第18話 サイレントボイス【サイド回】


【sideアカネ】


 私は小さなころから、魔法使いに憧れていた。

 だけどそれは、私には絶対に叶わない夢だった。


「あ――――」


 声を出そうとしても、喉が詰まる。私は生まれつき、うまく声を出すことができなかった。

 声が出せなければ、魔法を詠唱することはできない。

 その上、戦争で腕を失った。

 腕がなければ、魔法陣を描くこともできない。


 いろんなことがあって、私は今奴隷商に売られている。

 もはや子供のころの夢なんて、忘れかけていた。

 だけど、やっぱり忘れられなくて。


(暇だ――――)


 奴隷商でつながれている間、私は暇を持て余していた。

 買い手もつかず、ずっと鎖でつながれているのは、本当に苦痛だ。

 そのうち、私は頭の中で妄想をしだした。

 魔法使いになった妄想だ。

 空想の世界では、私は確かに魔法が使えた。

 私はずっと、そうやって過ごしていた。


 そんなある日、この私を買っていった人物が現れた。

 名をエルド・シュマーケン。

 彼は私を連れて帰ると、回復魔法をかけた。





【sideエルド】



「これでよし……っと」


 俺は新しく買った欠損奴隷のアカネを治療してやる。

 アカネは口がきけず、腕も失っていた。

 声を与えてやると、アカネはすぐにしゃべりだした。


「あ、あのっ! ご主人様……!」

「なんだ……?」

「ほ、本当にありがとうございます! 私、声を出すのがずっと夢だったんです!」

「それはよかったな」


 さて、これからどうするかな――。

 このアカネという奴隷、なにか得意なことはないのだろうか。

 まあ、特にうちでの役割がないようなら、適当な相手に売ればいいか。

 そう考えていると――。

 アカネはおもむろに俺の腕を触りだした。


「は……?」

「ヒール――!」


 なんとアカネは俺に回復魔法をかけていた。


「な、なんの真似だ……?」

「その……ご主人様の腕に擦り傷がありましたので……」

「そ、そうか……。それは、ありがとう。だが……驚いたな。アカネ、魔法が使えるのか?」


 アカネは、ついさっきまで魔法の詠唱なんてできない身体だったはずだ。

 それに、彼女は長い間奴隷だったときいている。

 いったいどこでこんな魔法を……?


「いえ、ついさっき、ご主人様のをみて、見様見真似で真似してみただけです。その……実は私、魔法を使うのに憧れていたんです。こうして魔法を使えたのも、全部ご主人様のおかげです!」

「は…………?」


 俺はその言葉をきいて、驚愕していた。

 見様見真似で……だと……?

 たしかにヒールは回復魔法の中でも、一番簡単なものだ。

 俺の使うエクストラヒールとは違って、たしかに真似でできるかもしれないが……。

 だが、魔法を使ったことないのに、本当にそんなことができるものだろうか……?


「ま、魔法は使ったことないんだよな……?」

「は、はい……」


 驚いた。いくら簡単なヒールだからといっても、これはすごい才能だ。


「その……いつも魔法使いに憧れて、イメージトレーニングだけはしていましたから」

「それにしても……お前はすごいぞ」


 イメージトレーニング……憧れか。

 魔法とは、意思を具現化する行為。

 魔法の素質や強さは、意思の強さとかなり関係がある。

 だとしても、それはどれだけの強い意志だろう……。

 彼女は今までどんな思いで……。


「おい、アカネ。ちょっと他にも魔法を使ってみろ。今度は攻撃魔法だ」

「は、はい……! よろこんで! えい! ファイア!」

 

 すると、アカネはいとも簡単にファイアを繰り出してしまった。

 これは……ものすごい掘り出し物を見つけてしまったのかもしれん。

 アカネは、魔法の天才だ。ま、回復魔法で俺の右にでるものはいないがな。


「お前……すごいな……」

「いえ、ご主人様の回復魔法ほどではありません」

「よし、アカネは冒険者奴隷としてうちで働いてもらおう」

「冒険者……ですか……?」

「ああ」


 俺はアカネにドミンゴとオットーを紹介した。

 近接戦闘のドミンゴ、弓使いのオットー。それから魔法使いのアカネ。

 これで、バランスのいい冒険者パーティになったと思う。





【sideアカネ】



 私はご主人様から、冒険者としてのお仕事をいただいた。

 仲間として働いているドミンゴさんもオットーさんも、とってもいい人だ。

 それに、思い切り魔法を使うことができる。

 私は、夢だった魔法使いになれたのだった――。


「ご主人様、本当にありがとうございます! 魔法が使えるなんて夢のよう! 毎日冒険はとってもやりがいを感じています!」

「そうか、それはよかった。俺もアカネを買ってよかったよ」


 私は今、とても必要とされている。そのことがとてもうれしかった。





【sideエルド】



 アカネを買ったのは大成功だった。

 彼女は冒険者として、ものすごく優秀だった。

 回復魔法はさすがに俺のほうが上だが……アカネはあらゆる魔法をまんべんなく使うことができた。

 それは、ひとえに彼女の魔法への執念によるものだろう。

 40Gで買って、かなりの儲けになった。

 

 最初はドミンゴ一人から始めたこの冒険者奴隷ビジネスだが。

 今では3人パーティになって、かなり効率よくクエストをこなせるようになっていた。

 彼らはすでにBランク冒険者となり、ギルドでもそこそこ名が知れているようだった。

 これからも、俺のためにたくさん稼いでもらいたいと思う。

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