初恋の死神
仕事を熟す上で重要なのは、私情を持ち込まないこと。
これを自分が守れていたかは、残念ながら分からない。これから死ぬという人間に感情移入するのは、あまり気分のいいものではないだろう。恐らくだが、自分がこれまでに死に立ち会った人間の中には、特別な感情を抱いた人がいるだろう。だがそうだとして、そんなことは覚えていないのだから、考えるだけ無駄なのだ。そう思い、次の人間の元に向かった。
意外に思われるかもしれないが、姿を見せる人間というのは自分で選ぶことが出来る。
選り好みをする気はないと思いながらも、街の中で泣きながら倒れ込んでいる男の人に何となく惹かれたので声をかけることにした。
彼はもう1ヶ月程で死んでしまう人間だった。
自分のことを天使だと勘違いする彼に、自分は死神であることと、死期が近いと言うことを教えてあげた。
彼はそのことを聞いても意外に冷静だった。
そして今まで通りの生活を続けながら死ぬのを待つことを決めた。
本人は気づいていないかもしれないが、彼は優しかった。他の人には見えていない、本来は居ないもの扱いのはずの自分のことを、居るものとして扱ってくれた。
死神はそこに、私情を持ち込まずにはいられなかった。
死神はその人間を愛した。
その人間も死神を愛した。
絶対に続くことのない幸せな生活が、そこにはあった。
出会った日から3週間ほどたった頃、死神はその人間の前から消えることを決意した。
死神は自分の仕事のシステムの逆をついた。
大切な人に生きてもらう為に、その人間を思い出ごと記憶から消すことを選んだ。
彼は悲しむだろうか、と考えながら記憶が消えることを伝え忘れていたことを思い出した。
まぁどうせ忘れてしまうなら関係ないか。
そう思いながらも死神は記憶がなくなるギリギリまで、初恋の人間のことを考えていた。
泣いていた。何故だかは分からない。
自分が仕事を上手く熟せなかったということだけは、今の状況から分かった。
しかし次の仕事もすぐにやらなければいけないので、涙を拭いこのことは忘れることにした。
この仕事を熟す上で重要なのは、私情を持ち込まないこと。
これを自分が守れていたかは、残念ながら覚えていない。
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