なにがあってもすきでいて

胡麻桜 薫

壱の章

第0話 ・・・のおねがい

 ──美味しそう。


 わたしは強くそう思った。『欲しい』と思った。


 咲いている花をくきごとむしり取りたいとか、満月を夜空から隠してしまいたいとか、これはそういう気持ちに似ているかもしれない。


 欲しい。

 壊したい。

 ぎゅっとしがみついて、体の中の深いところまで爪を突き立てたい。

 引き裂いて、その感覚をずっと覚えておきたい。

 にじみ出る血を指先にすくい取って、そのまま体にかじり付きたい。


 そうすればきっと、わたしは『幸せ』な気持ちになれるだろう。


 ああ、この感情を、愛おしさと呼ぶことはできないのかしら。


 呼べないのなら、とても残念。

 目の前の貴方はこんなに美しく、間違いなくわたしのことを好いているのに。

 同じように貴方を『好き』になれないのだとしたら、それはすごく悲しいことだ。


 夜中に覗き込む穴の底みたいに暗い瞳が、取り憑かれたようにわたしを見つめている。

 なんだかゾクゾクして、わたしは上唇を舐めた。


「一緒にいてくれ」


 貴方は低い声でそう言った。


「嫌よ。だって、そんなのつまらなそうだもの」


 そう言い捨てると、貴方はつらそうに肩を震わせた。


 貴方の目元は少しだけ赤くなっている。

 それを見ると、わたしの中で渦巻く感情が一層強いものになった。


 わたしは貴方に近づいて、胸元に手を当てながらささやいた。

 できる限り、優しい声で。


「でも、お願い。何があっても、わたしのことを好きでいてね」


 それから、わたしは──。


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