雪山瀕死彼女──彼氏は滑落済み──
秋雨千尋
生きる匂い
私は今日、雪山で死ぬ。
彼氏は駆け出しのユーチューバー。収益化が出来ていないから、ただの動画製作者。
毎日くだらないネタを撮っては自分で笑ってる。
平均視聴数30回。
一番バズっても200回。
しかも猫関係だからズルに近い。猫はカツオブシの値段で喜び方が変わるのか?
みたいな企画だった。特に変わらなかった。
ちなみに彼氏は貧乏すぎて私の部屋に転がり込んできた。つまりバズったのは私の猫ミィだ。
ああ寒すぎる。目が開けられない。
どうしてこうなったんだっけ?
『サキ、雪山で初日の出ってバズると思わないか?』
彼氏がそんなアホなことを言ってきたからだ。
ガチめに叱って断ろうとした。だけど見ちゃったんだ、引き出しの中にある指輪とプロポーズのセリフメモ。
初日の出プロポーズとか、いけてるじゃん。
同棲して五年。もう結婚はあきらめてた。
まわりの皆は別れろって言うけど、どうしても出来なかった。
『なあ、黒い飲み物を全部混ぜたらうまくなる気しない?』
予想以上に不味くて、今でも舌に残ってる。
ああ、やだな、最期に思い出すのが、あのクソマズアルマゲドンかよ。
『収益化できたらさ、最高に美味い焼肉に連れていくよ』
嘘つき!
焼肉食わせろ! プロポーズしろ!
なんでアッサリ滑落してるんだよ。一人にしやがって!
やだよ、こんな寒い場所で死にたくない。
こんな時こそ笑わせてよ。あんたのクソな企画を心から楽しんでるの私ぐらいだろ。貴重な視聴者を楽しませろよ。
『俺、サキが笑ってくれるなら、他には何もいらないよ』
もし生きて帰れても、彼氏はもう居ないんだ。
私は二度と笑うことが出来ない。
それならもう……いっか。
冴えない人生だけど、悪い事はしていない。天国に行けるかな。彼氏はきっと、どの雲が一番美味しいのか調べて動画にするんだろうな。
『おかえり、サキ。え、面接官にいじめられてメンタルボロボロ? ちょっとコタツ入ってて』
『何これホットミルク? あまっ!』
『メンタルにはやっぱり温かくて甘い物だから』
甘すぎなんだよバーカ。
ダイエット中だって言ってるのに砂糖ガバガバ入れるとか、嫌がらせかっての。
けど、牛の赤ちゃんの飲み物だからかな。
ホットミルクって、生きる匂い、みたいな感じがするんだよね。
「私が死んだら、あのバカな動画を見る人いなくなるじゃん」
一人でも、大丈夫。
たくさん動画を残してくれているから。
毎日見て生きていくよ。
ザッザッとあてもなく歩いて、ぼんやり見えてきたのはヘリコプター。救助隊が駆けてくるのが見えて、安心して意識を失った。
二年後。
「すごい再生数だ。たった一日でパパの全動画を足した数より多いよ」
「そりゃ、赤ちゃんと猫のコンボは最強だし」
「俺が撮って、サキが編集して、主演は息子とミィちゃんって最強家族だよな!」
滑落したのが、たまたま雪の柔らかい場所だったらしく、彼氏は無事だった。病院で再会してプロポーズされて結婚した。
妊娠中に趣味で始めた動画編集は思ったよりも楽しく、赤ちゃん動画の人気にともない、最近は依頼を受けて作ったりもしている。
あの日感じた、生きる匂いは、今は私の胸から香っている。
終わり。
雪山瀕死彼女──彼氏は滑落済み── 秋雨千尋 @akisamechihiro
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