高橋

「全く困ったもんだな…」


高橋がうんざりしたように溜め息をついた。


水玉男が出現してはや数ヶ月、手掛かりは掴めず進展は全く無い。

担当の刑事が何度も着いては外されるのを繰り返して、現在高橋に回ってきたのだ。



水玉模様は今や国民の間で恐怖の象徴となっている。


被害者が特定の属性に絞られていたなら、こうは

ならなかった。

例えば被害者が若い女だけなら「きっとふしだらな女ばかりなのだ、自分はそうではないから大丈夫」となり、ホームレスに限定されていたら「真面目に働かないからああなる」と皆自分に言い聞かせて安心できる。


しかし水玉男は老若男女問わずターゲットにした。

おまけに被害者は皆、いわゆる立派な社会人ばかりなのだ。

かと言って彼らは社会に背を向け、アウトサイダーになるわけにもいかない。

社会に居場所を失う事は、この国の人間にとって死よりも恐ろしい事だからだ。


それでも皆相変わらず水玉模様を身に付け、町中が水玉模様だらけであるのは、芸能関係・皇室・国会議員が皆水玉模様だらけになり、水玉模様を声高に奨励しているからだ。

日本人はお上や芸能人に従うものである。

水玉模様の拒絶は社会的な死を意味する。

皆、恐々としながらも水玉模様を身に付けていた。

国家権力の象徴である職に就く高橋もまた、上から下まで水玉模様に染め上げる事を実質強制されている。


水玉男が見つからない事に警察組織は苛立っていた。

何しろ芸能、国会、皇室にまで影響力を及ぼす大資産家であり、水玉模様の火付け役でもある田中武が怒り心頭だからだ。

担当刑事が高橋だけでなく何百人と動員している事からも、警察の気合いの入り具合がうかがえる。


噂をすればなんとやら、着信音が鳴り高橋は「またか…」とぼやく。

画面を見ると、やはり武だった。

担当の刑事は皆、武と直に連絡をとらされていた。そして、警察関係者でも何でもない武に捜査の進み具合をいち早く教えなければならない。


考えられない事だ、と高橋は当初驚愕したが、金の力で何とでもなるものかと今では慣れている。


人気の無い路地裏に入り、電話に出た。


「どうだ?進み具合は」


「いえ…あ、はい。」


「まだ何も見つからないのか?!仕事してるのか?!お前らは!だから税金泥棒とか呼ばれるんだぞ!」


「も、申し訳ありません!」


高橋は怒りを押し殺して平身低頭謝罪した。

向こうが電話を切ったのを確認し、深い溜め息をついた。


しばらくそのままぼんやりと、暗い空に流れる灰色の雲を眺めていた。


首筋に鋭い痛みが走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る