第21話「あんたの願いに応えて誕生したってわけ」
無事に探し物を見つけたのも束の間、急に例の時計が正体不明の光を発してしまい、俺たちは逃げるように人目のつかない路地へ駆けこんだ。
ミコ曰く、そうしなければならない理由があるそうだが、生憎と具体的なことを聞く余裕もなかった。
つまり、ここまでの結果だけで言うなら、今の俺は美少女JKの腕をいきなり引っ張って目立たない暗闇に連れ込んだ、犯罪者一歩手前の不審者というわけで。
「……あの、九原様? これは、その……どういうおつもりなのでしょうか……?」
「あー、それは。何と言いますか。その光っている時計のせいだと言いますか」
「これですの? 確かに先ほどよりも光が強く、それに何やら生命力のようなものも感じますが……」
「生命力? それって、まさか、ウソだろ……?」
(そのまさかですよ、晃仁様。ほら――)
それは俺の中である一つの仮説が形を成し、ミコの声が頭にこだましたのと同時だった。
落とさないように彩萌が抱えていた時計が、ひときわ強く瞬いたのは。
「きゃっ……!」
「眩し……!」
世界を金色に染め上げんとする爆発的な光に目を覆ってしまう。
そしてより近くでそれを浴びた彩萌は、驚きのあまり手にしていた猫型ポーチと時計を落としてしまったらしい。
ぽすんという柔らかく冴えない音から、からんという高音が追いかけるように鳴った。
彩萌の慌てふためく声が聞こえるが、その宝物の行方を確かめるには、未だ光が強すぎる。
何秒か、何分か、急に視界を奪われた中では定かでなかったが。瞼を焼くような光が収まった頃。
「ちょっとっ、痛いんだけど!? はぁー……相変わらずうっかり屋さんなんだから、もう!」
どこからともなく甲高い不平の声が聞こえて、俺は無意識のうちに閉じた目を開いていた。
開いてから場を包む光が消え失せたことに気付いたくらい、それはもう自然に。
そして目の前に映る光景にまたしても思考が奪われる。
「……女の子?」
そう、女の子だ。
呟く彩萌と同色の金髪は左右に結われ、髪の先にはウェーブがかかっている。
背丈は彩萌よりもなお小さく、背伸びしたようにも思える
あどけない顔立ちは分かりやすく不満をあらわしているが、その作りは被造物の如く端整であった。
そして飾りのついた黒いグローブを付けた手には、どういうわけか先ほど彩萌が落としたと思しき猫のポーチが握られていて。
とにもかくにも圧倒的な存在感を醸し出す少女だったが、しかし一瞬前にはその影も形もなかったもので。
「……アニマ」
そう呟けば、まるで一つ一つのピースが合わさったかのようなある種の正しさを感じられた。
俺に反応してか、少女の口の端が持ちあがる。
「ふうん。そっちの冴えないおじさんは流石に分かっているようね」
「お、おじ……って、まあいいけどよ。やっぱりお前はアニマなんだな?」
光が晴れて少女が現れる。ちょうど似たような状況を俺は一週間前にも経験していた。
いつの間にかこの場から消えているあの懐中時計のことも踏まえると、真実は自ずと浮かび上がってくる。
(お前が言ってたのはこういうことだったのか)
(はい。わたしたちアニマの存在はあまり知られてねえので)
頷きを返す金髪のアニマに俺は納得したが、もう一人にとってはそうもいかないらしい。
「あの……えぇ……? アニマ、とは一体……」
事情を知る由もない彩萌だけが目を丸めておろおろと慌てていた。
困惑や好奇、呆然と、ころころと変わる表情は見ていて
とはいえ俺から説明をしても良いものなのだろうか、俺だって彼女たちについては最近知ったばかりであるのに。
そんな彩萌とは別の動転に振り回されていると。
渦中の少女が一歩、彩萌に歩み寄った。
「いい、よく聞きなさいよ? アニマっていうのは簡単に説明するとモノに宿る命、昔の人間の言葉を借りるなら精霊って言ってもいいわね。そして私の名前はツァイト、あの懐中時計から生まれたアニマ。一条彩萌、あんたの願いに応えて誕生したってわけ」
ずいっと顔を近づけて彩萌に話すその様子は、まるで子に言い聞かせる親のようにも見えるが、背丈が足りないツァイトではなかなかシュールを誘った。
(それにしても、まさか人生で二度もこんな体験をすることになるとはな)
いきなり現れてアニマだなんだのと説明される。今でこそこうして冷静に飲み込めているが、こんなことを予備知識もなくいきなり申されても、到底受け止めることはできなかっただろう。
そう、正しく今の彩萌のように――。
「まあ、そうなのですの? 不思議で可愛らしいですわねー」
「えー、さっきまで驚いていた割に凄い理解力ですわねー……」
(なんで晃仁様までそんな話し方に!?)
ミコのツッコミにも言葉を返せない。
時計精霊ツァイトから語られることを、彩萌はにこにことした笑顔で聞いている。
まさか、見た目が子供だからといってその言葉を真に受けていないのか。だとすれば先ほどの光を彩萌はどう解釈しているのか。
勝手に俺が頭を捻っていると、いつの間にか彩萌とツァイトが揃ってこちらを見ているのに気付く。
「彩萌、このさっきから辛気臭い顔しているおじさんは誰なの」
「おじさんだなんていけませんわ、ツァイト様。九原様はまだ27歳、半年後の誕生日を迎えてもまだまだ若い方なのですから」
「お前さっき俺のこと知った風だっただろうが! それに一条さんも、どうして俺の誕生日を知ってるんですかね!?」
急に時計が光ったと思えばアニマが生まれたり。妙に彩萌が物分かりが良かったり。
理不尽にも思える珍事の連続に、俺は年甲斐もなく叫んでしまった。
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