青年飢鬼

@mexie123

第一話 悪夢

「ピピピピッピピピピッ。ピピピピピ…」




「う、ぅーん…うっせ…」




朝、目が覚めて耳障りなデジタル時計のアラームを消し、ベッドから起き上がる。


春なのにジメジメとしていて少し嫌気がさす。飛びまくっている寝癖を手ぐしでとき、キッチンに向かう。




「今日は全国的に晴れる見込みです。ただ、一部の地域では午後に雨やくもりが続き、ジメジメとした一日にーー」




何故かついていたテレビを消し、食パン1枚の上にバターを塗り、トースターに入れ、ツマミを回す。




「制服…制服…はぁ…着替えんのダリィよ…」




ため息をつきながら制服に着替える。




「ジジジジジジ…チーン」




トースターが高い音を鳴らした。焼きあがったトーストにかじりつき、食べ終わり、カバンを背負う。


「ピンポーン」


「はぁーい!」


インターフォンに答え外に出る。


「おーはよっ!あっ。シン?寝癖ついてるよ?」


こいつは桜ミユキ幼馴染の1人で俺と仲がいい。マンションなのにわざわざ迎えに来てくれるとはご丁寧なこった。


「え?さっき軽くといたんだけどな…」


俺は八村シン。両親が事故でなくなり叔母さんと暮らしていたが叔母さんも病気で死去。結局1人で暮らすことになった。


「ちゃんとやったの?それ。まっ、いいや。行こ」


ミユキが俺のことを覗き込み振り返って先にスタスタと歩いていった。




「そう言っても俺の自転車だろーが…」




俺たち2人は”俺”の自転車に2人で乗り通学している。クラスメイトから冷やかされることも多いがそういう関係ではない。


先頭を歩くミユキについて行きミユキが俺の自転車に座った。




「ほれほれーっ。早く〜早く〜。」




自転車に乗ったミユキがそう急かしてくる。ぴょんぴょんと跳ねるミユキに連動するかのようにミユキの髪がふさふさと揺れ、胸が僅かに動く。




「なんでお前が先座るんだよ…まぁいいけどさ…。」




俺も続いて自転車に乗り、駐輪場を出る。ミユキが俺の肩にしがみつき少しドキッとする。毎日していることなのに、何故か今日だけ。流れる風、揺れる髪。ふんわりと浮くミユキの髪は透き通る程に綺麗だった。




「…シンはさ。私の事…どう思ってるの?」




無言で走っているとミユキが気まずそうに口を開いた。


今までミユキにこんな質問されたことなんてない。仲のいい幼馴染で友達。そんな認識だった。けどこのことを直接言ったらミユキが傷つきそうでとても言えない。




「…友達?守りたい人的な?その…気持ちがさどこから出てんのか知らないけど、”男”として…?女守ってやらないとカッコつかないし…?そ、そんな感じ。」




思いがけないことを言ってしまった。絶対言うこと間違えた。少し早口になってしまったし、訂正なんて出来やしない。グッ…と胸の中に何かが来る。




「…ぁ、そう…?」




ミユキがガッカリして気まずそうに小声で言った。正直なんて言えばよかったのか分からない。そんな自分に腹が立つ。




学校に着いた。”いつも通り”自転車を置き、”いつも通り”昇降口から教室に行く。上履きを履き、ミユキと2人で並んで歩く。すれ違う人はいつも気まずそうにする。そんな関係じゃないのに。




「おはよーっ。シン」




そう声をかけてきたのは、俺の親友の南カイト。ミユキと同じく幼馴染だ。イケメン。成績優秀。スポーツ万能。絵に書いたようなかっこいいが充実してる、いわゆる完璧人間パーフェクトヒューマンだ。その隣にいるのは富山ナナ。こいつも幼馴染でクラス男子から好かれている。言うところ、クラスのマドンナだ。




「おはよー。てか、この前ニュースにカイトの親父さん出てたよな。あれどうしたんだよ。」




俺が頬杖をつきながらカイトに聞く。カイトは困ったような表情をしたが、後にいつも通り爽やかな顔に戻り俺に優しく言った。




「あぁ。あれか?仕事関係で忙しいらしいよ。なんてっても国のために動いてんだから。」




何か深いわけがありそうに感じた。けど何も言わなかった。これ以上言ったらいけないような気がした。




「シンってさ。飢鬼ガッキって知ってる?」




ナナが口を開いた。飢鬼ガッキなんて言葉初めて聞いた。楽器 の発音じゃなかったからそれがわかった。




「ガッキ?なんだよそれ。」




キョトンとした顔で俺が質問する。




「ガッキって言うのは──」




ピンポンパーンポーン───




ナナが口を開いた瞬間、放送のチャイムが鳴り響く。




「緊急放送、緊急放送。校内に不審者が侵入しました。生徒の皆さんは直ちに訓練通り動いてください。繰り返し──」




青ざめた声で職員が放送で声を流す。しかし、途中で放送は途切れ、そのまま グシャッっと何か潰れるような音がした。クラスの人達は全員黙り、硬直する。


──グシャッ、バリバリ…二チャグシャッ…




「──…と、とりあえず!し、指示通り動こう…か」




カイトが震えた声でみんなに言った。いつもなら冷静沈着なカイト。こんなに震えた声は初めて聞いた。




スタスタ…と足音が聞こえる。静かな教室。廊下。学校全体が静かで響き渡るのは足音と悲鳴とあのグロテスクな音だけ。




ドアを机や椅子で塞ぎ、窓を全部閉め、窓に新聞を貼る。




スタスタスタスタ…スタスタスタスタスタスタ…


足音がだんだんと近づいてくる。




やばい…嫌な予感がする…。か、隠れなきゃ…


そう咄嗟とっさに思い、俺は掃除用ロッカーに隠れる。


それを見たミユキやカイト、ナナも隠れる。ロッカーに隠れていたのでどこに隠れたのかは分からなかったが、掃除用ロッカーの穴からかすかに見えたので隠れたのはわかった。




ガチャガチャ…ガチャガチャガチャ…


ドンドンドンドン!




「うーん…閉まってる。どーしよっかなー。これじゃせっかく来たのに喰えないじゃん。」




廊下から声が聞こえる。誰?足音の正体…不審者…?食う?俺たちを?何言ってんだよ…。だんだんと恐怖心に煽られ、身体が震え、汗が止まらなくなる。


──その時。




ドォーン!!




と何かが崩れる音がしたと思ったら教室から悲鳴が上がる。隙間からかすかに見える教室の風景。見たくなくても見ることしかできない。目が開いたまま、地獄のような風景を眺めた。何が起こったのか分からない。赤い何かが教室中で暴れ狂う。


さっきまで生き生きしていたクラスメイトの肉がほつれ、血飛沫が飛ぶ。


少し前にテレビの特番でやっていたマグロの解体ショーのように、肉が綺麗に分かれ目玉が飛び散る。


まだ残っていた、赤い液体だらけの1人が俺のいるロッカーに走ってくる。




──ドンッ!




はぁはぁ…呼吸が荒くなってくる。息が苦しい。


目の前にいた人は消え、ドサッという音がした。




──赤い何かはいつの間にか消え、教室が地獄と化していた。




ロッカーを開ける。扉が重い。グッと力を入れ下を向くとさっき走ってきた人がいた。いや…人じゃない。原型を留めていない。それを乗り越え、血まみれの床に足をつける。そのうち、隠れていたミユキやカイト、ナナが生きていたことに安心


──出来なかった。教室に散らばる死体と肉片。血まみれの床。今までの平凡な風景が頭によぎり、頭がかち割れそうに痛くなる。同時に吐き気と目眩が俺を襲う。




「やべ…吐きそう…」




小声で俺がつぶやき、トイレに向かう。




水洗音でさえ頭に響く。まだ目眩がする。鏡に映る自分を眺める。死んだような目と飛びまくった寝癖


ふらつきながら廊下を歩く。




──スタ…スタ…スタ、スタ…




階段の方から足音…?真後ろ…?!


重たい体で走ろうとする。しかし、ふらつき、目眩がし廊下が目まぐるしく回る。そのまま身体が崩れ落ち、顎を強打する。


後ろに振り返り、死を悟る。




「はぁ…そんなに怖がんなくて大丈夫だよっ!君のためにご褒美プレゼントしに来たんだ!ミユキちゃんにもよく上げてたよね。君。プレゼント好きでしょ?それを、僕からあげるだけ!」




なんだ…こいつ。言ってた不審者…じゃないのか…?いやこんな地獄絵図で明るい話し方できる面では不審者だけどな。




「だ、誰…?」




声にならなそうでなりそうな微妙な声で俺が言う。




「名前?僕の名前はロームって言うんだ。よろしくっ!長い付き合いになると思うから言っとくね!それと、さっき言ったプレゼント。注射してあげる〜。」




なんだよこいつ。話が一方通行すぎるだろ…てか注射…?やば、変な薬とかだったらどうすんだよ!に、逃げないと…。




──チクッと痛みがしたと思うと、今までしていた目眩や頭痛が全部治まった。














どこだ…ここ…。暗い…明かりは?……ない。


はぁはぁ…息が荒くなってきた…。誰かの声がする…




「シンってほんと可哀想だよねーっ」




「ほんとほんと!親がみーんな死んじゃって。」




「しかも、事故で!不幸だねー。アンラッキーボーイ!」




「アンラッキー!アンラッキー!アンラッキー!」




なんだよ…うるさい…うるさい…うるさい…。うるさいうるさいうるさい…。うるさい!




「あぁ〜まーた怒ってる。短気ー。」




黙れよ…黙れ…黙れ…黙れ…




「は?ブスが何言ってんだよバーカ。」




「ほんとそれな!早くいなくなった方がいいんじゃない?」




「親もいないし、お金もない。これじゃミユキちゃんから好かれないね〜。残念!ハハハ!人生負け犬だね!」




俺は負け犬じゃない…負け犬…じゃない…




「証拠見せろよ。あんのか?証拠。」




なら…お前らが俺を負け犬だって罵る証拠から先に言えよ!




「は?図々しく喋んなよ負け犬。」




ぐぁっ?!痛い…殴られてない…のに…ア゛ぁ゛!


や…やめろよ…はぁはぁ……痛いって…




「やめるわけないだろ?消えろよ。」




あぁ!うるせぇ!黙っとけよ!お前らに俺の痛みなんてわかんないのに!その痛みをさらに痛くしようとして!バカ…バカバカ…バカ、バカバカバカ……バカバカバカバカバカバカバカ…!バカ!


消えろ…消えろ……消えろ、消えろ…消えろ消えろ消えろ…消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!全員消えろ!目障りなヤツら、全員!




「残念。消えれません。お前の方が消えとけ。てかあの時クラスメイトと一緒に死んでたら楽だったんじゃない?」




「じゃ、俺らが楽にしてあげないとな!オラッ!」




ア゛!グフゥ゛!!はぁはぁ…ア゛ァァ゛!痛い…痛い…やめて…痛い…助けて…助けて…ア゛ァ゛ァァ゛ァァ゛ァァァ゛!!ァ゛…




「あーあ、死んじゃった。シンだけに?あっははははははは!」
































暗い場所から抜け出したかと思うと、あいつが俺のことを覗き込み、言った。




「おめでとう。今日から君は飢鬼だ。」

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