0−20
「わーっ!ここがいいんじゃないっ!キッチンもお風呂も広いしっ!」
「フェリもきにいった」
「じゃあ、ここにしようか」
セシリア王国の聖女事件から2週間が経った。
俺たちはアットサマリーの賃貸物件を見て回り、3軒目の一軒家で契約をすることに決めた。
即時で入居が可能だそうだ。
タミィの治療、聖女関連でセシリア王国からある程度の報酬をいただき、そろそろ宿屋暮らしから借家へ移ろうと言う話になった。
商店街やギルドからもそこまで遠くなく、治安もそこそこ良い。
部屋も余分にあるので、急な客人が来ても泊まっていける。
まぁ、そんな急な客人はめったに居ないんだが。
今までお世話になった宿の主人に何かお礼をしないとな。
■
国民が待ち望んだ聖女の消失は、王都中の大騒動に発展した。
世界を救う希望である聖女。祝福により王都にはびこる疫病を浄化した後、観衆の前から消えてしまった。
国民は聖女の消失を嘆き、悲しんだ。
直後、真聖女協会から聖女が発見されたという発表が王都内に広がる。
強硬派のヒゲーラドルフが、見た目がねねに似た新たな聖女を用意したようだ。
翌日、ニセ聖女のお披露目会場に、ねねと王宮騎士が出張り、仮聖女とニセ聖女が鉢合わせとなる。
ヒゲはねねの聖女を否定し、直接強硬策に出る。ねねの殺害だ。
ただこちら側には、賢者様と香ちゃん達が居た。過剰戦力である。
ヒゲ達、真聖女協会は返り討ちにあい、捕らえられた強硬派の連中は犯罪奴隷として僻地での魔木伐採に連れて行かれた。
ニセ聖女に関しては、洗脳されているだけだとわかりお咎めはなかったが、すべてを計画扇動した罪で、ヒゲは即時打首とされた。
真聖女協会は解体され、国内での再結成は禁止となったそうだ。
「という感じね。結構面倒なことになっちゃったのよ」
急な客人ねねが、まだ全ての荷物が整理されていない新しい家に訪れ、ランチのオムライスを食べている。
すでに二皿目を食べ終わりそうである。
このあと、差し入れで持ってきたケーキを食べるらしい。
「それでねねちゃんは、いつまで聖女を続けることになったのっ?」
風呂上がりの妙に艶めかしい唯が、フェリの頭を拭きながら途中から参加した話に入ってくる。
もうちょっと服を着てからこっちに来るように。
「うーん、あと1か月くらいかな。結局、壊れた杖は元にはもどらなさそうたからね。
薬の生産が軌道に乗ったから、罹患した患者全てに治療が行き届くまでは、国民を安心させるために聖女が居たほうがいいって話になったのよ」
脱出マジックであの病院からこの世界に戻ったとき、フェリが手に持っていた杖を落として真っ二つにしてしまった。
俺たちが消えてしまったあと、大泣きしていたフェリは自分も行くと言って杖を手に取り、魔力を注ぎながら暴れ回っていたらしい。
そんなにやわな杖ではなかったのだが、魔物の魔力が影響したのか、結果的に杖は落とす前から破損状態だったようだ。
弁償とは言われなかったことが何よりの救いである。
テトラフォレストでのブラックスネークの確保が進み、薬師たちによる生産体制も確立したようなので、ウイルスの蔓延も終息に向かっていった。
一時的な聖女の約束だったねねだが、乗りかかった船だと諦めているようだ。
「まぁ、患者は協会のウイルスの人だけじゃ無いからね。私のスキル鑑定の研鑽にもなってるしね」
結局、協会が撒いたウイルスの正体はわからずじまいだった。
ヒゲの爺さんも、そのウイルスに関する内容だけは最期まで口を割らなかったらしい。
尋問には、スキルを使った拷問みたいなものもあるようなので、それを隠し通せるとは大した精神力である。
「ヒゲーラドルフ本人が、詳しい内容を知らなかった可能性もあるのよね。
そうなると、まだ他に黒幕がいるっていうことなのだけれど、今はそれどころじゃなくなっちゃってね。
真聖女協会を慕っていた国民も多くはないけどそれなりに居たのよね」
国内最有力の貴族の没落、聖女関連のゴタゴタ、ウイルスの蔓延と治療、協会の解体。
王宮内外ともに、大変な状況はなんとなくわかる。王に丸投げされた大臣の奔走が目に浮かぶ。
この世界には、神への信仰はあっても、宗教的な物が少なく感じる。
その一つが、森を崇拝する真聖女協会だった。
俺がそういう人たちと接する機会が少ないだけなのかもしれないけど。
「少ないけど、教会やモスク、神社、お寺なんかもあるわよ。
おそらく召喚された過去の勇者が関わっているのでしょうけどね」
ふ~ん、もう少し生活と時間に余裕ができたら、色々行ってみたいな。
今回の件を考えると、日本に帰る手がかりもそういうところにある可能性が高そうだ。
「香たちはどうなったのっ?4人とも一緒にいられることにはなったんでしょっ?」
協会への返り討ちで活躍したのは、香ちゃんたち高校生だったらしい。
色々巻き込まれた鬱憤も溜まっていたようなので、憂さ晴らし程度に暴れたそうだ。
賢者様も今回は臨戦態勢だったようなので、ヒゲ協会員が可哀想になる。
聞くところによると、アジトの山が1つ消えたとか。
敵に回ったら恐ろしい。
「4人はトモの提案した、魔導学園に通うことになったわ。
みんな魔導国ルーバルでそれぞれやっていけるはずよ」
4人ともまだ高校生だし、教育機関で学びながらのほうが生活しやすいのではないかと提案をした。
セシリア王国の方にも4人、特に香ちゃんを手放す気はないだろうから、条件でもつけておけば逃げ出したりしないだろうと伝えておいた。
竜也くんと進次郎くんは、武芸スキルも育てたいだろうし、香ちゃんは魔力制御が高まればさらに強くなるだろう。
沙織ちゃんは、どちらかというと制作者や職人向きだから、新たな発想を求めるための知識は重要だ。
頑張り屋さんだから、突き詰めたらグングン伸びると思う。
□
「じゃあまた来るわね」
ねねは護衛の兵士と共にセシリア王国へ帰っていった。
「いろいろ振り回された数週間だったな〜」
「でもっ!ねねちゃんのおかげで新居に移れたみたいなもんだからねっ!
聖女様を敬わないとバチが当たるよっ!」
その聖女様だが、そうそう気軽に国外に出ていいものかと思うのだが。
「とりあえず、新居に必要な物を買い出しに行こうか」
「うんっ!今まで宿だったから最低限のものしか無かったもんねっ!
フェリの洋服も揃えたいしっ!」
「にく、かう」
この先どうなるかはわからないけど、まずはこの世界で1つ1つやれることをやっていこう。
小さな目標を心に誓う。
きっと上手くいく。
そう思える新たな目標も見つかった昼下がりだった。
〜 0章 完 〜
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