Act4 シーン1 リビングルーム! 不動社長登場


バーガーキングの告白の後、正気に戻った聡は、ミーナを連れて自宅に向かった。

自宅までの帰りは悲惨だった。聡が知っている範囲で、今の現状(げんじょう)をミーナに伝えると、気が動転した彼女は泣きまくり道に座り込んだ。その度に慰めて歩かせなければいけないのだ。外見が孝雄なのに仕草がかわいいのでかなり目立ち、周りの刺すような目線が気になった。その好奇(こうき)の目から逃れる為、金もないのに結局タクシーで帰らなければならなかった。落ち込んだミーナを部屋に置いて、リビングルームへ行くと、約束通り、仕事を抜けて駆け付けた健一郎が待っていた。

「話は聞いたぞ! で孝雄君は? いやミーナちゃんは?」 

「俺の部屋で泣いてるよ。父さん間違いないよ。あの付箋のコーラでこうなったんだ」

「本当に孝雄君は、孝雄君じゃあないんだな」

「ああ、間違いないよ。何度(なんど)も確かめたんだ。彼女は間違いなくフローレンのミーナちゃんだ」 

「どうしよう。初の人体実験がトップアイドルと一般の大学生なんて、ばれたら大変なことになる」

健一郎が頭を抱えていると、そこに小柄で可愛らしい大学を卒業したばかりの聡と同年代の女が駆け込んできた。

「チーフぅ! すみません遅れました」

「おそいよ、川上君! もっと早く来てくれよ! 大変なんだから!」 

「すみません」

いつも母には滅法(めっぽう)弱いクセに、部下に強気な父を見て聡は少し驚いた。

「こいつは! 息子の聡だ!」

「はじめまして」

「こちらこそぉはじめましてぇ。わー、息子さんかっこいいじゃあないですかぁ、チーフぅ」

喋(しゃ)りの間に小さな母音が入ってて、天然っぽさが半端ないのだが、この雰囲気はおじさんウケは絶対に良い。

「まあ、俺の息子だからな! というかそれどころじゃあないだろ!」

「はぁ」

川上は本当におっとりした性格なのだ。 

「はぁ? じゃあないよ! 事は重大だよ。ここは俺達三人で全てを乗り切るしかない」

「えぇ? 社長に報告しましたけどぉ」 

「社長? なんで? 川上! なんで社長に報告した?」

「いやぁ、だってぇ実験が成功したら一番に社長に報告しようってぇ! いつもいってたじゃあないですかぁ? 実験成功おめでとうございまぁす」

健一郎は顔をしかめた。 川上は拍手でもしそうな勢いでトコトコ走り寄り、かわいい笑顔を健一郎に向けた。彼女は天真爛漫(てんしんらんまん)である。

「か・わ・か・み君、馬鹿かおまえは、この研究が、芸能人という媒体から急速に世間に知れ渡ったら、俺達のチーム全員、世の中から抹殺されるぞ。 すぐに電話して間違いだったと報告するんだ。 分かったな」

「えぇ?」

「えぇ? じゃあないだろう! 早く!」

「はい! チーフ分かりましたぁ」

川上は困った顔で首をかしげると、携帯を取り出してさっそく電話をかけ始めた。 

「あぁ、もしもしぃ、社長ですかぁ? あの先ほどの報告の件なんですがぁ? はいぃ、実はぁ、あの研究なんですがぁ。まだですね」

川上の喋り方で判断すると、話は順調?に進んでいるようで、親子二人は安堵(あんど)の表情をした。しかし、その瞬間川上は苦しそうに身体をくねらせた。

「はいぃ? 今いらっしゃるぅ? ここにぃ? お忍びでぇ――」

「そうそうそうお忍びで失礼するよ」

そこに、60代の金持ちオーラ満載の初老のヒゲの大男が、スマホ片手に入ってきた。貫禄のある響く声と、腕にまぶしく光る、庶民が見たこともないであろう高級時計が、只者ではない感じを醸(かも)し出していた。

「不動社長!」

すこぶる機嫌が良い大男はペッパーダイン製薬代表取締役社長の不動頼政(ふどうよりまさ)だった。 今まで小さくて天然な部下に威張っていた健一郎が、急にペコペコしだして焦(あせ)っていた 

「天野君! いやー天野様だ! 家の鍵かけとけよ。危ないじゃあないかー」 

「すみません。あの、実は、、、」

残念ながら彼は嘘をつくのが下手で、社会的な強者(つわもの)にモジモジしていた。 

「そんなことより! なんてすごいことをやってくれたんだ。 やった。 やったぞー。まさしく君は天才! おれは君がやると思ってたんだよ! はっはっは!」

不動社長は勢いよく健一郎を褒(ほ)め称えて、その瞬間、自身の失態を言い出すタイミングを完全に失った。

「チーフぅ」

川上は『言わないと!』という視線を投げかけているのだが、当の親父はまだオロオロしたままだった。

「ああ、、、社長。実は」

「ん?」

社長は健一郎が喜んでないので不思議そうに反応した。

「そのー、薬はできたんですが、、、」

「じゃあいいじゃないか!」 

不動は低い声でハッハッハと社長らしく笑い「で、誰で実験したんだ。 早く連れてきなさい」と聡を見つめた。

「君と誰かが入れ替わったのか? ん?」

喋りかけられた聡は、権力に弱い父親を睨(にら)みつけた。

「いや、あの、おい孝雄君を呼んでこい!」

健一郎は、偉そうに聡に指示して「ミーナ」を呼びに行かせた。

そしてクルリと反転すると同時に態度を服従モードに一変させ「あの、社長、何があっても驚かないでくださいね」と丁寧に念をおそうとすると、 

「馬鹿言っちゃいけないよ! 驚いてるよ! 天野君! 何言ってんだ。これだけの大発明を驚き無しで見れるわけないだろう!」

「いや――」

健一郎は何か言おうとしたが言葉にならなかった。

「なあ川上君、君だって驚いただろう、凄かったもんな! 君からの電話、

「社長やりましたぁー」ってぇ! ほら買ってきたぞ! いやー! 何買っていいのか分からなくてな、ほら! 結局「虎屋」の羊羹だ! すごいだろ! デカイだろ ほら見てみろ!」

とにかく不動社長の喜びは止まらない!

「すみません、ごめんなさい! 私うかれちゃって」

「ん? なんで?」

不動社長が不思議そうに川上を見つめていると、聡と項垂(うなだ)れている「ミーナ」が入ってきた。

「連れてきたよ」と聡がいうと「で、この男と? もう1人は誰だ?」と不動社長は不思議そうに見回した。

「私、男じゃあないわ」

「ミーナ」はソッポを向いた。

「ん? まさか男と女を入れ替えたのか? 大胆だなー。天野君は!」

不動は、実験が成功したことに頭がいっぱいで、ミーナの心が傷ついていることなど気づきもしなかった。 そして、健一郎はそのことを社長にビシッと報告することができず、何気なく曖昧(あいまい)にスルーした。 質問の受け手がいなくなった不動は仕方なく川上に話しかけた。

「で、すまん。で、もう一人は奥にいるのか? もう1人は誰なんだい。早く教えてくれよー、川上君」

川上も何も言えそうになかった。苦しそうなリアクションが痛々しく見えた。 社長以外の空気がだんだん重くなった。

「だいたい社長をこんなにじらしていいのか? こら川上! ボーナス減らしちゃうぞ!」

この不動という人間は、生まれつき自分中心に世界が回っていると思ってるスーパーポジティブな人で「空気を読む」と言うことができない人だ。

健一郎の働いているペッパーダイン製薬会社は、歴史ある不動一族が経営している大企業なのだ。不動は銀の匙(さじ)をくわえて生まれてきた超セレブ社長なのだ。

「はいぃ」と川上は困って下を向いた。

不動社長は返事がないのを気に止めるようでなく、あらためて聡と孝雄を見て、

「そういえば! 見たことない二人だが、、、新入社員か? んー? 天野君、

機密保持の点では大丈夫かね?」と続けた。

「いや」

父、健一郎は、相変わらず雇用主様(こようぬしさま)に対して上手く喋れずにもがいていた。

そもそも彼は優秀な研究者だが、人と上手に交渉することは得意としていなかった。 

順子との口喧嘩で勝ったことなど一回もなかった。

「君たち? 何年入社だ? もちろん君達は社員なんだよな?」

不動は「ミーナ」と聡に交互に聞きはじめた。

「あのーぉ社長ぉ、こちらが聡さんで天野さんの息子さんですぅ、でこちらは聡さんの友達の孝雄さんです」

川上は不動社長に二人の外見(がいけん)を基(もと)に紹介した。 

「なに? 社員じゃあなくて息子とその友達で実験したのか? 天野君? 聞いてないぞ!」

流石の不動も驚きの声をあげた。 

「すいません。偶然だったんです。息子の友達が実験中のサンプルを飲んでしまって、ほんとうにすいません」

「すいませんって、なんで重要なサンプルを、なぜ息子のところに置いといたんだ。どういうことだ! 説明しなさい! 天野君!」

やっと不動が浮かれるのをやめ説教した。健一郎はうつむき、そして黙り込んだ。

自宅に研究室を作るほど研究熱心な父だったが、研究以外は、無頓着なところがあった。

「あのーぉ。 本人が言われないようなんでぇ、私が!」

「なんだね!」

不動は興奮気味に川上を見つめた。

「川上君!」 

健一郎は、それ以上何も言えなかった。

「天野チーフの奥さんはぁ、ライバル社のノートリアス製薬を経営されていますぅ、だからぁ、奥さんに見つからないようにぃと」

「ノートリアス製薬? 奥さんが経営? あのクソ社長がおまえの妻なのか? 、、、でも名前は天野じゃあないだろ、確か上野?」

もちろん不動社長は、急成長した新参者のノートリアス製薬のことは心良く思っていない。ヘッドハンティングで技術者が引き抜かれたことも知っていた。

「妻は旧姓の上野で通してまして」

「おまえ! そんな事まったく会社に報告してないじゃあないか!」

「すんません! 大きな問題になると思ったもんですから、、、でも社長! 妻に情報が流出したということは絶対にありません」

健一郎は萎縮(いしゅく)しながらも必死で弁解した。

「本当か?」

「本当です。今回も念のために息子の冷蔵庫にサンプルを保管していただけでして」

不動は、ジロリと健一郎を見ると深く考え込んだ。

「分かった。とにかく実験さえ成功ならば大丈夫だ。で! もう一人は誰なんだ?」

幸いな事に不動は開発成功に酔いしれてそれ以上の追求をやめた。だがミーナは納得できなかった。

「だから! もう1人は私よ! フローレンのミーナと、この、毛むくじゃらな吉村孝雄が入れ替わったのよ。分かる? なんとかしてよ! あんた社長でしょ!」

いきなり、大企業の社長に、「ミーナ」がキレて詰め寄ったので、周りがシーンとなってしまい誰も反応ができなかった。 さぞかし腹を立てている事だろうと、「ミーナ」以外の全員が恐る恐る社長の顔を確かめると、「ん? フローレンってなんなんだ?」と天然のおじさんクオリティで川上に問いかけた。

「女の子3人のアイドルグループでぇ、オタクに絶大な人気がありぃ、メンバーはミーナとララとサキでぇ、そのミーナさんがここに」

「へぇ? 売れてるんだ?」

川上が焦りながら説明したが、不動は太々(ふてぶて)しく首をひねったのでミーナが吠(ほ)えた

「何言ってるのよ! 売れてるにきまってるでしょ。超人気グループよ」

「社長、うちの息子も実はミーナちゃんのファンでして」

「え? これの?」

健一郎が急いでフォローしたが、不動は何も考えずに「外見だけ」の感想を言った。

「あの、実際はもっとかわいく――」

再度、健一郎が説明しようとしたが、再度ミーナがブチギレた。

「これの? これのって何? なんなのよこの能天気なオヤジ? 信じられないわ? だいたいね、こんな恐ろしいことやって何の罪の意識もないなんて最低だわ! 私はね、あんた達の実験の犠牲者なのよ。このままずっとこの不細工な男で終るかもしれない私の気持ち分かる! 戻らなかったらあんた達のせいだからね。 聞いてるのおじさん!」

「おじさん、、、 俺が?」

「はい、確かに社長のことを「おじさん」と言いましたぁ」

川上はそのまま復唱したが、浮世離れした不動は「おじさん」と呼ばれる

ことが無いのだろう。

「おじさんか、まあいいや、確かに年はとってるしな。おじさんか?」

「社長傷つかないでくださいぃ!」

いじけた様に「おじさん」と繰り返す不動に、川上はようやく慰めの言葉をかけると、単純な社長はすぐに復活した。 

「あのーフローレンの、誰?」

「ミーナさんですう!」

「えー、ミーナさん。この私が責任を持って元に戻すから安心して! そしてくれぐれも内密に―」

「名前も覚えきれない人なんて信用できないわ!」

「ミーナちゃん」と聡がなだめようかしたが、言葉が続かない。

 不動は、苦労をしたことがないうえ、リアル貴族のような育ち方をしたので、本当に今の「ミーナ」の心が理解できない。なので、何の悪い感情も無いのだが、それが逆に裏目に出ているとしか言いようが無いのだ。

「信用できない? ちょっと待っててね!」

不動社長は、健一郎の肩に手をのせ、部屋の端に歩きながら小声で確認しはじめた。

「天野君! ちゃんと元に戻るよな?」

「はい」

健一郎は小声で苦しそうに返事した。

「ほら! 戻るといってるじゃあないか!」

振り向き様に、不動はドヤ顔を「ミーナ」に向けたが、それを不安そうに見ていた健一郎が再度口を挟んだ。

「ただ、入れ替わってから24時間以内になります」

「は?」

不動は口をぽかんと開けた。

「24時間以内にもう一度目を合わせて握手さえすれば! 戻ると思います」

「思います?」

「ミーナ」の顔色が変わった。

「握手をしなかった場合は?」

社長がたたみかけて質問した。

「24時間以内に握手をしないと、そのまま気持ちが身体に定着して二度ともどれないようになります」

健一郎は目をつぶりながら申し訳なさそうに叫んだ。

「24時間か?」

不動は眉間にシワを寄せて腕組みした。ようやく彼なりに真剣に考え始めた。

「あとぉ、ミーナさんは誰とも握手をしないでください。あと目線とぉ呼吸もお願いします、このままどんどん入れ替わりが広がっていくと大変なことになりますので!」

川上が補足で「ミーナ」に説明した。

「いこ! 聡君!」

「どこに」

聡は対応に困り躊躇(ちゅうちょ)した。川上も困った顔でミーナを見つめた。

「そうよ? どこにぃ?」

「とりあえずトイレよ! おしっこがしたいわ、聡君!この下半身のふざけたもの触りたくないの。取り出してくれる」 

「ミーナ」は勢いよく股間の未知のモノを指さした。聡は、失望の悲しい眼差しを、何もしてくれない父に向けながら、「ミーナ」の後ろを追いかけて行った。


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