第47話 マンションのエレベーター

俺は中心街からは外れているが、そこそこ良いマンションに住んでいる。


地下に駐車場があり、そこ車を停めて借りている部屋がある6階までエレベーターを使うのだ。


 


その日は残業で帰るのが遅くなり、マンションに着いたときには深夜の1時を過ぎていた。


電車だったらとっくに終電が過ぎている時間だ。


こういうとき、車通勤で良かったと思う。


 


地下に車を停め、エレベーターに乗り込む。


6階のボタンを押すとエレベーターがゆっくりと上がっていく。


この時間なら誰も乗り込んでこないだろうと思っていたら、1階でドアが開いた。


 


数秒すると小太りのおじさんが走ってきて、飛び込むように入ってきた。


間もなくドアが閉まり、ゆっくりとエレベーターが上がり始める。


 


「今、帰りですか? お互い、大変ですね」


 


俺は、息を切らせている、名前も知らないおじさんに声をかけた。


普段、あまり住人に会うことは無い。


だからこういうときに、世間話をして印象を良くしておかなければならい。


 


「ええ、全くです。たまには子供の寝顔じゃなくて、起きてるときに会いたいですよ」


 


おじさんはカバンからハンカチを出して、顔の汗を拭っている。


 


「帰ったら御飯ができているんでしょう? 羨ましいです。私は一人暮らしですから」


「いやいや。いつも、テーブルにはカップ麺とおかえりなさいの紙だけです。子供がいなかったら離婚してますよ」


 


苦笑いを浮かべるおじさんに、俺も同じく苦笑いで返すしかなかった。


気まずい空気が流れたと同時に、ポーンと音を立てて、エレベーターが4階で停まる。


ゆっくりとエレベーターのドアが開く。


 


「それじゃ、お休みなさい」


「おやすみなさい」


 


お互い軽く会釈をする。


そして、おじさんは身体を重そうに揺らしながらエレベーターを降りて行った。


 


エレベーターのドアが閉まり、6階へと上がっていく。


 


その中で俺はすぐに引っ越そうと決意した。


終わり。














■解説

1階でエレベーターが停まった後に、おじさんが走ってきたということは、おじさんは停まる前にエレベーターの前に着いていないことになる。


(1階で誰かがボタンを押さなければ、そもそもエレベーターは1階で止まらないはず)


また、おじさんも語り部も、4階のボタンを押していない。


(語り部はおじさんの名前も知らないということは、何階に住んでいるかも知らないはずである)


ではなぜ、1階と4階でエレベーターが停まったのか。


このマンションには見えざる何かが住み着いている可能性が高い。

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