赤の激震

龍玄

前編 前代未聞の出来事もただの泡

 強酸党は「無・コロナ政策」を強固に推し進めていた。民衆の生活は、心身の閉塞から我慢の限界を迎えていた。しかし、党からの制裁を恐れ、行動に移れないでいた。渦中、ある建物で火災が発生。消防隊が駆け付けるが集合住宅の扉は板と鎖で閉じられていた。感染者が出た建物で在り、立ち入りを禁止されていたのだ。火の勢いは納まることはない。消火活動が進まない状況を見て民衆からは消防隊に罵声が飛び交っていた。


 「助けて~」


 一舜、周辺は静まり返った。切り裂いたのは、火中を出入り口まで逃げてきた住人の声だった。消防隊は党の命令には逆らえない。人命より党則。それがこの国の当たり前だった。その間にも状況は悪化の一途。


 「助けて~ああああ」


 この叫びを最後に助けを求める声は途絶えた…。

 見守っていた民衆の怒りは消防隊ではなく、厳格な政策に向けられた。当初、中酷が濡れ衣としているジェノサイド問題の犠牲者とされていたがその多くの住人が漢民族であることが判明すると党が民を見殺しにした、との怒りが閉塞感の中、鬱積された不満として噴出した。この頃、ワールドカップが開催されていた。マスクをしないで大声を上げ応援する姿。党は観客席を隠しながら放送を行っていたがネットの時代、無修正の映像を多くの人が観ていた。その中での厳格さ。世界一、コロナを抑えていると風潮していた党のメッキが音をたてて崩れていく。

 立ち上がったのは、学生だった。それも優秀とされる大学生たちだった。彼らは「無・コロナ政策」と対外的に敵を作る党のやり方で経済な衰退を肌で感じる世代だった。働き口がない。エリート街道を歩いてたはずの自分たちは、思うような職に就けない。将来への不安。婚姻に掛る経費などの不満が集団抗議のトリガーを引いた。社会人なら職場への抗議、受けられる待遇をチラつかせ抑えられる。いや、抑えてきた。現にある大学で学生の抗議を抑えに現れた校長・職員は、自分たちがそうされているように学生たちに向かって「身元が明かされ将来に大きな傷をのこすぞ」と声を荒げていた。それでも興奮状態と集団心理の中にいる学生には効果を得なかった。  

 校長は、党から「煽るな」と注意を促されていた。中酷には苦い過去がある「天安門事件」だ。今すぐに失う職がなく、未来への補償も確約もない。奪われるのは学生と言う身分。それを公に奪えばその親、その他学生の怒りを集結させる。党はそれだけは避けたかった。

 優秀な学生は党の行う事を熟知していた。声を上げたり、主張を掲示すればそれを証拠に処罰される。学生たちは、手に手に白紙のコピー用紙を掲げた。党はコピー用紙を販売しないように締め付けるしかなかった。

 若年失業率が過去最高の19.9%という過酷な環境に置かれ、将来像を描きにくくなっている今、頑張っても無駄だと何もせず時間を過ごす「寝そべり族」まで流行始末。党=政府への反抗心も加わった。「無・コロナ政策」への抗議は、それを行った政府に、その政府を牛耳る強酸党への批判となり、更にはそれを指導する秀欣平にまで及んだ。前代未聞の様相外の展開を見せ始めていた。秀欣平は焦っていた。ここで学生抗議が暴徒化すれば「無・コロナ政策」への不満が油に火を注ぐ形になり、経済的に疲弊している店舗や小さな企業も声を上げ掛けない。秀欣平の永続政権を意味する三期目を獲得した今、頑なに守っていた「無・コロナ政策」の緩和を余儀なくされた。


 「主席、学生の動きが目立ち始めています」

 「元気があっていいではないか。身の程を知っての上ならばな、ははは。いつものように目立った者を炙り出して置け」

 「はい。それでどのように対応致しましょうか」

 「やつらの要求を受けてやるだけさ」

 「と、言われると」

 「奴らに政治的思考はない。あればもっと早くに動いて居る。

  奴らは行動範囲を締め付けられた鬱憤を吐き出しているだけ

  だ。小遣いや旨いものを逃したくないだけだ」


 中酷の有力な大学の学生は、寮生活が主流だ。里帰りは学生の大きな楽しみになっていた。ここ数年、それさへ制限されていた。迎い入れる里側も感染拡大を恐れ、帰省を拒む状態だった。


 「間もなく春節を迎える。移動制限と品薄になってきたPCR検

  査を補うため、行動と検査を緩和する。それで治まる。我ら

  が管理・監視社会を推進してきたのは、デモ・反乱を抑える

  為。学生に反政府の運動など出来ない。いや、やり方を知ら

  ないからな。根回しや組織の作り方を知らない口だけよ」

 「確かに」


 秀欣平は、国民の生活に興味がない。多すぎる国民を減らすため粛清を念頭にウイルスを研究開発に勤しんでいた。国民性の行き当たりばったり、無責任・自己中から管理が甘く流出させた。それは世界を閉塞させた。WHOを支配し、事務局長を飼い犬にし当初は上手く逃げ切った。しかし、言いなりのテドス事務局長も批判を受け、耐えられず懸念を示し始めていた。圧倒的統制に微かな綻びが見え始めていた。

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