ゆるほら―ゴーストになった赤ずきんちゃんの物語―

碧居満月

序章 君は誰を護っている

一 堕天使が封印された祠の噂

 日本海側の、海沿いに面した新森にいもり県新森市内にある小さな町、海山町うみやまちょうと言う名のその町に、赤園あかぞのまりんは住んでいた。海山町は新森市内の中でも一番人口が少なく、幼稚園を卒業後は、小中一貫の学校に通っていた。

 片田舎と言うに相応しい故郷だった。当時、中学三年生だったまりんはその年の春に中学を卒業後、かねてより思い描いているフラワーデザイナーの夢を追って、フラワー専門科がある県立浜花はまばな高校へ進学するため、東京湾に面する美南川みながわ県は縦浜たてはま市へと引っ越した。

 今からここに書き記す事は、まりんが美南川県へと引っ越す前の、半年前に起きた出来事である。



 卒業式当日、それは起きた。海山町で唯一開店している小さなカフェテラスにて、仲の良い同級生のえっちゃんこと江崎えざきまさみ、みのりちゃんこと田山みのりとで卒業式後に集まり、ささやかな送別会をした帰り道でのこと。いつもの場所でえっちゃん、みのりちゃんと別れ、まりんはひとり、自宅へ向けて歩を進めていた。

 この地域では毎年、五月の中旬頃になると田植えが始まる。そのため、春の陽気漂う三月のこの時期の田圃には入水されておらず、土が耕されていた。

 アスファルトで塗装された田圃たんぼ道をまっすぐ進み、右側へ曲がりかけた時、息を呑んだまりんは異変に気付き、近くの電柱に身を隠す。緊張するあまり、顔が強張った。恐る恐る電柱の陰から顔を出したまりんは、前方を凝視する。

 三つ編みに結わいた紫紺の長髪、紅蓮の炎を身に纏っているかのような、真っ赤な着物と裾が絞れた指貫さしぬきと呼ばれる袴姿の男の横顔が見える。

 まりんから見て、向かって右手側には私服姿の中学生くらいの少年達の姿、そして紅色の狩袴に白色の狩衣、ウェーブした焦げ茶色の長髪を一本結びにした小学生くらいの、容姿端麗な少年が路面上に倒れる子供達を背に、前方の男と対峙していた。

 あそこで一体、何が起きているの?

 まりんがひとりで訝っていると、真っ赤な着物姿の男が動き出す。徐に、左手に携えた、赤い飾り房付きの、黒い剣を鞘から引き抜き、一振りする。次の瞬間、銀白色の光が楕円形に広がり、少年達の周りを覆って、剣先からたれた青紫色の光線を撥ね除けたではないか。

 すごい……あの少年……自力で結界を、張ることが出来るのね。

 感心しつつも、まりんは目を見張った。男が剣先から光線を出す光景も、小学生くらいに見える美少年が自力で結界を張る光景も、実際に目にするのは生まれて初めてだった。

 現実の世界で、非現実的なファンタジー要素てんこ盛りのこの状況……これは首をつっ込まずに逃げた方が良さそうだ。

 気転を利かし、まりんはそ~と電柱から離れると、光の速さで来た道を引き返したのだった。


 小学生の頃から中学生までの九年間、慣れ親しんだ校舎やお世話になった先生方、九年間を通して仲良くなった同級生の友達と離れ離れになってしまうのは淋しいが、まりんにとっては小さな頃から思い描く夢へと向かって旅立つ時でもあった。

 一般人として、現実の世界でいつもと変わらぬ生活を送る。夢と希望を胸に、卒業式から一週間後には海山町を出る。そして新たな地でスタートする新生活を楽しみにしているからこそ、首をつっ込む気はなかった、筈なのに……気がつくと、町外れに聳える、古い日本家屋の屋敷前まで来ていた。

 海山町に、古くから伝わる噂話がある。この屋敷は江戸時代に建てられたもので、先祖代々、受け継がれてきた長者が住まう屋敷だった。

 そして、屋敷の地下には祠があり、天と地を揺るがすほどの強大な力を持つ堕天使が封じられている。

 堕天使は、町に災いをもたらす負の象徴として恐れられており、屋敷を管理する長者は、先祖代々続く、強大な霊力を持つ退治屋としても知られ、先祖が封じた堕天使が再びこの地に復活することがないよう、祠の上に屋敷を建てて監視をしていた。

 この噂話がもし、本当だったら加勢出来るかもしれない。自力で結界を張り、あの男から三人の子供達をまもっている……あの、美少年に。

 まりんが見た限り、僅かだが結界にヒビが入っていた。男の攻撃を受けて生じたヒビであれば、少年の結界は、そう長くは持たない。

 堕天使の封印を解けば、特殊能力を持たない、単なる人間であっても、あの男と戦える筈だ。まりんはそう考えたのだ。これが後に、浅はかな考え方だったと後悔することになるのだが。

 まりんは意を決し、歴史を感じる、立派な門構えの屋敷の敷地内へと、足を踏み入れた。古びた木戸を押して、静まり返る敷地内の奥へと歩を進める。庭園を構えた長者屋敷の全貌が前方に姿を現し、その前でまりんは立ち止まった。

 そこはすでに廃墟と化していた。長者が住むに相応しい、大きくて立派だったかつての面影を残すこの屋敷の所有者は、十年ほど前に病死。以降、ずっと空き家となっており、廃墟と化した屋敷の外壁の所々はヒビ割れ、瓦屋根や庭が荒れ放題になっていた。

 長い間、風雨にさらされ続け、手入れが行き届いていない荒れた屋敷と庭園、まっ昼間だが、今にも人ならざる者が出てきそうな、不気味で陰湿な空気が漂っていた。

 本当に……あるのかな?こんな場所に、堕天使を封印した祠なんて……

 お化け屋敷よりも怖い雰囲気を纏う屋敷におののきながらも、勇気を奮い起こし、まりんは屋敷の敷地内を調べてみることにした。

 屋敷の正面玄関から左回りに屋敷を半周した時だった。地下へと通じる石段が姿を見せたのは。

 石垣に囲まれた石段を覗き込むと、夜の帳よりも遙かに深い漆黒の闇が広がっているため、先が全く見えなかった。今にも吸い込まれそうな暗闇に、まりんはごくりと生唾を呑み込む。

 このままだと怖くて足がすくんでしまうので、自力で結界を張り、身を護っているあの美少年の顔を思い浮かべながら一歩一歩、石段を降りる。

 スマホの灯りを頼りに石段を降り、細い通路をまっすぐ進むと、鉄製の扉が姿を現した。どうやらここが、地下室への入り口らしい。

 なんとも不気味さ漂う扉の前で立ち止まり、再び生唾を呑み込んだまりんは、恐る恐る手を伸ばし、扉を開けた。それはまるでギリシアの首都、アテネにある古代ギリシアの、パルテノン神殿の一部を切り取ったような造りの広い、大理石の祠だった。

 全面に広がる床の中央には、十字架に組まれた大理石の柱がある。まりんの目は、十字架に組まれた柱に注がれた。びた短剣で柱に打ち付けられた美しき青年の天使の像が、天窓からす陽光に照らされ光り輝いている。

 まりんは、吸い寄せられるように祠の中に足を踏み入れ、翼があり、いかにも天使と思わせる衣を着た美しい青年の像の前で立ち止まった。全身が白色の像となっている故に、その正体が天使であること以外は不明だが、彼こそが、海山町に古くから伝わる噂話に出てくる堕天使なのだろう。

「もしも……あなたが堕天使なら、私の願いを聞いて。自力で結界を張ることができ、敵と戦う武器をつくり出す力があればどうか……その力を私に譲って欲しい。三人の子供達と……子供達を護る彼の手助けがしたいの」

 切実なる願いだった。堕天使の力があれば、少年に加勢することが出来る。三人の子供達を救ってあげられる。その一心で、まりんは切願した。

 辺りが静まり返っている。白色の天使の像は、まったく動く気配がない。やはり、単なる噂話だったのか。そう思い、肩をすぼめて白い天使の像に背を向けた時だった。

――その願いを叶えたければ、私の言うことに従え――

 心地好く澄んだ若い男の美声が、どこからともなく聞こえた。

 今の声は……どこから?

 突如として聞こえて来た男性の声に、辺りをきょろきょろとしたまりん、はたと思い当たり、ゆっくりと振り向いた。

 まさか……ね。

 背にした天使の像に視線を向けつつ、動揺するまりんは心を落ち着けようとした、その時。再び、心地好くも澄んだ、若い男の声が聞こえた。

――私の左胸に刺さる、錆びた短剣を、君の手で抜いてくれ。そうすれば、切実たる願いが叶うだろう――

 まりんは確信した。今の声の持ち主はきっと……白い天使の像だ。

 天使が……私に語りかけてきた。

 願いを叶える代わりに、自身の左胸に刺さる、錆びた短剣を抜いてくれと、交換条件を持ちかけてきたのだ。

 町の噂話が本当なら、白い像になっているこの天使は、町に災いをもたらす堕天使だ。彼の言うことを聞いて、左胸に刺さる錆びた短剣を引き抜いてしまったら……封印が解けて、堕天使が復活してしまう。それなら……

「約束して。この町と……この地球と、地球に住む全人類に危害を加えない、誰一人として殺さないって。約束を厳守してくれるのなら、あなたの指示に従うわ」

 像の前まで闊歩し、毅然たる態度でまりんはそう、天使の像に掛け合った。

 ――約束しよう……この町と地球そして、全人類には手を出さないと――

 白い天使の像がそう告げて、まりんと約束を交わす。そうしてまりんは、白い天使の左胸に刺さる、錆びた短剣に手を伸ばし、引き抜いたのだった。

 十字架に組まれた大理石の柱から白い天使の像が消えたのは、少しだけ力を入れて短剣を抜いた直後のことだった。忽然と姿を消してしまった白い天使の像にびっくりしたまりんが、呆然とその場に立ち尽くす。

「ありがとう、君のおかげで私は再び、自由を手に入れた」

 聞き覚えのある、若い男の声がした。その方向に、まりんが体の向きを変えると……耳に掛かるくらいの、銀鼠色の髪に優しい目をした、二十代くらいの青年の姿が、ぎょっとしたまりんの視線の先にあった。

「さぁ、今度は君の願いを叶える番だ」

 青年はそう言うと、徐にまりんに近づき、手を取って、右手の甲にキスをした、次の瞬間。灰色の光が迸り、十字架と六芒星ろくぼうせいのペンタクルの印が、まりんの手の甲に浮かび上がったではないか。

「これは、君が私と契約をした印だよ。私と契約関係にある間は、堕天使にしか扱えない、堕天の力が有効となる。堕天の力は、使い方によって力が変化する特殊能力だ。君の手で、三人の子供達と、子供達を護る彼を救ってやってくれ」

 ふっと、優しく微笑む青年から堕天の力と言う名の、特殊能力を授かったまりんは念を押すように、毅然と尋ねた。

「私との約束……忘れてないでしょうね?」

「忘れてはいないさ」

 微笑みを絶やさず、余裕のある口調で返答をした青年。徐に右手を、左手の甲にかざす。

 すると、まりんの右手の甲に浮かび上がったのと同じ印が青年の左手の甲にも浮かび上がった。

「この町と地球……地球に住む全人類に危害を加えない、誰一人として殺さない。君と交わしたこの約束はいま、この手に浮かぶ印に刻まれた。それにより、私は君との約束を破れなくなった。これでもう、安心だろう?」

「そうね……」

 余計なことは言わず、凜然と青年を見据えるまりんは、静かに返事をするに留まった。

 彼を信用するにはまだ、確たる証拠が不十分だわ。慎重に、気を張っていないとやられるわね。

 内心、まりんはそう思ったのだった。



 アスファルトで塗装された、見通しのいい田圃道のどまんなかで、若い男ひとりと、気を失う三人の少年達を背に、結界越しに佇む美少年が対峙している。

「このままじゃ、ラチがあかねェな……」

 三つ編みに結わいた紫紺の長髪、紅蓮の炎を身に纏っているかのような、真っ赤な着物と袴姿の男は静かに呟くと、

「あまり、時間はかけたくない……そろそろ、決着をつけさせてもらうぜ」

 そう言って、右手に携えた剣を一振りし、刃となった青紫色の光線を撃つ。

 殺伐とした、冷ややかな雰囲気を纏い、男が放った一撃が、前方で対峙する少年が張る結界に命中。男の一撃で結界が打ち砕かれた、次の瞬間。熟れたリンゴのように真っ赤なロングコートを着た人物がひとり、構えた剣で以て、少年を切り裂こうとした青紫色の光の刃を受け止めた。

 フードを目深に被り、両手で野球のバットを持つ容量で銀色の剣の柄を握って力いっぱいスイング。青紫色の光の刃を、それを撃った相手めがけて撃ち返す。

「なかなかやるな」

 そう、ほんの少し体を動かして、飛来してくる光の刃を回避しながら、冷めた笑みを浮かべて男が感心の声をもらす。

「ここは、私が引き受けます。早く、子供達を安全な場所へ!」

 フードを目深に被った、真っ赤なコートで正体を隠したまりんが、美少年を背にしたまま、凜然とそう告げた。

「すまない……恩に着る」

 颯爽と駆け付けた女に危ういところを助けられ、冷静沈着に礼を告げると少年は、少女をまんなかにして道路に倒れる三人の少年達とともに姿を消した。

 目標を失い、しばらくの間、耕された広大な田圃の上を飛来していたが、やがて青紫色の刃が音もなく消えた頃。男女二人が、無言で対峙することしばし、冷めた笑みを浮かべる若い男が沈黙を破り、気取った口調で尋ねた。

「君、あの美少年と知り合いかい?」

 その問いに、まりんは凜然と返答。

「いいえ、まったく面識はないわ」

 まりんからの返答を受けて、若い男が腑に落ちない表情をする。

「ならなんで、手を出したんだ?」

「さぁ、なんでかしらね……私にも、よく分からないわ。ただ……」

 険しい表情をして尋ねた若い男に、クールな大人の女性を装い返答したまりんはそこで区切り、

「目元がきりっとしたあの少年が、あまりにも美しかったから……絶体絶命のピンチを救いたいって、思ったの。だって私……この町で一位二位を争うくらい美少年、大好きだから」

 顔の角度をやや左側にそらして、大人の色気を出して恥じらいながらそう告げると、言葉を締め括ったのだった。

 フードを目深に被り、真っ赤なロングコートを着た女から動機を聞き、若い男は真顔で即座につっこみを入れる。

「動機が単純な上に不純だな」

「わっ……悪かったわね!」

 男につっこまれて、少々痛手を負ったまりんは恥じらいながらもそう、つんけんと返事をした。

「君のおかげで、重罪人を取り逃がしちまった……やつらと面識があるんだったら、君を餌におびき寄せることも出来たが……面識がないんじゃな。さぁて、この落とし前……どうつけるか」

 なにこのひと、いまさらっと怖いこと言ったね?

 まりんにとってそれは、面前にいる男に対してうっすら恐怖を覚えた瞬間であり、聞き捨てならないことでもあった。だが、関わり合いになりたくないのでスルー。その時ふと、まりんは男のある言葉に引っかかった。

「重罪人……?」

「君が大好きな美少年の背後に、三人の中学生がいたろう?やつらはな……この町のどこかにある祠を探し当てたんだよ。遙か遠い昔……そこに封印された堕天使を退治するためにな」

「堕天使を退治するくらいなら……重罪に当たらないんじゃ……」

「君の言う通り、堕天使を退治するだけなら、重罪に当たらない。が、問題はそのやり方だ。やつらときたら……魔法と精霊の力で堕天使そのものを消し去り、無に還そうとしたんだ。それも、堕天使を封印したまま……めちゃくちゃだと思わないか?そんなことをしてもし、堕天使の封印が解けてしまったらどうするつもりだったんだか……」

 しばし、銀色の剣を右手に携えたまま、まりんは耳を澄ませていた。そうして、あの祠を訪れた人物が、自分自身の他にも存在していた事実を知ったのである。そのことに少し動揺したまりんは平静を装い、若い男の話に耳を澄ませ続けた。

「普通の子供だと思って油断したぜ……まさか本当に、精霊王と契約する魔法使いが、この世に存在するなんて……な。予め、その情報を把握していた俺は、他県からこの町にやって来たやつらと接触し、祠に来た目的と理由を問いただしたところ、いま言った答えが返ってきた。俺は、堕天使が封印されている祠を管理している。立場上、看過することは出来なかった。祠の中で一戦交えるわけにも行かず、ここまでやつらを誘い出したのさ」

「祠を……管理しているんですか?」

 血相を変えたまりんの問いをきっかけに、男の目つきが鋭くなった。まりんにとっては、予期せぬ新事実だ。動揺しているようにも取れるまりんの反応を、面前にいる男は不審に思ったのかもしれない。男が静かに返答をする。

「ああ、そうだ」

「でも、町の噂じゃ……先祖代々続く、強大な霊力を持つ退治屋としても知られるこの町の長者が、先祖が封印した堕天使が再びこの地に復活することがないよう、祠の上に屋敷を建てて監視をしていたと……」

「その通りだ。が、今から十年前にこの町の長者が病死したことで、強大な霊力を持つ、由緒ある退治屋家業が絶たれてしまった。俺は、長者の跡を継いで、祠の管理をしている。堕天使の封印が解けてしまうと、堕天使が保有する強大な力が暴発し、地球が消滅しかねない。

 祠の管理人として堕天使を監視する役目と、全人類の命、そしてこの地球の命が俺の肩にかかっている。最悪の事態を避けるためにも、堕天使の封印は解いてはならないんだ。なにがなんでも、絶対にな」

 慎重に言葉を選びながらの、祠の管理人さんからの返答は、人助けとは言え、堕天使の封印を解いてしまったまりんに釘を刺しているようで、本格的に動揺させた。

「さっき、ここであの美少年と対峙していた時のことだ。微かだが、誰かが祠に侵入する気配を感じた。まさか……君じゃないだろうな?」

 まりんを不審そうに凝視する祠の管理人さんの目が、ますます鋭さを帯びる。明らかに、まりんを疑っている。堕天の力で以て、目深に被るフード越しから男の様子を窺うまりんは、返答しなかった。

 祠の管理人と名乗るこの人に、嘘は通用しない。それならいっそのこと、本当のことを白状するべきか。

 いいえ……それはさすがにまずいわね。私に疑いの目を向ける彼に、本当のことを打ち明けたらどうなるか……きっと、重罪人扱いされて、さっきの少年達のような運命を辿ることになるわ。まりんにとっては不利的この状況をどう打開するか。一体どうしたら……考えろ、考えろ!

「そのことに関しましては……」

 突如として、若い男の声が聞こえたのは、この状況を打開しようとまりんが、頭をフル回転させた時だった。

「申し訳ございません。当方、たまたま祠を見つけて、興味本位から事情も知らずに侵入してしまいました。あなたが僅かな気配を感じ取ったのはきっと、その時のものでしょう」

 ファー付のフードを目深に被り、白いパンツにダッフルコートを着込んだ青年が、気取った足取りで悠々とまりんの脇を通り過ぎ、祠の管理人さんの前に進み出る。

「理由はどうであれ、あなたが管理をする祠に、無断で足を踏み入れてしまった……この私も、重罪人になってしまうのでしょうか?」

「祠の中を、荒らしていれば……な」

 祠の管理人さんは素っ気なくそう返答すると、徐に体の向きを変える。

「どちらへ行かれるのです?」

「今から祠へ行って、確かめて来る。すぐ戻ってくるから、絶対にここを動くなよ」

 気取った口調で問いかけた青年を一瞥しながら、祠の管理人さんは返答すると鋭い口調で釘を刺し、宙を飛んだ。

「承知しました。気をつけて、行ってらっしゃいませ」

 地を強く蹴り、体を浮かせてそのまま飛び去って行った祠の管理人さんに向けて返事をした青年。二人のやりとりがまるで、大きな屋敷に住む大富豪の主人と、忠実な執事を彷彿させ、まりんのオタク心をくすぐったのだった。

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