地下
青ざめた中町至、能面の様な表情の田中武。
武から「手伝ってほしい事がある」と告げられ、三日後に住まいの住居へ呼ばれた。
指定の時間通りに着き、導かれた地下には既に拘束された中町至がいた。
周囲にはおそらく武の使用人であろう、屈強そうな男達が並んでいる。
皆黒いスーツを着、無表情で何を考えているのか分からない。
武の命令に従う事以外は、何も考えていないのかもしれなかった。
そして広々とした地下には、水族館にでもありそうな巨大な水槽がある。
しかし中には様々な魚が泳いでいる様子は無く、某かグロテスクなもの達が蠢いていた。
「残念だよ、中町。私は君を頼りにし、本当に感謝していたんだ…それなのに、こんな酷い事をするなんて。」
「い、一体何の話ですか?!私は…あなたに危害を加えるような事をした覚えはありません!何かの間違い…誤解です!」
「君は私が水玉模様をこよなく愛していると知っていただろう?それなのに…あんな事件を起こして水玉模様を貶めるなんて。」
「ち、違います!何言ってるんですか?!私がなぜそんな事をやらなきゃならないんだ!」
中町の言っている事は正しい。実際彼は濡れ衣を着せられているに過ぎないのだ。
しかし、それを武に悟られるわけにはいかなかった。
「中町はこう言っているが…?」
武がちらと高橋の方へ目をやった。
「中町警察庁長官で間違いありません。複数の事件現場での聞き込み調査で聞いた特徴、車のナンバーも一致しました。アリバイも確認済みです。」
「そ…そんな!き、きさまこんな事やってただで済むと思ってるのか!俺がその気になれば、お前なんて…ああそうだ、分かったぞ!お前だな!お前が水玉男なんだ!」
「何の証拠も無くこんな事を喚くなんて…図星をさされて、よほど混乱しているのでしょうね。
田中さん、中町を逮捕した事で事件はピタリと治まりますよ、それが何よりも手っ取り早く手に入る証拠です。」
武が目配せすると、使用人の一人が機械を操作し拘束された中町は上から引かれたロープで宙吊りになった。
武はひょっとしたら、仮に中町が冤罪だとしても意に介さない、念のために殺しておくか、ぐらいの気持ちなのかもしれない。
宙吊りになった中町は足をバタつかせながら移動させられ、水槽の真上で止まった。
そしてゆっくりと、水槽へ足元が近づいていく。
「やめてくれー!俺は何もやっていない!本当だ!」
中町の懇願もむなしく、彼の体はゆっくりと下へ下がる。
中町は足が水槽に浸からぬよう必死に折り曲げていたのだが、体が固いのかあっという間に膝下まで浸かってしまった。
耳をつんざく様な悲鳴がこだまする。
中町の体が上に引き上げられ、水槽から上がった両足は穴ぼこだらけだった。穴からは巨大なミミズが顔を出して蠢いている。
「肉食泥鰌だ。」
武が高橋の方を振り返りもせず、そう説明した。
「あ、足が!足が~!!病院、病院を呼んでくれ!」
それを言うなら「救急車を呼んでくれ」だろう。
中町の顔は、水槽に浸かってもいないのに涙と鼻水塗れだった。
高橋は恐怖と吐き気を感じながらも、痛快さ、高揚感を感じていた。
警察庁長官、一刑事の自分にとっては雲の上の人だ。尊敬と憧憬の対象であった。
しかし今、中町の無力で情けない姿を見せつけられ、彼の威厳は崩れてしまった。
力強く、堂々とし、周囲を顎でこきつかう、抱いていたそんな憧れのイメージが崩れ去り、虎の威を借る狐の様なやり方であれ、警察庁長官を踏みにじる立場になった事に高橋は快感を感じていた。
「罪を認めるか?」
「認める!認めるから早く病院を…助けてくれ!」
「やっぱりお前がやりやがったのか!!」
武の怒声と同時に中町の体が反転し、逆さまになった。
今度は頭が水槽に浸かった。
悲鳴は聞こえない。
しかし中町の拘束された体が芋虫のようにうねり、泥鰌に食い荒らされている足が激しくバタついている。
ようやく引き上げられた中町の顔は、目や口、耳といった穴という穴から肉食泥鰌の頭や尾が顔を出しうねっていた。
ボコと頬や顎が裂け、そこからも泥鰌が顔を出す。
中町の顔面は正に、水玉模様だった。
中町はそのまま宙吊りでもがいていたが、しばらくすると動かなくなった。
武が目配せをし、彼の体はドボンと水槽に沈んだ。
泥鰌達が中町の死体に群がり、やがて死体は見えなくなった。
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