Act3 シーン2 バーガーキング

ミーナはバーガーキングのテーブル席に座って、まだ会ったことがない聡を待った。もちろん彼女の外見は孝雄なのである。

聡と言う人に電話をした後、駅前を恐る恐る歩いた。いつもなら、すぐにファンが群がってくるので、なるべく帽子や眼鏡で顔を隠して歩いたり、マネージャーにしっかり守ってもらって歩くのだが、今はそんな必要さえもなかった。店のショーウィンドウに映った自分の姿を見ると、その姿はアイドル歌手ではなく、大学生くらいの男の子なのである。「普通」の男の子?いや普通ではなくて、握手会であったララ推しの変な男の顔なのだ。

身体が入れ替わるなんてことがこの世にあるのだろうか?  

そしてこの危機的な状況を誰が信じるのだろうか? 

全てにおいて、謎で不安だった。スマホの履歴で見つけた聡という男に会えば、何か手がかりが掴(つか)めるのではと思った。


おそるおそる聡という男を待っていると、そこにそれらしい男がやってきた。

自分の外見と同じ様な雰囲気の大学生で、あえていうならば「孝雄」という無礼な男よりも、コッチの方がカッコ良く性格も良さそうである。

「孝雄おい! 急いできたんだよ俺! もちろん奢(おご)ってくれるよな」      

「あなたが聡さんなのね?」

「うわー。なんかよく分かんないんだけどさぁ、その遊びやめようよ! 恥ずかしいよ! 他のお客さん見てるし」

「遊んでるわけじゃあないの! 真剣なの!」

体を乗っ取られたミーナとしてはそう言うしかなかった。

聡は、急いで周りのテーブルを見回し声を落としながら、「いったい何が起こったんだよ、なんでオカマなんだよ? 興味があるって俺に一言もいわなかったじゃあないか? 親友なんだろ?」と真剣な顔で聞いてきた。

「私オカマなんかじゃあないわ!」

「は?」

聡は、呆(あき)れているのか怒っているのか分からない顔を向けてきた。本当に面倒くさくて心が折れそうなのだが、ミーナは、ここで聡にどうしても分かってもらえなければならなかった。ミーナは思い切り切り出してみた。

「私は女! そしてスーパーアイドルフローレンのミーナよ!」

言った瞬間、聡は金縛りにあったようにピクリと動かなくなった。そして、急に鼻から息を吹き出して満面の笑みになった。

「おもしろい冗談だね! まじで怒るよ! 俺がミーナちゃん好きなの知ってて、からかいやがって!」

「あなたあたしが好きなの?」

好都合なことにこの男は自分のファンらしい。これは分かってもらえるかもしれない。

「いや、お前のことは好きじゃないよ! 悪いけどそういう趣味はないから! 俺はミーナちゃんが好きなの」

「だから。私がミーナなの?」

思わず力が入りすぎて、ドスの効いた声になってしまった。

「本気で言ってるのか?」

聡は今度はいささか真剣な顔で返してきた。

「本気にきまってるじゃない」

今度こそ心に響いたのか? 聡は黙って引き下がった。

ただ黙ったままで何も喋らず、そしていきなりふざけた感じで「てぃ!」と叫ぶと、カンフー映画のような突きをミーナ【外見孝雄】の胸に打ち込んだ。

「いたーっ。 あんた何すんのよ!」

聡は自分が突きをしたのに慌てて、「ごめん。いつもはちゃんと受けてくれるから、やっぱりおかしいな?」とゴニョゴニョと、言い訳か謝罪かわからないことを言ってきた。その後、二人は何も喋れなかった。

ミーナは何か話しかけないとと思ったが、何も喋ることが見つからない。

やがて聡がハッとした顔をして「まさか? 付箋のコーラ飲んだの? おまえか?」と急に沈黙(ちんもく)を破った。

「何? 付箋のコーラって?」

「いや? そうか、違う、あれは孝雄が飲んだんだ」

「え?」

聡は真っ青な顔で、意味不明な質問を出したり引っ込めたりした。

「あの? いつ入れ替わった? 思い出してくれない」

「握手会のときに失礼な変な男がきて! まあそれが今の私なんだけど、そいつと握手したら、そいつが! 今の私に入れ替わったの!」

「そうだったのか」

「あなた何か知ってるのね?」

「うん、心当たりがある。確認のためなんだけどスリーサイズは?」

「スリーサイズ?」

ミーナは訳が分からなかったが改めて身体を確認した。

「いや、お前のサイズじゃなくて」 

「私の?」 

聡は激しくうなずくと、「そ、スリーサイズ! 俺ミーナちゃんの大ファンなんだ。俺、全部暗記してるから」と言い放った。

ミーナはドヤ顔でいう聡にドン引きしながら、「そんなことまで覚えてるの?」とため息を吐いたが、聡は全然怯(ぜんぜんひる)まずにミーナの返事を待っていた。

「あんた結構変態ね、でも仕方ないわ! スリーサイズは88 58 85 2001年8月29日 乙女座 A型 福岡県出身 好きな食べ物はアップルパイ、尊敬する芸能人は花森咲、家族構成は両親と2つ上の兄、もっと聞きたい?」

「いや、間違いないよ、君は本物だ! 孝雄には答えられない!」」

「そういえば…。あいつ私と握手する前なのにララの名前ばっかり呼んでた! もう最低だと思った」

「そうそう! そうなんだ! そういう奴」  

「ちなみに私の本当の誕生日は1年早くて年齢詐称(ねんれいさしょう)なの! 事務所の社長のせいでね」

「え、俺、ミーナちゃんと同じ年なんだ」

「そうなんだ」と答えた後、聡の顔が急に真っ赤になり急に立ち上がった。      

「ミーナちゃん! 俺がしゃべってるのはまさしくみーなちゃんなんだね。実は、僕、ずっとずっとあなたのことが好きでした。毎日毎日夢で見て、寝れないほどに、君のこと、好きです」。

戸惑ったのはミーナだけでなく、周りの客まで騒(ざわ)めきだした。

「おい! 聞いたか! 男どおし熱烈だな」「いいんじゃあない。愛してるんだから!」

と近くのカップル達の笑い声が聞こえてきた。 

「あの、うれしいんだけど、私、今違う人だから」

ミーナは舞い上がってしまった大学生ファンの告白をあっさりと退けた。

聡は、周りの空気にようやく気づき「ごめん」とミーナに謝った

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