第1章 火山と少年

第1話 マジシャン ナナム

「次はそっちにフライングベアー1体っ!!フェリさん、ナナムさんお願いしますっ!!」

 すでに気配に気づき、戦闘態勢に入っている猫娘が、声に反応する。

「りょーかいっ!」


 前にいるフェリが人間の体のまま人差し指の爪を伸ばし、低い体制で熊に刺突する。

 熊にしては軽やかに跳躍して刺突を躱し、素早い猫娘の後ろにいる、ひ弱な男性に狙いを定め、鋭い爪を生やした両腕を振り上げた。

「パパー、そっち行ったー」

「あいよ〜フェリ。回収〜」


 俺は、落下地点で右手のボックスを構える。

 黒いはてなマークの箱がフライングベアーを囲う。そのまま、真ん中の箱をスライドする。解体されて終了。

 簡単なお仕事でした。


「おーっ!フェリちゃん、ナナムさんスゴー!!」

「はぁ~、ナナムさんのマジシャンスキル、何回見てもわけわからないんですけどっ!?」

 魔木伐採隊の若い冒険者達から歓声が上がる。


「いや~、あんまり冒険者的なスキルではないんだけどね~」

 これは謙遜ではない。一人で戦えるスキルではないのだ。


 フライングベアーは、ギルドの判定でB級の魔物だ。

 最大で体長2メートル。さらに跳躍力がとてつもなく、2メートル以上飛び上がり、上空から獲物を狙う。

 森に入った木工師や冒険者を狙う難敵だ。


「フライングベアーって、軟体なくせに表皮が硬いから、解体だって大変なだっつうのに、こんな簡単に、部位分けに解体するなんて、ほんと恐ろしいのう」

「酒のツマミにちょうどいいんじゃ」とか口にしながら、羨ましそうに熊の部位を眺める木工師のドワーフ爺さん。

 お昼にみんなに振る舞いますから、そんな目で見ないで。



「うん、美味い。みんな〜、熊鍋出来たから並んでくれ〜」

 お昼、先程取った熊で熊鍋を作り、みんなに振る舞っている。

 横ではフェリが、みんなのお椀を用意してくれている。

 木工師達はもう酒を飲んでるし。


 ここはドワーフの国、アットランドの深淵の森。

 俺たちは、ドワーフの国で冒険者をしている。今日は、木工師と冒険者の用心棒みたいな直接依頼だ。


「ほんと、ナナムさんとフェリさんに護衛依頼をお願いしておいて良かったです。

 私達だけだったら、サーベルタイガー達だけならばともかく、複数体のフライングベアーは荷が重すぎましたよ」

 冒険者のハルミさんが、熊鍋の器を受け取りながら、そんなことを言ってくれる。


「フェリ、いいコだからがんばったよっ」

「フフッ、本当にいい子でしたよ。

ありがとうねフェリちゃん」

 ハルミさんがフェリをナデナデしている。フェリは気持ちよさそうに喉を鳴らした。


 今回は、ハルミさんがリーダーを務める「妖精の薔薇」のメンバー4名、木工ギルドの木工師12名、国の研究員2名という大所帯で、アットランド第5門までの現地調査だった。


「全国的な大規模バーンアウトなんて、今まで聞いたことが無いです。本当に起きるんですかね?」



 俺とフェリ、あと唯があのバリテンダー城を出発してからもうすぐ1年が経つ。

 城での惨劇から脱出した俺たちは、街を探して森の無いところを進んでいた。

 約20キロの所にある1番近くの街、ハットタウンを目指していたが、地図の示す場所には街が無かった。

 これはあとで知ったのだが、セシリア王国のいくつかの街は、町ごと転移術で場所を変えて避難していたそうだ。

 そんなことも知らない途方に暮れた俺たちは、もう一度奮起して、さらに先の隣の国であるアットランドを目指したのだ。

 途中、命からがら深淵の森を抜けて、アットランドのこの街、アットサマリーに到着した。


 俺は、唯とフェリと一緒に冒険者になり、日銭を稼ぐ毎日だった。

 ギルド長のサレンダーさんにもしごかれた。それなりに体力もついて、なんとかこの世界でやっていける自信がついたのだ。


 それからは大変だった。高校生グループの香ちゃんが聖女にされて、集団家出で行方不明になったり、ねねさんも聖女認定されたり、排除されたり。

 その都度、何故か巻き込まれて‥‥。俺は主人公じゃあないっちゅうねん、もとい、ないっ中年!!



 バリテンダー城での出来事は『魔の刻』と言われる出来事だった。

 6年前にザムセン国でも、過去最悪の魔の刻が発生している。暗刻と同時に、国の大半が消える事件だ。


 俺たちが体験した魔の刻では、セシリア王国の第4門までの全てと、各勇者を個別に保護していた第4門内の城までの道のりが深淵の森に包まれた。

 特に、この『城までの道のりの森』

が問題で、第4門の中を避難場所としていたので、転移してきた街と、今まであった街含めて、国土の半分が森に埋まったのだ。

 転移した街の多くは、第5門、今までの世界の果て近くで、伐採、魔物討伐を担っていた街である。

 避難はしたが、そこも被害にあったという。悲劇である。


 詳細はわからないのだが、勇者以外の国民には、避難指示が出ていたらしい。

 そのため、被害が甚大になる可能性の高い街は、転移で避難したということらしい。

 神のルールとか、神の怒りなどと噂され、全国首脳会議みたいな場で、全国での勇者召喚の一時休止が決定した。

 セシリア王国は、復興と拡がった森の伐採のため、今も殆ど機能していない状況だ。



 次の日の夕方、調査は無事終わり、冒険者ギルドに戻ってきた。


「おお~っ!!こんなにっ!!」

 今回の報酬は、金貨5枚。日本円で50万円だ。一泊したとはいえ、破格の値段だ。

「国からの依頼ですし、第5門までの調査で危険手当と、魔物の素材もも含まれていますからね。ナナムさんの素材の解体はプロ並みなので、妥当だと思いますよ。今報酬を用意しますから、待っていてくださいね」


 解体はスキル頼みなんですけどね。 一応、この国の冒険者ギルドでは、『マジシャンのナナム』を名乗っている。ギルドの皆さんにも了承してもらった。手品師はマジシャンだからは間違ってないし、ナナムは友宏の分解アナグラムだ。厳密に言ったら、ヌとウは使ってないけどね。

名字が必要になったら、「ヌウ ナナム」として名乗るつもりだ。どこかの原住民みたいだけど。


なんせ、セシリア王国の勇者とか、職業手品師とかはやたらと目立つ。俺はスキルが特殊というか、意味分からない感じだから、日本に帰るまでは、あまり目立たず波風立てずに、いわゆるスローライフを送りたいんだよ。


 受付のアリシアさんが報酬を持ってきてくれた。

 まぁそういうことなら、ありがたく貰っておこう。うちには育ち盛りが2名いるので、食費が結構かさむのだ。

 それに、今は「マジックバッグ」購入のための貯金をしている。あれがあると、素材や魔石の持ち運びがだいぶ楽になるのだ。

「じゃあ、帰りますね。また明日、よろしくお願いします」

 アリシアさんから、「今度時間があったら夕食でも奢ってくださいねっ」って耳元で囁かれ、丁重に挨拶をしてギルドを出る。こういう場合はお断りはしない。ケース・バイ・ケース。

 さて、家に帰るか。おそらく、クタクタになった唯が、お腹を空かせて待っているだろう。 

「パパ、おにくたべたい」 


 よし、大金も入ったし、奮発していいお肉を多めに買って帰ろうか。

 そんな話をしながら、3人で借りている家の方向にある夕方市場へ歩いて行った。



「トモ〜!!」


 フェリと手を繋いで、途中で買った牛串焼きを食べながら、バーンアウトについて話をしていると、向かいから俺を呼ぶ声がした。

 顔をあげると、唯が誰かと一緒に走って来る。

「あれ?唯、市場に用事があったの?そちらの方は?」


「えー!?忘れるなんて酷くないですかっ!?あんなに激しく愛し合った仲なのに!!」

 おいおいっ!聖女のねねさんじゃないか!なぜここに?その制服は以前リスさんが来てた服だよね?

 ってか、愛し合って無いよねっ!?酔った勢いで、とかしてないよっ!全くこの子は!

 隣で唯が、「えっ、えっ!?そうなの!?」って聞きながら真っ赤な顔をしているが、信じるんじゃないのっ!!


 帰り道でフェリが、「わたしもはげしくあいしあいたい」って言ってくるようになったじゃないかっ!

 まこれから1歳の誕生日を迎える子にはまだ早い!


 彼氏を連れてきてもお父さんとは呼ばせないぞっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る