忘却

そらいろ

第1話 天使

今日は変わった日だと、そう認識せざるを得なかった。

いつもより1時間早く目が覚めた。

家を出る時間は変えなかったのに、いつも会う人とすれ違わない。

いつもかからない信号で引っ掛かる。

交差点の向こうには、犬と悪魔を散歩させる男。


妙な足の軽さがある。

眠って起きる前はあんなに身体が重かったのに。


なんだか、人が少ない。気のせいだろうか。



やっと駅についた。

改札を通過する。

いつもの電車に乗ろうと電光掲示板を確認して、不思議に思った。

ない。

いつも乗る電車は運休していた。


なぜ?


というか、ここは私の最寄り駅ではない。


なぜ?


私は駅員を捕まえて、今日の日付を尋ねた。

2月11日、土曜日、祝日ですよ。

駅員は言った。


そうか祝日か。なるほど、人が少ないのも納得だ。

それは良い。良いのだが


おかしい。

今日はまだ12月だ。そのはずだ。


携帯電話を確認しようとした。

ない。


財布は?

ない。


ポケットは、空だ。鞄も、ない。



今になって私は、

自分が仕事着を着ていないことに気づいた。



おかしい。

私は、仕事に向かうんじゃあ、ないのか?


困惑。

混乱。


駅員の顔が歪む。

ああ、天使がいる。

透明な美しい羽根をもつペガサスを連れている。

そうか。私を、迎えに来てくれたのだ。


ああ、ああ

どうして、そんなかおをなさるのです

どうして、わたしをつれてゆくのですか

どうして、どうして



そのあとは、良く覚えていない。



私は駅員に保護されて、病院に連れ戻されたらしい。


困りますよ。脱走されちゃあ

のっぺらぼうの男が言う。


はぁ。そうなのですか。

すみません、気を付けます。

曖昧な返事。

見たことがあるような、ないような、男だ。

初対面だろうか。

自己紹介をして頭をさげると、彼はため息をついた。



それではお部屋に戻りましょうね。

全身白い服の悪魔が言う。甲高い声だ。



ガシャン


鉄格子の閉まる音


そうしてまた

白いだけの独房で

遠く、悪魔の声を聴いた。


ああ、ああ、やめてくれ

ケタケタ嗤う悪魔の声がする


ああ、ああ、

てんしさま

私は、どうして

どうして、わたしは、

ああ、ああ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘却 そらいろ @colorOFsky

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ