ノイズアイズブロマンス!

アキノヒカリ

共通プロローグ1

 埼玉県の隅っこの某所。

 ここで俺、未来みらい かんは生まれ育った。

 ここはクソッタレな俺の家庭があった、暗い思い出しかない場所だ。


 家は祖母と母親と俺の三人家族で、俺意外に男家族は記憶の中にも見たことがない。

 話によれば父親は誰だか不明で、祖父は早々に病気で亡くなったんだとか。

 そんないない家族の話はどうでもいい。

 問題はいた方の家族の話。


 母親はとんでもなく男癖の悪い女で、常に男を三人以上はキープしていて、それ以外でもホストに通って金を貢いでいるようなとんでもない女だった。

 しかもキープしている男たちとの間ですぐに問題を起こして、和解金を祖母にせびったりしてはよく泣かせていた。

 極めつけに実の子である俺の相手は全くしない。

 最後に会話したのは何か月も前、姿を見たのだって一週間以上前だということがざらにあった。

 いわゆる育児放棄、ネグレクト。

 俺はあの女を母親だと思ったことはない。

 俺の中の母親は同じ屋根の下にいる、ゴクツブシってやつだった。


 一方で祖母も大概まともじゃなかった。

 体罰こそ教育という古臭い思考を持っていて、更には軽度の認知症を患っているという状況。

 火の不始末や自業自得の負傷など、祖母が自分でやったことなのに俺が粗相を働いたとして暴力を振るわれたことが数えきれないほどあった。

 実害がある分むしろ母親よりも嫌いな存在。

 何度も逃げようと思ったが結局は最後まで、捕まった時の報復を考えた恐怖心から家に束縛され続けた。


 育児放棄、DVの他にも人格否定の暴言、罰としてベランダに監禁と、絶対に罪として成立することを散々されて俺は育ってきた。

 だから俺は家族という存在が、人の群れが嫌いだ。

 我が子を大事にしない親なんていないなんて、綺麗ごとも大嫌いだ。


 だから、ずっと祖母も母親もいなくなってしまえと祈っていた。

 いなくなってしまえば、俺は自由を手に入れられる、幸福になれると信じて生きてきた。




 願いが叶ったんだ。

 ある日、母親を乗せて運転する祖母の車が事故った。

 その日はただでさえ台風が迫っていて、備えなしに外出をするのは危険だろうという予報がされていた。

 しかし、祖母は予報のことをすっかり忘れて、男遊びを終えて豪雨に立ち往生をしている母親を駅前で拾う約束をして迎えに行った。

 俺はそんな祖母を止めるつもりもなく、あわよくば嵐で発生した洪水に巻き込まれて溺れ死んでくれないかとまで思いながら見送った。


 祖母が母親を車に乗せてから数分で、天気は局所的に急変した。

 台風の中では比較しても平均的、もしくは弱い部類に入っていた嵐が、俺の住む地域を包むように大嵐へと発展した。

 物が飛んで民家の窓を粉々に破壊、一軒家が耐え切れずに崩壊、車まで空を飛んだという大規模な自然災害になった。

 その空を飛んだ車の中に、祖母が運転する車があった。

 豪風に拾われた祖母の車は三メートルも上に浮かび上がり、風が一時的に弱まった瞬間に地面に激しく叩きつけられた。

 結果、車はほぼほぼ大破。母親と祖母は遺体の修復が不可能なほどに潰れて死んだ。


 だから、祖母と母親に死んでほしいと祈った俺の願いは叶ったはずだったんだ。


 叶った願いは地獄の始まりに過ぎなかった。




 形式上の葬式だとか、その他いろいろの始末をいろんな大人に相談したりネットで調べたりしながら、全部終わらせたと思った矢先だった。

 高校の休みの日だというのに朝からやかましく鳴り響き続けるインターホン。激しく玄関の戸を叩く音。尋常じゃない怒号。

 てっきり家違いの暴漢がやってきたのだと勘違いして、チェーン越しに扉を開けて話をして追い返そうとした。


 扉の隙間から見えたのは、どう見てもカタギには見えない黒服の男二人の姿。

 男たちの口から出てきたのは、間違いなく俺の母親の名前。

 明確に家違いではないことを理解した俺に降りかかった言葉。

 それは、母親が借りてはいけない先から金を借りていたという事実。


 本来であれば法を盾にすれば俺に返済義務が無いことを主張できるが、この男たちはどう見ても無法者。

 俺みたいな一人の高校生が逆らったら、文字通り一発で海の藻屑にされる。

 苛立つ屈強な男たちを前に覚悟を決めた俺は、祖母と母親の死について正直に話し、相手の出方を伺った。


 彼らは有情だった。

 有情にも、これ以上の利子は付けずに今の分だけ返してくれればよい、とだけ伝えてきた。

 現在の借金の総額は800万。

 これを一年以内に返せばこれ以上のことは不問だと、許された。

 男たちは最後に忠告として警察や他の大人に助けを求めたらどうなるか、俺の命がないことをうっすらと仄めかして去っていった。


 俺は血眼になって金策に着手した。

 まず、家にあるほとんどの不用品をリサイクルショップに売っぱらった。

 これで200万くらいにはなるだろうと思っていたものの、蓋を開けてみれば40万円程度しか戻ってこず、自分が負っている借金がどれだけ大きなものかを再認識する羽目になってしまった。

 ならばバイトをして稼げばとバイト探しに奔走したものの、高校生の稼げるバイトなんて時給1000円前後が限度で、支払い期限の一年後に向けて毎日残業込みで働いたとしても間に合うわけがない。

 高給のバイトも探してみたが、どれも資格や免許が必要な奴ばかりで、平均的な高校生の俺がやれるわけなかった。


 どうあがいても絶望的な状況。

 今の俺の足場は少しずつ明確に崩れ落ちている。

 一年後のタイムリミットを迎えれば、そこの見えない闇へと無情に俺を突き落とすだろう。

 俺は、まだ幸福を知らない。

 家庭環境以外にも交友関係も、勉学も、娯楽さえまともに享受した記憶が無いというのに、甘い蜜の一滴すら味わうことなくこの生涯を終えるのか。

 まだ死にたくない。

 まだ、死にたくない。


 俺は、悪あがきをすることに決めた。




 今、俺はSNSのハッシュタグから、稼げる危ない仕事を探している。

 いろいろ調べた結果、闇バイトだとか裏バイトといったストレートな表現は規制されていて検索に引っかからないため、隠語でやり取りされいることが分かった。

 だから、判明した隠語で検索を入れて、一つ一つどんな仕事かを確認している。

 治験は期間がかかる上に安い。却下。

 受け子出し子は捕まった時のリスクがでかい。却下。

 クスリは論外。却下。


 手段を選びたくない俺にも、最低限は仕事に求める条件がある。

 まず、自分の生活費も入れて残りの期間で最低900万は稼げること。

 別に一つのバイトで稼げなくてもいいが、借金が返せなかったら元も子もない。

 一般的なバイトより高額と言われても、この条件に当てはまらなかったらパス。

 次に自分が罪に問われるような仕事もアウト。

 捕まるのはどうでもいいが、そのあとが怖い。

 刑務所から出所した後、借金が無かったことにされているわけがない。

 出た直後、何をされるかわかったもんじゃない。

 以上、この二つは最低限の条件として念じておきたい。


 逆に言えば、それ以外だったらなんでもいい。

 精神的、肉体的にどんなに過酷な労働環境でも手段でもあるなら縋るつもりだ。

 だが、俺の探し方が悪いのか、やっぱりそう簡単に見つかるようにできていないのか、都合のいい仕事が見つからない。

 一応、自分のSNSのアカウントにも仕事募集中の書き込みはしたが、やっすいサクラのバイトやどう考えても受け子募集のDMしか飛んでこない。

 それ以外は迷惑系のサイトへの誘導のスパムメールくらいだ。


 今日も検索だけで時間が過ぎてしまった。

 せめて高額バイトが見つかるまではと卒業間近だった高校を全部休み、コンビニのアルバイトで日々稼いでいるが、当然支払期限に間に合う気配がしない。

 このまま俺は借金取りに金を返せず、東京湾にでも沈められるのだろうか。

 もしくは、臓器を抜かれて売り飛ばされるとか。

 最悪、貸し手に頼んで後者をお願いするのも手かもしれない。

 俺はDMに届いたメッセージを確認しては消去してを繰り返しながら、そんな思考を巡らせていた。


 たった今、通知音が届いた。

 今見ていたSNSの空にしたばかりのDM欄に、新着のメッセージが一件表示されている。

 またスパムかと思いながら俺は内容を確認した。


『お仕事をお探し中のあなたへ。

 どうか我々と共に探偵事務所で働いてくれませんか?

 仕事内容は単純明快です。

 依頼人が持ち込んだ依頼をその通りにこなすだけ。

 依頼内容は主に紛失物の捜索、浮気調査などです。

 仕事が成功した場合はもちろん、

 成果が上がらなかった日、依頼が無かった日も固定給を支払います』


 小学生が喜びそうな都合のいい馬鹿みたいな内容。

 思わずそのまま削除しそうになったが、今届いたばかりのことを考えるとまだメールを送った人物がこの画面を見ている可能性がある。

 俺は寝る前の簡単な娯楽のつもりで引っかかったふりをすることにした。


『こんばんは。魅力的な求人内容ですね。失礼ですが、給料はいくらでしょうか?』


 返信はすぐに来た。


『給料についてですが日給10万円を保証させていただきます。

 更に依頼成功のあかつきには+20万円の追加報酬を支払わさせていただきます』


 思わずロバの呼吸みたいな気持ち悪い引き笑いが出た。

 日給10万?追加報酬込みだと30万?

 医師の非常勤バイトの給料でも30万は高すぎる。

 例えばこのDMのいう給料通りに計算したとする。

 一週間に二日休んだとして五日間働く。四日間依頼が来ないか依頼が来ても遂行中の期間だとして、残り一日が依頼成功の日だとする。

 それを四週間続けたら一体給料はいくらだ?280万円だぞ?それがおよその月収になる。

 俺の借金で言ったら4か月も働けば返済を終えたうえでおつりがくるレベルだ。

 相手はよほど算数ができないか、人を馬鹿にするのが好きなようだ。


 散々笑い飛ばした俺は満足してDMを閉じようとした。

 すると、続けて返信が届いた。


『もし、少しでも興味がお有りでしたら、ぜひ面接にお越しください。

 早ければ明日にでも面接を受けることが可能で、即日から働き始められます。

 いかがですか?』


 ばかばかしい。

 圧倒的にばかばかしいが……俺はDMの削除を前に手が止まった。


 もしも、本当に日給10万がこの手に入るとしたら?


 ありえない条件を前に脳がバグっている、もしくは追い詰められすぎて藁どころか存在するかもわからない塵にすら縋りたくなっているのかもしれない。

 けれども、もし、もしも本当だったら?

 ここでこの仕事を受けることで、俺は自由と幸福を手に入れることができるのならば?


『明日、面接を受けてもよろしいでしょうか?』

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