしょうが、何わけのわからないことを言ってるの」


 女が亜紀くんの頬を叩く。俺はもう我慢できずに部屋の中を突き進んだ。


「亜紀くん、俺と一緒に帰ろう」


 亜紀くんの腕を引っ張って、俺の方へと引き寄せる。

 亜紀くんの身体は震えていた。


「亜紀くん……」

「ねえ、本当にいいの。清史郎さん」


 亜紀くんは俯いたままだった。小さく、か細い声だ。


「何が」

「僕、清史郎さんの家に行ってもいい?」

「もちろん」


 亜紀くんが俺を抱き締めて、見上げている。

 目には涙が溜まっていた。


「ちょっと。あんた、何勝手なこと言ってるのよ。亜紀はあたしの息子なの!」

「あんたに亜紀くんを息子という資格はない」


 俺は断言する。俺はずっと亜紀くんをこんな場所に居させてたのか。

 悔しくて、情けなくて、涙が零れそうだった。

 亜紀くんをしっかりと抱き締めた後、二人で手を繋いで部屋から出ようとした時だった。


「おいおい。お前、ずいぶんと自由だなあ。亜紀は教団のお気に入りでね。そう易々と持って行ける子じゃないんだわ」


 今までずっと黙っていた男は、凄みのある顔で言った。


「そんなの知るか」

「はあ。痛い目見なきゃわかんないかなあ」


 腹に鈍く強い痛みが走る。男が俺の腹を思い切り殴ったのだ。


「ぐうっ……!」

「清史郎さん!」

「亜紀くん、気にするな」

「もう一発喰らいたいか?」

「お願い、もうやめて! 僕ならずっとここにいるから! 何でも言うこと聞くから!」

「お、亜紀。何でもって言ったな。じゃあ俺とキスできるか」

「え」

「できるよなあ。大事な男のためだもんなあ」

「亜紀くん」


 亜紀くんの身体がびくりと震える。顔は真っ青だった。


「亜紀。何いまさらカマトトぶってんだ。キスよりもっといいこと教えてやってるだろーが。ほら、早く来い」


 ふらふらとした足取りで、亜紀くんは男の方へと向かっていく。

 俺は腹に力を込めて言った。


「俺が無策でここに突っ込んできたと思っているのか」

「あ?」

「もうすぐ来るぞ」

「何言って……」


 けたたましい警察のサイレンの音が鳴り響き渡る。

 男は顔を引き攣らせた。女は動揺しきって身動き一つできないようだった。


「てめえ!」

「これでおしまいだ」


 亜紀くんが膝から崩れ落ちた。顔はこちらから見えないけど、何かを呟いていた。

 急に俺の方へと向きを変え、走って来た。


「清史郎さん、ごめんね」


 腹にまたも鈍い痛みが走る。さっきと違って、少しずつその痛みは強烈になっていく。俺は立っていることすら苦しくて膝まずいた。


「あ……」


 腹が真っ赤に染まっていた。

 亜紀くんの手にはナイフが握られていた。


「あき、くん……」

「清史郎さん、いいんだ。僕は、これでいいから」


 亜紀くんはまるで迷子の子どもみたいな顔をしていた。

 ごめん。俺、亜紀くんにそんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。


「何をしている!」


 背後から大声が聞こえる。警察が来たようだ。

 俺はそのまま気を失った。




 目覚めると、見知らぬ白い天井だった。


「ごめんなさい、清史郎さん」


 声のする方を見ると、やっぱり亜紀くんだった。

 亜紀くんの顔からは何の感情も読み取れなかった。無だった。

 ああ、俺は失敗したのか。本当に、おしまいなんだな。


「……メリークリスマス、亜紀くん」


 亜紀くんが少し身じろぐ。


「本当なら、可愛い大きなクマのぬいぐるみをあげたかったんだけど……、だめだったな」

「清史郎さん」

「うん?」

「僕のこと、好き?」

「好きだ」


 すると、亜紀くんの顔がくしゃくしゃになって、泣き始めてしまった。

 その様子を見て、ああ、亜紀くんはまだ十二歳の子どもなんだなあと俺は感慨深く思った。


「僕も……、僕も、清史郎さんのこと好きだよ」

「知ってる」


 俺が笑うと、亜紀くんは涙を流しながら、困ったように笑った。


「お母さんと男はどうなった?」

「なんか……取り調べを受けてるんだって」

「そうか」

「僕も後でお話しなきゃいけないみたい」

「そうだろうな」

「清史郎さん、怒ってる?」

「怒ってない。悲しいだけだ」


 落ち着きを取り戻した亜紀くんは、ぽつりぽつりと話し始めた。


「僕ね、怖かったんだ」


 亜紀くんはこぶしを握り締め、視線を床に落とした。


「僕はこの環境が嫌で嫌で仕方ないはずなのに、お母さんが捕まると思ったら、怖かったんだ」

「……」

「犯罪者の息子だって、言われるかもって。今よりもっともっと悪くなるんじゃないかって。僕は本当にバカだ」

「亜紀くん」


 俺は亜紀くんを傷つけないように、優しく腕で亜紀くんを包み込んだ。


「亜紀くんはまだ子どもだ。それに気づけなかった俺が悪い。ごめんな、亜紀くんはすごく頑張ってたよな」

「う……、うっ、うう」


 俺の腕の中にいる亜紀くんはとてもあたたかった。生きてる証拠だ。

 俺は、それが何よりもうれしい。


「俺、刺されたこと、別にいいんだ」

「え……?」

「亜紀くんがちゃんと健やかに育ってくれたら、それでいい」

「……清史郎さんは、陽だまりみたいだ。あったかくて、優しい」

「俺だって亜紀くんのこと、そう思ってるさ」

「あのね、清史郎さんに渡したいものがあるんだ」


 亜紀くんはポケットの中に手を入れ、何かを探しているようだ。

 あった、と小さい声が聞こえた。


「これ、もらってほしい」


 そう言って亜紀くんが小さな手の平の上で見せてくれたのは、おもちゃの指輪だった。

 指輪の頂には大きな石の飾りが付いている。


「可愛いね」

「おこづかいは何回か男からもらってたから、それをためて買ったんだ」

「ありがとう、大事にするよ」

「うれしい。……清史郎さん、大好き」


 亜紀くんの顔が近づいてきて、俺の頬に柔らかいものが当たった。


「キス、しちゃった。ずっとしたかったんだ」

「はは……」

「僕ね、これから頑張るよ。だから清史郎さんはずっと見ていてくれる?」

「ああ。見てるよ」

「僕、いつか必ず清史郎さんのこと迎えに行くからね。約束だよ」

「約束する。俺、待ってるから」


 亜紀くんは安心したのか、ふにゃりと笑った。可愛らしい、俺が最初に見た亜紀くんの笑顔だった。




「……っていうこともあったな。六年前か」

「そうだね。あの時はごめんね、清史郎さん。痛かったでしょ」

「いいよ。あの時のことはもう言いっこなしだ」


 俺の横には、六年前よりずっと成長した亜紀くんが座っている。

 中性的だった綺麗な顔立ちの面影は残っているけど、凛々しく美しい青年になった。

 背丈も今や俺を追い越してしまった。


「清史郎さん、ありがとう」

「何が?」

「僕のこと、待っててくれて」

「六年くらい大したことないよ。あ、そうだ」

「?」

「メリークリスマス、亜紀くん」


 俺はポケットに入れておいた小箱を亜紀くんに渡した。


「これ……」

「六年前のお返し」


 その小箱の中には、俺が貯金して買った指輪が入っている。

 どんな顔をするかな、と見ていたら顔を背けられてしまった。


「顔見せてくれよ」

「やだ。だって、泣きそうなんだもん」

「はは! 泣き顔は散々見たぞ」

「それ、昔の話でしょ。今夜は寝かせないから。清史郎さんは俺の傍でずっと啼くといいよ」


 あ、まずい。何かのスイッチを入れてしまったかもしれない。

 俺はソファーに押し倒される。


「メリークリスマス、清史郎さん」


 亜紀くんが俺の耳元で囁く。

 陽だまりのような暖かな日々は、きっとこれからも続いていくだろうと、俺はキスをされながら思うのだった。

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冬の陽だまり 梨子ぴん @riko_pin

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