第16話:マウントお姉さん
とても事務的な転職を終えたオレは、受付でウィザードの服を受け取って着替えた。今までは全体的に茶色っぽい淡い感じの地味な上下に短いローブで、下手をすると村人みたいな格好だったが、今度は違う。
まず、ローブが黒くて魔法使いっぽい。なんか複雑な刺繍もされているので、それなりに防御力もありそうだ。ゲームでは『ウィザードローブ』と呼ばれるそこそこ強い防具が貰えたのでそれだと思う。ローブの下に着る服も一式貰えて、こちらはポケット多めの動きやすそうなデザインのものだった。色合いも黒に合わせて濃いめ。各所に銀色がアクセントとして光って悪くない……ような気がする。
途中までテンションが上がってたんだが、全部着替えた後、前世時代になに着ればいいかわからなくて、黒い服ばっかり選んでたのを思い出してちょっと落ち込んだのは内緒だ。
ともかく、着替えを終えたオレは、転職堂の外でフォミナを待っていた。あの流れだと、オレのすぐ後に転職は終わっているはず。出てこないのはそのまま中の更衣室で着替えているからだろう。
「お待たせしました、マイス君」
「おぉ……」
プリーストになったフォミナの印象は見違えていた。
今までは長いスカートに上半身を覆う上衣という組み合わせの関係で、割と体格が隠れていたが、今度は違う。
今度は体のラインがわかる程度の紺色の衣服だ。スカートは相変わらず長いが、ゲーム通り、大胆にスリットが入っている。体型がわかる上着は膨らんだ肩口が特徴的で、地味な見た目のフォミナが着ると、何とも言えない魅力を発揮している(伝わって欲しい)。
なにより、スリットよりのぞく太ももに装備された白いニーソックスは一目で「なるほど……」と職人のこだわりを感じる出来映えだった。
「あ、あの、あんまり見ないでください。まだ慣れなくて」
「とてもよく似合っていると思います」
オレは素直に感想を口にした。正直なので。
「な、なんか色々と淀んだ気配を感じる気がするんですが」
「気のせいじゃないか? とにかく無事に二次職になれたみたいだな。実感ないけど」
「ですよね。私は学園に来る前に何度か見たことあったんですが、ちょっと事務的すぎですよね」
そういえば転職前に忠告されたな。事前に教えられてもがっかりしたと思うけど。
「とりあえず、使える魔法が増えてるかも確かめたいし、魔法屋にいきたいな。それと装備も更新しないと」
「お金もあることですしね。どうせなら、お祝いもしちゃいましょうか」
「よし、せっかくだし、良いもの食べよう」
どうせ金はあるんだから、今日くらい贅沢してもいいだろう。息抜きは必要だ。
明るい気持ちで歩き出そうとしたところ、呼び止める声があった。
「もしかして、フォミナか?」
声の方を見ると、白銀の鎧を着た金髪の女騎士がいた。いかにもこの手のゲームにいて、屈服する展開がありそうなタイプだ。
「セアラお姉様!? なぜここに?」
「それは私が聞きたい。あの二人と一緒にメイクベの町にいるはずではなかったのか? そちらの男性は?」
どうやらフォミナの姉らしい。親族がいるとは聞いていたけれど、まさか聖騎士と会うとは。大聖堂所属のエリートだ。能力的には剣士の上位職で、防御と回復もできる壁タイプ、アンデッド相手なら結構強い。
「マイスです。妹さんとは同じ学園で……」
「なるほど。同級生か。む、見たところウィザードになったばかり。冒険者組にしては順調なようだ。フォミナとはどこで?」
なんか詰問口調で問われてる。結構きつい感じだな、この人。
「メイクベの町で。たまたま会いまして」
「なるほど。それであの二人はどうした? 四人パーティーならバランスも良くて安心なんだが」
「あの二人とは解散しました。今はマイスさんと二人パーティーです」
「…………」
横からフォミナが毅然とした口調で割り込んできたら、セアラさんの表情が固まって無言になった。
「フォミナ、なぜあの二人と解散した。厳正なる書類選考、集団面接、幹部面接を潜り抜けた上で、お前と組むことを許した選りすぐりだったんだぞ?」
日本の日々を思い出すからそういう変にリアルなのは止めて欲しい。というか、そんな試験をしてあの二人だったのかよ。
色々思い出して精神ダメージを受けるオレをよそに会話は進む。
「あの二人は無茶をしすぎるので解散しました。マイス君に助けて貰ったくらいです」
「なんだと! 堅実かつ将来性のある人材だったんだぞ!」
「目上の人への対応は上手でしたけれど、それ以外は全然でしたし、私も酷い扱いをされましたよ」
あー、あの二人、外面は滅茶苦茶いいタイプだったのか。しっかり騙されたんだな、フォミナの家の人。
「信じられん、そのようなこと……」
「あの、オレがフォミナと会ったのも、暴言を吐かれてるところを見かけたからでして」
「なんだと! 馬鹿な、彼らは……。いや、いい。それは後ほど確認する。フォミナ、二人パーティーでちゃんとやっていけるのか?」
セアラさんは話題を変えた。たしかに、言い合ってもしょうがない話ではある。
「はい。それなりに」
フォミナが澄ました顔でいうと、急にセアラさんの口角が上がった。
「それなりか。それは結構。だが、今のうちだけだぞ。私のように安定した就職先を早く見つけるといい。いいか、二人とも、聖騎士は初任給で年間八〇万シルバーは入る。危険手当など、諸々別でな。三年後には年収百万シルバーは余裕で越えることだろう」
なんか今度は自慢が始まったぞ。これ、マウント取りにきてるのか? 嫌な異世界だな。
「えっと、凄いですね」
「そうだとも。二人とも、その日暮らしの冒険者など見切りを付けて、良い所を探すといい。今更学園時代にもっと頑張れば良かったなどとは言いはしないが、少しは焦りなさい」
ちなみに、学園卒業後冒険者になるというのは行き先が見つからなかった学生の進路である。つまり、オレもフォミナも落ちこぼれ扱いされてもおかしくはない。
「セアラ姉さん、話はそれだけですか? 私達も次の予定があるので……」
「そうだった。当然私も仕事がある! 誇るべき仕事がな! さらばだ!」
ちょっと恥ずかしそうにしながらフォミナが言うと、セアラさんは白銀の鎧を煌めかせて去って行った。
「ごめんなさい。マイス君。迷惑かつ不愉快な親族で本当にごめんなさい」
「あー……ちょっとびっくりしたな」
転職堂前の往来、そこで初対面相手に堂々と年収自慢する姉はちょっときつい。これは会いたくないわけだ。
「気分を切り替えて、買い物してから、美味しいものでも食べにいこうか」
「そ、そうですね。でも不思議です、聖騎士は大聖堂周辺からまず出てこないのに」
それを知ってるから、町外れに宿をとったわけだし、今いる所も大聖堂からは遠い。
まあ、向こうにも相応の事情があるのだろう。
「よりによって、セアラ姉さんだなんて……」
「まあまあ、なにもなかったからいいじゃないか」
突然の再会が相当堪えたのだろう、微妙に落ち込むフォミナを宥めながら移動を始める。実は周囲から注目されてたので早く去りたい。
とりあえず、次の目的地。魔法屋を目指しながら歩いていると、ふと気づいたようにフォミナが言った。
「セアラ姉さん、年収自慢してましたけど、あの金額、流血の宮殿なら一日で稼げちゃうんですよね」
「そうなんだよな……」
セアラさんには申し訳ないが、金銭感覚が豪快に変化したオレ達に、あの説教はまるで響いていなかった。
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