第3話 旅に出ます
みっちりきっちりお父さまのお説教をいただいて、自分の部屋に戻る頃にはすっかり日が暮れていた。
「あう〜……づがれだぁ……」
ぽてっとベッドに倒れこむ。
お父さまのお説教は最初は穏やかかつ理性的に始まって、途中からお母さまがいかに素晴らしい女性だったかどれほど私のことを愛していたかの話になり、最終的に亡き妻へ捧げる愛の詩を延々と聞かされることになるので精神的にキツいのだ。
「その様子では、会議乱入は上手くいかんかったようじゃのう」
ベッドに突っ伏す私の頭頂部に向けて、そんな言葉が投げかけられる。
顔を上げると、ちょうど目線の高さくらいに奇妙な生き物がいた。
青黒いゼリーみたいな半透明で形はアメフラシと蛇を組み合わせて足と羽を生やしたような生物。ちょっとキモい。
どう見ても知性なんか持ち合わせてなさそうだけど、間違いなく私にしゃべりかけたのはこいつだ。
「りっくん、いたんだ」
「いるにきまっておろう。妾はそなたに取り憑いておるのじゃからのう」
「そんなこと言って、会議には来なかったくせに」
「あそこに妾は入れんのじゃ。そういう決まりになっておる」
こうやって時折りなんだかよくわからない理屈を言うこの謎生物は、私がとある遺跡で見つけた。
本名はリーズなんとか言ったと思う。言いにくいのでりっくんと呼んでいる。最初はへっくんにしようと思ってたのだけど「可愛くない」と本人が断固拒否した。なんとメスらしい。
遺跡に封印されていたのを私が助けてあげて以来、こうして懐いてくっついているのだ。
「何が『助けた』じゃ。そなたが遺跡を丸ごと吹き飛ばしたのじゃろう。妾は静かに寝ておったのに」
「ちょっと、心を読まないでよ」
「読んだのではない。勝手に伝わってくるのじゃ」
開発中の魔法を試してみたら、ちょこっと地面に大穴が空いちゃってそこからりっくんが出て来た。
だけど人的被害はなかったわけだし、ちゃんと埋め直したから結果として問題ナシと言えるはずだ。
そんな不慮の事故の後、この謎生物にずっと付きまとわれている。最初は小山くらいの大きさだったけど謎の技術で小さくなって、こうして私の肩や頭の上を定位置にしている。私以外の誰かがいるところでは姿を隠しているし、取り憑かれていると言ってもとくに害はない。それにこうして話し相手になってくれるのでそのままにしている。なんか私と繋がってるらしくて、ちょくちょく思っていることが伝わってしまうのが難点だけど。
「この地を束ねる長たちが、十二になったばかりの小娘の言うことなんぞ聞くわけないじゃろう」
「わかってるわよ、そんなの。だけどどんな意見でもとりあえず口に出して伝えておいた方がいいじゃない。言ってないことは無いものと同じなんだから」
「無いものと同じか……またあれか。前世の経験とかいうやつか」
「そうよ」
私は短く答える。
この感覚ばかりはいくら口で説明しても、心を読んでも正確には伝わらないだろう。
だってそれは“ここではない別の世界”で、私自身が生きて、感じて、学んだことだから。
「人間と戦うなんて私もいきなり意見が通るとは思ってないわよ。だけど、もう一度くらいは主張しておこうと思ったのよ。ここを出る前にね」
「……やはり行くつもりか『人間の国』へ」
「ええ、もちろん」
そのための準備は整えてきた。
十五歳まで通う学院を飛び級して十二歳で卒業した。
この見た目を隠すための方法も見つけた。
本を読んだり旅商人に話を聞いたりして可能な限り『人間の国』についての情報を得た。
他にもいろいろと道具を揃えたが、最終的には実践あるのみだ。
人間の国に行く。
そして私と私の国を脅かす『勇者』を倒す。
「やれやれ。では、妾も準備せねばのう」
「なんだ。りっくんも来るんだ」
「当然じゃ。妾はそなたに取り憑いておるんじゃからのう」
「そんなこと言って、ほんとは私と離れたくないんでしょ」
「たわけ。妾だってどうせならそなたのような小娘ではなく渋い中年のオスに取り憑きたかったわい」
なんてぶつくさ言いつつ、りっくんは旅の支度をはじめている。
キレイな石とかイイ匂いのする葉っぱとか、お気に入りのアイテムを短い前足(?)で風呂敷に包んでいる。意外に器用だ。
「それにしても長かったわ……」
準備しておいた荷物をベッドの下から引っ張り出すと、思わず溜息がこぼれた。
『打倒勇者』を決意してからおよそ十年。とても長い道のりだった。
これまでの苦労も用意したアイテムもすべてこのカバンの中に詰まっている。
私は思い出を反芻するようにそっとカバンを撫でた。
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