第22話:極めて重要な選択

 好みはあれど、髪型の変化は大きく印象を変える。『茜色の空、暁の翼』のゲーム内で何度も見たとはいえ、髪型が変わったフォミナの姿はとても新鮮だ。個人的には、髪型チェンジ後の方が好きなのもある。


「…………」


 そして、この髪型チェンジが起きたということは、ある会話がこれから起きることを意味する。オレはそれに備えて、精神を整える。なるべく冷静に対応しなければいけないので。


「あの、マイスさん。ちょっと相談なんですが、眼鏡をどうするか悩んでるんです。神殿でお金を出せば視力も回復できますし」

「眼鏡か……」


 オレは考えるふりをする。


 これは追加イベントだ。よく知ってる。思い出す。かつて、西暦二千年代前半に、同胞達と共にメーカーに凄まじい熱量のメールを送ったあの日を。そして、製作スタッフが動き、新たにこの選択肢が実装されたときの喜びを。


 ゲーム的には、ここで「眼鏡のままで」を選ぶと、フォミナは眼鏡を外さない。それどころか、別デザインの眼鏡を選ぶイベントまで発生する。

 当時のオレと同胞達が狂喜乱舞したこの追加イベント。異世界になっても息づくオレの遺伝子は、「今回も」と言っている。


 だが、


「外した方がいいんじゃないかな。戦闘中に壊れたり外れたりすると危ないから」


 オレは自身の魂に嘘をついた。


 これがゲーム内なら眼鏡を外す選択肢はない。だが、リアルに転生してしまった今は、現実的な対応をとらざるを得ない。戦ってるときにフォミナの視力に異常が出るのは困る。不安要素は消しておきたい。


 ……すまないっ。本当にすまないっ!! 同胞達よっ!!!


 心の中で何度も詫びる。機会があれば、額を地面に何度も打ち付けて土下座をしたい。できるなら血の涙だって流そう。

 それでも、オレのどこか冷静な部分が「安全のため、眼鏡を外せ」と言ってくるのだ。本当に申し訳ない、遠い地球の我が同胞よ……。


「なるほど。たしかにそうですね。あの、マイス君? 顔色が悪いけど平気ですか?」

「へ、平気だ。ちょっと心配事があってね」

「そうですか。なんでも相談してくださいね」


 なんとか悟られないように平静を保つ。今夜、反省文を書こう。自主的に。


「となると、今日はギルドで昨日の魔石の売却。それと、フォミナの視力回復。あとは買い物かな。それから、ちょっと今後のことを考えないと」

「そっか。昨日でマイス君のミレスでの用件は済んだんですよね」

「うん。その辺も踏まえて、ちゃんと相談させてくれ。今後はフォミナに心配させないようにするよ」

「……っ。嬉しいです、なんだかマイス君に仲間って認めて貰えたみたいで」

「さすがに反省したんだよ。こっちから振り回して申し訳ない」


 なんだか予想以上に喜んでいるフォミナに照れながら言う。今後も心配かけまくりそうで申し訳ないけど。


 今後のこと、ちょっと考えないとな。予定だとミレスにいる間にオレもフォミナも三次職になってるはずだったんだけど、もう流血の宮殿で狩れないし。


 今日の予定どころか、その先のことを検討していると、フォミナが眼鏡にふれながら、じっと考え込んでいた。


「どうかしたの?」

「いえ、眼鏡。いつも付けてたから無くなると落ち着かないかもなって。普段つけるように伊達眼鏡でも用意しましょうか」

「是非そうしてくれ」


 オレは即答した。

 地球の同胞達よ。これがオレからギリギリ限界で用意できるエクスキューズだ。

 伊達眼鏡という結論に自ら辿り着いたフォミナに心の中で喝采を送りながら、オレは妙に精神的に疲労した朝食を終え、食後のコーヒーを注文した。

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