エピソード4 彼女と彼らのクリスマス

#26 回避、最悪のクリスマス・イブ

「で、本当に来るのか? 曜子は」

 大沢さんは僕にそう訊ねると、テーブルを囲んだ面々の顔を見回した。背が高いから、着席していても、何となく見下ろされているような感じがする。

 大学のOBで仕事帰りの大沢さんだけはちゃんとスーツを着ていたが、それ以外の僕ら学生三人は揃って安物のフリース姿だった。

 クリスマス・イブの今日は一応、クリスマス飲み会という名目で集まっていたのだが、顔ぶれが変わらない限り、普段の飲み会と何ら変わるところはない。男四人で、いつものようにしょぼく盛り上がるだけのことだ。


「来るはずです。昨日電話した時はそう言ってましたから」

 僕は力強くうなずいた。

「しかし、クリスマス・イブにこんな飲み会に来てるようじゃ、あいつも淋しい人生だな」

「でも、これで曜子さんが来なかったら、男だらけのクリスマスってことになっちゃいますからね。人生の汚点ですよ、そんなの」

 店の入口へと、僕は目を遣った。地下フロアにあるこのビア・レストランの入り口は、壁沿いの階段を上がったところにある。誰か新しい客が入ってくれば、一目で分かるようになっていた。


「人生の汚点、てお前そこまで言うか」

 大沢さんが苦笑した。

「そやけど、一郎さん」

 二回生の後輩、阿倍野が口を開いた。

「曜子さん一人来たくらいで、そないに違うもんでしょうか?」

「違う。若い女性が一人いるかどうか、それだけで全く別の領域になる。周りの見る目も全然違う」

 僕は断言した。

「まあ、そりゃ曜子さんだって、女子大生には違いないですからね」

 阿倍野と同じく二回生の白滝が、僕の言葉にうなずく。


「しっ、静かに!」

 僕は慌てて小声で注意した。階段上の入口ドアが開いて、見覚えのある人物が姿を見せたのだった。

「来たぞ、曜子さん」

 阿倍野たちも、僕が見ている方向を振り返る。階段を降りてくるのは、黒いロングコートを着て、颯爽と長い髪をなびかせる梁部曜子だった。

 僕よりも、一年先輩の四回生。大きく手を振ると、曜子さんはまっすぐ我々のテーブルへと近づいて来た。

「や、ども」

 軽く右手を上げ、彼女は短い挨拶をした。

「どうもです」

「久しぶりだな、元気か」

「まあ、毎日生きてます」

 そう言いながら、曜子さんは僕の隣に座る。


 彼女もやはり、僕らと同じ大学の学生で、バイト先も同じだった。

 普段から行動を共にしているというわけではなかったが、ごくまれにこの集まりに顔を出すこともあり、そんなもの好きな女性は他には絶対にいなかった。貴重な存在なのである。

「就職、決まったらしいですね」

 枝豆の皿を彼女の前に置きながら、白滝が言った。

「市立図書館の司書」

 彼女は肩をすくめる。

「公務員なんてなりたくなかったけど、バブル後最悪の就職氷河期とか言われちゃね。化粧しなくてすむのはいいんだけどさ」


「公務員でも化粧くらいするんじゃないですか?」

 僕はそう言って曜子さんの顔を見る。なるほどノーメイクだが、目鼻立ちがくっきりとしていて、ぎりぎり美人の範疇である。

「でも、化粧しろって命令はされないでしょ、営利事業じゃないんだから」

「まあ、一応はそうだけどな」

 公務員としては先輩の大沢さんが、微妙な顔をする。実際にはやはり、大抵の職員が化粧をするのだろう。


 ウェイターが、オーダーした飲み物を運んで来た。曜子さんのビールを追加で頼み、五人それぞれに行き渡ってから、我々は改めて乾杯した。僕以外はジョッキのビールだ。

 この店は、一応ビアレストランを自称している。しかし僕らが囲む丸テーブルの上には、ビールと簡単なつまみ類しか見当たらなかった。ろくな料理を出さないので、普段我々はこの店では食事をしないことにしていたのだ。フロアのあちこちには黙り込んでいるグループが見受けられるが、それは多分料理を頼んでしまったせいだろう。

 わざわざこんな店を選ぶ理由はただ一つ。

 それは、町一番の繁華街の真ん中にあるにも関わらず、いつでも待たずに入れるからだ。現に今日も、クリスマスであるにもかかわらず、すぐにテーブルに案内されたのだった。ビールの味さえ同じなら、これはむしろメリットだ。


「それ、水割り?」

 曜子さんが僕に訊ねる。

「ええ、水で割った奴です」

 僕はうなずくと、グラスを大きく傾けて、琥珀色の液体を一気に飲み干した。

「嘘言え一郎、おまえそれ烏龍茶じゃないか」

 大沢さんがグラスを指さす。

「業務用濃縮ウーロン茶の原液を水で割った奴ですから。水割りで間違いありません」

「じゃあ、飲んでないってこと?」

「アルコール駄目なんですよ。アルコールランプも駄目です」

 僕は説明した。これだけ頻繁に飲み会に顔を出しているが、実は僕は酒があまり飲めない。脳内物質でテンションを維持できるので、特に支障も感じない。

 一応シラフということで、酔っ払って騒ぎを起こした後輩――そのほぼ100%が白滝だったが――の世話ばかりさせられるのは困りものだったが。

「ランプがどう駄目なんですか?」

 と阿倍野が真顔で訊ねる。

「駄目じゃないのか、お前は」

 僕も真顔で訊き返した。

「どうなんやろう……駄目かどうか考えたことがないんですけど」

 彼は考え込む。

「じゃあ、君あれ飲めるか」

「いや、ランプのアルコールはよう飲みませんわ」

「じゃあ、駄目じゃないか」

「なるほど……駄目ですわ」

 阿倍野はうなだれた。

「酔っぱらってるようにしか見えないね、あんたの言動は」

 曜子さんは呆れ顔で、僕を見た。


(#26「燃え上がる曜子の瞳」に続く)

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