第20話:クラム様にお願い
気づいたら。寝室にいた。
流血の宮殿最上階であることは間違いない。ただ、これまでいた謁見の間と違って部屋は狭く、窓も扉もない。天井には魔法らしい、やや暗めの光源。家具らしいのは豪華で巨大なベッドのみという部屋だ。
「ようこそ、妾の部屋へ」
ここは、クラム様の個室だ。空間移動でしか出入りできない、主だけの部屋。入ることができるのは、非常に親しくなった時のみ。場合によってはイベントシーンが発生する場所。
「な、なんでいきなりここへ?」
「フォミナに話を聞かれたくなさそうにしただろう? 気を利かせたのだ。お前は面白いことを沢山知っていそうだからな、さあ、こちらに来て妾に好きなように語るが良い。そも、それが目的ではないのか?」
ベッドの上で軽く伸びをしながらいうクラム様。あんまり近づいて怒られないか? いや、いいのか。ここまで来たならやるだけだ。勿論、会話のことです。
オレは靴を脱いだ上でベッドに上がり、クラム様の向かいに座った。
「覚悟が決まっているのは良いことぞ。さあ、なにから聞かせてくれる」
「まず、オレの魔法がアンデッドに通用するのは、<貫通>というスキルのおかげです。メイクベのダンジョンで見つけた封技石の力によるものです」
「ほう、<貫通>か、何百年ぶりかで聞いた名前だのう。普通、自分の攻撃を通すのに使うだろうに、まさか状態異常魔法に使うとは」
「魔法使い一人で戦うなら、まず相手の動きを封じなきゃいけないんで」
いきなり即死魔法でも取得できれば、オレだってそっちを連打している。自分の能力にあった戦い方をしただけだ。
「しかしメイクベとは。あの田舎町にもまだまだ面白いものがあるものだのう。それで、他には」
「オレの話です。これから約一年後、帝国がこの国に攻め込んできたら、オレはほぼ確実に死にます」
死、という言葉にクラム様が眉をしかめた。
「なぜそう断言できる。マイス、お前はなにを知っている」
フォミナの時は、予知夢といって誤魔化した。でも、この人にはできるだけ話してしまおう。少なくとも、前世の世界のことを伝えれば面白い話として認識して貰えるはずだ。そうすれば、オレの頼みを聞いてくれる可能性が高まる。
「オレには、ここではない世界の記憶があります」
「…………」
無言で聞く姿勢になったクラム様を見て、オレは静かに前世の日本のことを話しだした。
「なるほど。把握した」
「は、把握していただけましたか……」
三時間話して、オレは疲れ果てていた。いや、大変だわ。ファンタジー世界の住人に現代日本の話をするの。しかも相手が好奇心旺盛なクラム様だから質問が凄い。政治体制について聞かれたと思ったら、学校生活、インターネットやら日常生活、食事事情など、話が横道に逸れまくった。
それでも三時間かけて説明した。ここがオレがゲームとして遊んだ世界に似通っていること。状況的にこのままだと戦争が起きて、オレのみならず多くの人が死ぬことを。
「把握したとも。いや、妄想だとしてもなかなかの大作であった」
「妄想であって欲しいくらいなんですけれどね……」
「だが、マイス、お前はそうは思っていないのだろう?」
「…………」
そう。オレは自分の記憶を信じている。なんの対策を取らないわけにもいかない。
途中から横になって聞いていたクラム様は、起き上がると服が寝崩れたままでこちらを見て言う。
「さて、今の話だが。一つ確実に死を回避する方法がある。一つは妾の下僕になることだの。この宮殿にいれば安心。お前は面白い話を沢山できそうだし、器用そうだ。妾の下僕となるだけでなく、快楽を与えてやっても良いぞ?」
突然、クラム様が蠱惑的な表情をして、こちらを見つめてきた。
「…………」
これは、ゲームとしては分岐イベントだ。ここで「はい」といえばクラム様エンドになる。下僕として宮殿で暮らせば、戦火を免れることはできる。快楽というのは、あれだ、イベントシーンが発生するということだ。回想に追加される系の。
オレはじっくり考えた上で、結論を口にした。
「すいません。今は貴方の下僕にはなれません。正直、かなり惹かれるものはあるんですけれど」
「ほう。妾を振るとは、理由があるのだろうな?」
「オレは生き延びた後、世界中を回って色んなものを見て回りたいんです。というか、普通にこの世界を生きてみたい」
せっかくファンタジー世界に来たんだ、ゲームでは見れなかった世界の色んな場所を見たり、聞いたり、遊んだりしたい。その後スローライフしてもいいし、結婚とかしてそれなりに人生を謳歌してもいい。
今、必死になってレベリングなんかをしてるのは、状況がそれを許さないからだ。
なにより、
「オレだけここで助けられても困るんですよ。フォミナだって死んじゃうかもしれないし」
帝国との戦争が始まると、沢山の人が死ぬ。フォミナや、他のヒロイン達も死んでしまう可能性が高い。短い時間だが、良くしてくれたメイクベの人達だってただでは済まないだろう。
そこまで責任を持つわけじゃないが、できる限りそういうのは防ぎたい。というか、それをしないと死ぬし。
「ふむ。あの娘に情があるか。では、ちと可哀想かもしれんの」
「え? なにかあったんですか?」
「すでに三時間、セバスと一緒に二人っきりで過ごしておる。物凄くお前のことを心配しておるぞ。最悪、下僕になってることも伝えられておる」
「あ……」
まずいな、フォミナの性格上、滅茶苦茶心配してそう。
「後で謝っておくのだぞ、あれは良い子だ。血も美味そうだしな」
「はい……」
今更だけど、オレはあの子をかなり振り回してるな。なんか埋め合わせした方がいい気がしてきた。本当に今更だけど。
「まあ良い。今回はこのくらいにしておこう。それで、お前の望みはなんだ? 目的があってここに来たのだろう」
「はい。クラム様の持つ封技石から一つ、欲しいものがあります」
「許す。申して見よ」
ここに来てようやく、オレは流血の宮殿に来た目的を口にできた。
「<超越者>の封技石を譲ってください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます