第22話「誓う気持ちが真であることの証」

九原晃仁くはらあきひと、ね。そう聞くとどこか聞き覚えがあるわ」


「……そうかよ。一条さんと俺には会社っつう接点があるから、どこかでその時計が記憶してたのかもな」


 モノにも記憶は宿る。これはミコからの受け売りだが、自分にも理解できることに触れると、人間というのはいくらか落ち着くらしい。

 突然のアニマに誕生に、彩萌ではなく俺の方が謎に動転してしまっていたが。こうして言葉を交わしてなんとか平静を取り戻すことができた。


「ま、そうね。というかその口ぶり、前も感じたけどあんたもやっぱりアニマに認められてるのね」


「え、九原様も……?」


 覗き込んでくる無垢な彩萌の視線に、しまったと今さら後悔が押し寄せてくる。

 探し物から新しいアニマの誕生など怒涛の展開に思考が麻痺まひして、ミコが同行しているという現状を全く考慮できていなかった。


「そうね。アニマが宿っているのはその全然似合ってない指輪かしら?」


「似合ってない言うな」


 そんなことは俺が一番よく分かっているし、出来るなら身につけたくもない。

 だがそれならどうして指輪を付けているのかと聞かれれば答えにきゅうしてしまうだろう。

このまま問答を続けても待ち受けるはジリ貧だ。困り果てた俺はミコに助けを求めることにした。


(こうなったらシンミョーにお縄につくしかありませんね……)


 大丈夫だろうかと訊ねるより早く、俺の右手が少し軽くなったような気がして。

 煌めきと共に現れたのはもはや見慣れたといってもいいミコの姿だった。


「まあ……こちらの銀色のお嬢様も、ツァイト様と同じ……?」


「はいっ。晃仁様のアニマのミコですっ」


 やけに部分的に強調されたように聞こえる自己紹介を、彩萌は好奇心の籠った眼差しで見つめていた。

 あれだけ落ち込んでいた後だというのに、よくもこの展開についていけるものだと思う。


「ふーん、あんたが。どうでもいいけど、随分と能天気そうね」


「なるほど。生まれたてのアニマに礼儀を期待するのはダメみてえですね」


 それが初対面の、数少ないであろう同朋どうほうにかける言葉でいいのかお前ら。仲がいいのか悪いのか分からない、噛み合ったやり取りに俺は嘆息する。


 ミコのことがバレた時はどうなることかと思ったが、意外と問題はないようで。ツァイトはもちろん、彩萌もこれでアニマに関係するもの。

 ここだけの秘密にしておけば、周囲に対して要らぬ混乱をもたらすこともないだろう。


 二人の様子を見ながら状況を分析していると、ふと視線が向けられているのに気付く。

 俺と同じように何かを考えているのか、彩萌が真面目な顔を作ってそっと傍に寄ってきた。


「ですが、これでようやくわたくしも納得しましたわ。九原様が急にわたくしを引っ張っていったのも、ツァイト様を見て動じなかったのも……わたくしが隣にいながら時折どこか上の空だったのも」


 疑問を解消できた彩萌は晴れ晴れとした笑顔を浮かべていたが、最後のだけはどうにも声色が低かった。

 それには気付かないふりをして愛想笑いで応じる。


「……それにしても、一条さんもよくそんなに落ち着いていられますね。俺がミコと出会ったときはもっと酷かったもんですよ」


 露骨に話題をずらしてみる。彩萌はこちらの心を探るように視線を彷徨わせてから、仕方ないという言わんばかりに苦笑を浮かべた。


「これでも一杯一杯ですのよ? ですが決意を新たにした手前、その直後に慌てふためくのもどうかと思いましてー。それに……」


 ついで優しげに細められた目は、いまだミコと言い合っているツァイトのほうへ向けらている。


「突飛なお話でしたけど、不思議なほど腑に落ちたのです。わたくしの願いに応じて誕生したというのも、わたくしに向けられる確かな温かさも。ツァイト様の存在は、わたくしの願いの切実さの、誓う気持ちがまことであることの証のように思えてならないのです」


「存在が……証……?」


「それはまあ、その通りね」


 呆然とする俺をよそに、名前を言われたことに反応したのかいつの間にかツァイトが間に割って入って答えた。


「アニマは人間の強い情念がないと生まれることができない。だからその点でいえば彩萌の想いは本物ってことね」


「まあ……でしたら、やはり」


「けど自惚れないで。そんな簡単に変われることなら、そもそも私たちが生まれるだけの強い願いも生まれないんだから」


 叶えることが難しいからこそ強く願う。強く願うからこそアニマが生まれる。

 だからこそこいつらは。


「だからこそ、私がこれから彩萌の傍で監督してあげるってわけ。いい? あんたにその覚悟があるかしら?」


 ツァイトが不敵に笑って見せるが、あどけない顔立ちなのでイマイチ恰好がつかない。けれども彩萌の浮かべる表情というのは、決してあなどっているようには見えず、確かな頷きを返していた。


 つまり、俺はまたしても人間とアニマの関係が結ばれるを目にしたわけだが。


『誓う気持ちが真であることの証のように思えてならないのです』


 俺の頭にはさっきの彩萌の言葉が、鐘の残響のようにいつまでも満ちていた。

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