第140話 入れ替え

夫とは大恋愛の末に結婚した。

 

夫は会社を経営していて、常に忙しい。

そんな夫を支えたいと、私は必死に頑張ってきた。

 

プライベートな時間や欲しい物も全部我慢した。

夫のためだと思えば、全然苦じゃなかったからだ。

 

そんな日々が続く中、ようやく夫の会社が軌道に乗り始める。

まだ、夫は忙しそうだが、以前と比べて生活の余裕が出てきた。

 

安心したことで気が緩んでしまったのか、今まで無理をしてきた分が一気にやってくる。

家事の途中で私は倒れてしまったのだ。

 

しばらく入院したのち、家で療養することになった。

半寝たきり状態。

 

夫は「今まで支えてくれた分、今度は俺が支える番だ」と言ってくれた。

 

仕事で疲れているはずなのに、甲斐甲斐しく世話をしてくれる夫。

夫には悪いと思ったが、私は幸せだった。

会社が忙しいときは、あまり私の方を見てくれなかったからだ。

 

だが、それから1年が過ぎようとしていた頃だった。

徐々に夫の態度が変わり始める。

 

以前はできるだけ早く帰ってきて、私の面倒を見てくれたのに、今では深夜に帰ってくることも珍しくない。

理由を聞いても「今は忙しい時期なんだ」の一点張りだ。

 

一人ベッドで過ごす寂しいが過ぎていく中、私はあることに気づく。

 

それは夫から香水の匂いがするということだ。

しかも、いつも同じ匂い。

 

――浮気。

 

その2文字が頭に浮かんだ。

 

最初は夫にかぎってそんなことはないと信じようとしたが、帰りが遅いこと、いつも同じ香水の匂いがすること、そして、私への態度が冷たくなってきていることから、私は浮気だと確信した。

 

そして、それとなく会社のことを夫に聞いた。

すると、最近、親身になって相談を聞いてくれる人が現れたのだという。

その人のおかげで会社も上手くいっていると笑みを浮かべながら言った。

 

きっと、その人が浮気相手なんだろう。

 

疑惑が確信に変わったとき、7年目の結婚記念日が近づく。

毎年、結婚記念日はどこかに外食をして祝っていた。

ただ、今年はお祝いなんてしないだろうと思っていた。

 

だが、夫から「今年は家でお祝いをしよう」と言い出した。

しかも、夫が手料理を作るのだという。

 

確かに夫は料理が上手い。

だけど、今まで夫は忙しくて料理をしていなかった。

最後に夫の手料理を食べたのは5年ほど前になる。

 

何かある。

 

私はそう直感した。

そこで私はネットで盗聴器を購入し、夫の書斎に仕掛ける。

 

すると、案の定、夫のこんな言葉が聞こえてくる。

 

「もう限界だ。終わりにするよ」

「毒を用意した。サラダに仕込む」

「死ねば保険金が下りる。君に渡るようにしてあるから」

「これでずっと一緒にいられる」

 

おそらく、不倫相手と電話で話しているのだろう。

 

会話の中で毒を用意していると言っていた。

やはり、手料理に毒を仕込むのだろう。

 

まさか、結婚記念日に殺されそうになるなんて、結婚前は思いもしなかった。

 

夫に対しての憎悪が膨らむ。

 

そして、結婚記念日当日。

私の前に、夫の手料理が並べられていく。

 

夫はサラダに毒を仕込むと言っていた。

だから、私は夫の目を盗んで、夫のサラダと私のサラダを入れ替えた。

 

ワインで乾杯をし、料理を食べ始める。

 

だが、夫はサラダに手を付けようとしない。

そして、チラチラと私のサラダを見ている。

 

そこで私は夫を安心させるためサラダを食べてみせる。

夫はどこか安堵したような笑みを浮かべた。

 

「食べないの?」

 

私に促されると、夫もサラダを手に取り、食べ始めた。

私のサラダと入れ替えていることも知らずに。

 

いつ、夫に異変があるのかとジッと見ていると、突然、胸が熱くなった。

強烈な吐き気に襲われ、その場に吐く。

 

吐いたものは大量の血だった。

 

――どうして?

 

私のサラダと夫のサラダを入れ替えたはずなのに。

 

私は椅子から転げ落ち、床に倒れこむ。

すると夫がゆっくりと私のところへ歩み寄ってきた。

 

「大丈夫。すぐ行くよ」

 

暗くなる意識の中、夫の言葉が聞こえた。

 

終わり。















■解説

「大丈夫。すぐ行く」というのは、「夫も」この後行くという意味。

夫は心中を図っていた。

つまり、毒は語り部のものと夫のものの、どちらにも入っていた。

 

夫の帰りが遅くなっていったのは、純粋に会社の業績が悪く、仕事のため。

そしてその経営不振のため、多額の借金をしていた。

 

語り部が浮気を疑っていたのは、投資家で会社を守るために何度もその人に会いに行っていた。

 

電話の会話の、「もう限界だ。終わりにするよ」は、会社はもうダメだということ。

そして、多額の借金が残るため、自分の人生も終わりにするということ。

また、自分が死ねばほぼ寝たきりの妻は生きていけない。

だから、心中することに決めた。


「死ねば保険金が下りる。君に渡るようにしてあるから」は、心中して下りた保険金を投資家に渡るようにしていた。

このことで、迷惑をかけていた投資家に少しでも補填をしたかったということ。



「これでずっと一緒にいられる」は、あの世に行けば会社のことを考えずに妻とずっと一緒にいられるという意味だった。

 

夫は最後まで語り部である妻を愛していたのである。

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