初恋の死神 demo

詠み人知らず

初恋の人間

生きる意味などない。

そう呟き街の中で倒れ込む男は、目の前に天使を見た。目に滲む涙を拭ってみるが、その姿が視界から消えることはなかった。パッと見は男と同年代程度の女の子だが、その背中には確かに翼が生えていた。状況が掴めないでいる男に対して、対象的に冷静な天使は説明をしてあげた。

自分が天使ではなく、死神であること。

死神というのは「死」の近い人間の前に現れること。

死神である自分は男にしか見えていないこと。

何故だろうか、その説明を聞いても男は自分でも不思議なくらいに驚かなかった。自分がいつ死んでも可笑しくないというのは、男が1番わかっていたからであろうか。

生きる理由を失っていた男には、そのことを考える時間はなかった。

自分の死が近いんだと聞いた時に、普通の人は「死ぬ前にしたいこと」でもするのだろうか。そんなものは無かった男は、今まで通りの普通の生活を送ることにした。

自分がもうすぐ死ぬことを知っていること、死神の女の子が傍にいること。この2点だけは普通ではなかったかもしれない。

死期の迫る男と死神の女の子との生活は、こうして始まった。


その生活が始まってから十数日は経っただろうか、やがて2人は恋に落ちた。男にとっては初恋というやつだった。彼らは何故か、出会ってからの期間に見合わないほどに気があった。2人は色々なところに行き、そこでは様々な体験があった。不思議なことに、2人で行ったところというのは少ないようでとても多いような、男はそんな気がしていた。

そんな生活を続けて男は死神と暮らすうちに、生きる意味というのを見つけた。見つけてしまった。

男は死神と一緒に暮らして行きたいと思った。

男は過ちを犯してしまった。何度目かは誰も覚えてない過ちを。


それから数日ほどして、死神の女の子は男の前から突然消えた。男の生活の中から存在を消した。

男は泣いていた。死神と出会った街の中で。

男は実感していた。自分から段々と、死神の女の子との記憶が無くなっていくことを。

死神と、死神に関わった人間の記憶はリセットされる。無かったことにされてしまう。

どうせ死ぬから関係ないけれど。と、死神が言っていたことを一瞬だけ思い出した。

記憶の中で2人の思い出はフェードアウトしていき、やがて完全に消えてしまった。今泣いている男の中に、死神との思い出はもうなかった。

覚えているのは、自分の好きだったもの、大切だったもの、生きる意味そのものを失ってしまったということだけだった。


初恋の記憶すらも忘れてしまった男は街の中で呟き倒れ込んだ。

全てを失ってしまったのなら もう、

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