第12話 大図書館の大樹
そこは『図書館』というよりは少々奇抜なデザインの競技場のように見えた。
卵の殻を斜めにすぱっと切ったものを地面に埋めたような……というと伝わるだろうか。いや伝わんないか。
繭のようなドーム状で、入り口は大きく広い。そんでもって綠がたくさんだ。
「ぶきをもったひとがたくさんいるのね」
「それほど大事な場所ということだ。少し待っていろ。入場の許可をもらってくる」
そう言うと、ティウル先生は一人で入り口へと向かう。
まあ、確かに知識ってのがどれほど大事かは現代社会に生きていた私にはよーくわかる。
でも変だなー。図書館にしては来館者の姿が一切見えないし、えらく厳重な警備体制をしいている。もしかして、一般開放はされてないのかな?
よく見れば、隣のニコラスまでもギクシャクしていた。
「ニコラス、きんちょうしてるの?」
「そんなこと……! ……いえ、ほんとは緊張してます」
ニコラスは一瞬、虚勢を張ろうとしたみたいだけどすぐに認めた。
素直なやつめ。
「ただのとしょかんでしょ。おしろのとしょしつがちょっとおおきくなったようなものじゃない」
「ぜんせん違いますよ! ここは──」
「ニコラス、あまり大きな声を出してはいかん」
ティウル先生に睨まれて、ニコラスは慌てて自分で自分の口をふさいだ。
それからティウル先生は入り口の警備に何やら書面のようなものを見せて二言、三言言葉を交わすとやっと中に入ることを許可された。
訪問してきたのが氏族の長に加えて魔王の娘であっても顔パスなんてことはないらしい。本当に厳重な警備だ。
ドームの中はほとんど仕切りのない空間が広がっていた。
建物の中だというのにやたら綠が多いのも特徴的だった。
大図書館というよりは屋内庭園って感じだ。
「みて、ニコラス! でっかいむし! くわがたかしら? なんかこうツノのかんじがしんきんかんをおぼえるわね」
「アリステル様、よく触れますね……」
「なによ、べつにかみついたりしないわよ。ほら、ニコラスも」
「ひいっ! 顔に近づけないでください!」
ニコラスってばリアクションがいちいち可愛いからついイジワルしたくなっちゃうのよねー。
「それにしても、ふしぎなとこね。むしはいるけど、ぜんぜん“ほん”がないし」
私がそう言うと、ニコラスもティウル先生も少し驚いた様子だった。
「……そうか。姫様は大図書館の役割を知らなかったのだな」
「としょかんのやくわり? ほんをかしかりするんじゃないの?」
「どう説明したものか……」
どうやら私は大きな勘違いをしているらしい。
だけどティウル先生もニコラスもどう説明したものか、少し考えあぐねているみたいだった。
その時だった。
「でしたら、実際に見てみるのはいかがですか?」
そう言いながらやってきたのは
長身で色白、線の細いザ・美形って感じの容姿に青みがかった銀髪を肩より少し上で切りそろえたおかっぱがちょっとアンバランスだ。そのサラサラの髪からぴょこんと飛び出ている尖った大きな耳はまさに長耳族の特徴だった。
「申し遅れました。わたしはイルミナ様の補佐官を務めております、スウェル=ヌンディです」
そう言うと、スウェルさんは片膝をついて礼をする。
一応、目上に対する正式な礼の仕方だけど、式典や儀礼の場くらいでしかやらないのが常だ。
魔族ってみんなわりと脳筋──じゃなくて、実力主義なところがあるから生まれの身分にはそれほど頓着しないヒトが多いのだ。
「ティウル様、そしてご見学を希望されているアリステル殿下、ニコラス殿ですね」
あれ? 見学?
なんか話違わない?
「あの、おとうさま……じゃなくて、まおうへいかからしょじょうをおとどけするよういわれたんですけど」
「書状ですか……? 一応拝見いたします」
スウェルさんは受け取った書状に目を通すと、小さく笑って言った。
「これは姫様とニコラス殿が見学を希望する旨の申請書ですね」
なんと。すべてお父様のはからいだったわけだ。
まんまと騙されてしまった。
帰ったら仕返しに膝に乗ってお仕事の邪魔してやろう。ついでに肩も叩いてやる。
「どうぞこちらへ。イルミナ様の元へご案内します」
促されるまま私たちは道なりに建物の奥へと進んでいく。
よく見ると壁一面に何やら宝石のようなものが無数に埋め込まれている。それらがときおり淡く光ると白い貫頭衣を来たヒトたちが近づいていってそれを撫でたり磨いたりするのだ。
「ねえ、あれってなにをしているの?」
「“声”を聞いてるのですよ」
「こえ……?」
「『死者の声』です。我らはそれを筆記し保管することを仕事としています」
ますますわからん。
『死者の声』ってなんじゃ。そもそもあの宝石みたいな代物はなんなんだ。
私は答えの続きを求めて見上げる。だけどスウェルさんはクスリと笑うだけで教えてくれない。
おのれ、さてはこのおかっぱ性格悪いな?
とかなんとかやっていると、私たちは『大図書館』の最奥と思われる場所にやってきた。
そこは他より少し高い丘のような場所で、頂上には一本の樹が生えていた。
しかもその樹、幹はもちろん枝から葉の一枚一枚までキラキラと輝いてるのだ。
「なにあれ! ひかってるんですけど!」
「あれは『大樹』の若木です」
「たいじゅって、おおむかしここにあったっていうかみさまのきのこと?」
「『大樹』は邪神との戦いで断ち折れてしまったが、残った部分から新しい芽が生えてきたのだ。我々魔族は若木を守るためこの地に都市を築いた。そう、いつか天へと帰るために……」
「てんに、かえる……?」
ティウル先生の言葉には、私が想像したものとは違った雰囲気を感じたのは気のせいだろうか。
うーん……ま、いいや。
とりあえず今はあのでっかい樹をもうちょっと近くで見てみたい。
「ニコラス、いってみましょう!」
「あ、待ってくださいアリステル様!」
私はダッシュで丘を駆け上がる。
あれ? 意外と急勾配だ。
ちょっとこれは、五歳の足には厳しいのではないだろうか。
「ニコラス! すとっぷ!」
「は、はい! なんでしょう?」
「おんぶ」
「……はい?」
「わたしをおんぶしてちょうじょうまではこびなさい! じゅーしゃでしょ」
「ええええ!?」
てなわけで私はニコラスの背中にドッキングすることになった。
お姫様という立場を利用して、少年に言うこと聞かせてしまった……。なんかちょっと悪いことしてるみたいでドキドキするな。やばい。クセになりそう。
「おー、ニコラスはやいはやーい!」
「あ、アリステル様、あまり動かないでください!」
さすがは獣人族。私一人くらい担いでもへっちゃららしく身軽に丘を登っていく。
なかなか頼もしいじゃないか。
そうして丘の頂上にたどり着いた私たちの前に光る樹がそびえ立っている。
太さはおよそお父様三人分ってとこ。高さにいたってはお父さま十人分くらいだろうか。
どうやら天井に開いた穴から差し込む太陽の光を受けて輝いているらしい。
近くで見るとさらに神秘的な光景だ。
なにせ、根元には妖精と見紛う美女が死んだように横たわっていたんだから──
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