エピソード3 彼らが島へ来た理由

#16 離島への旅、納得プライス4800円

 離島に旅行に行きませんか、と言い出したのは白滝だった。バイト先の控室で、みんなで休憩していたときのことである。

 あまり知られていないが、同じ県内に離島があって、城下町とか温泉があるらしい。

「へえ、マイナーな離島ってなんか面白そうやね」

 阿倍野は乗り気の顔で、「凡洋ぼんよう島」というその島の旅行パンフレット――というかA4の紙一枚だけだったが――を眺めている。

「だろう?」

 丸いフレームの眼鏡をかけた白滝は、妙に嬉しそうにニコニコしている。どうも、うさん臭い。


「そやけど、旅行するようなお金ないわ、僕」

「よく見てみろよ。温泉旅館の代金も交通費も全部込みでなんと4800円なんだぜ!」

 そう言われて僕ともう一人、5年前の少年ジャンプを読んでいた猪熊が、思わずパンフレットをのぞき込んだ。

 確かにそこには、「驚きの納得プライス、4800円」という宣伝文句がでかでかと書いてあった。四人以上でのツアーなら、激安になるらしい。


「4800円で済むなら、俺でもぎりぎり行けるかも知れませんね。貯金箱の百円玉、結構貯まってるはずなんで」

 猪熊も乗り気の様子だ。

「本当にそんなんで温泉旅館に泊まれるのか?」

 どうも疑わしい話である。

「ええ、『きわめて天然温泉に近い』って書いてあります」

「きわめて近い、ってのは何だよ」

 貸せ、と僕は阿倍野の手からパンフレットを奪った。


 島の南北には一つずつ町があるらしくて、北のほうが温泉旅館のある港町、南にあるのが城下町だった。ごく小さく不鮮明ながら、天守閣らしい写真が載っている。

「きわめて温泉に近い」というのは、お湯の温度や成分が温泉の要件をぎりぎり満たしていないのだった。しかし、多少成分が不足でも、ちゃんと温めてあれば大して変わらんだろう。


「まあ、試しに行ってみるか」

 僕はうなずいた。超絶つまらなくても、その値段ならあきらめもつく。もし面白かったらラッキーだ。

「温泉、楽しみやなあ。草津温泉に行って以来や」

 阿倍野は嬉しそうだが、そんな超一級のところと比べてはいかんのではないか。


 結局、何とか資金を用意したらしい猪熊を含めて四人で、その「凡洋ぼんよう島」に出かけることになった。

 バスに乗って、まずは島への船が出る波丘港へと向かう。海沿いの埋立地の彼方に見えてきたのは、まるでビルのような大きさの「第2しーむりあ丸」という巨大なフェリーだった。

 まさかこんな立派な船なのか、ほぼ豪華客船じゃないか、と我々はざわめいたが、そんなわけがない。

「あれじゃないですか」

 港の片隅に立つ、プレハブ小屋を猪熊が指さす。その屋根には「ターミナル」という手書きの看板があった。

 小屋のそばにある桟橋には、「しーむりあ丸」の5%くらいの大きさしかなさそうな白い船が、ひっそりと浮かんでいる。

「『高速船』じゃなくて『中速船』とは。始めて聞きますね」

 猪熊が首をひねる。


 離島と言っても本土からはわずかな距離で、その島影は出航前から見えている。がら空きの中速船は、そこそこの速度ながらあっと言う間に「凡洋ぼんよう島」へとたどり着いた。

 港の周りに建物が集まる北の町は、背後にすぐ山が迫っていてかなり狭そうだったが、そこが港町っぽくはある。温泉旅館は、その山の中腹にあるということだった。

 空は薄曇りといったところで、予報では午後から天気が崩れるらしい。


 桟橋の向こうに建つ、四階建てくらいのビルが港のターミナルビルで、上の階にはホテルまで入っているらしかった。プレハブ小屋だった本土側と、ずいぶんな温度差だ。

「ここに泊まりゃ良かったじゃないか。便利で、綺麗だ」

 真新しいビルのライトブラウンの壁面を、僕は見上げる。

「一泊一万五千円です、ここ」

 白滝が暗い顔になる。なるほどそりゃ無理だ。富裕層向けらしい。

「そんなに出すくらいやったら、もう野宿でええよね」

 阿倍野もうなずく。

「俺も、それで充分ですね。いざという時のために寝袋も持ってきてます」

 猪熊は賛同するが、そんな「いざという時」など冗談ではない。


 白滝の強い希望で、まずは南の城下町へ向かうことになった。島に着いたばかりだし、少しゆっくりしたかったのだが、

「明日は天気が荒れるし、何が何でも今日じゃなきゃ駄目です」

 と言い張るので仕方がない。


 南の町へ向かうバスの乗り場は、港のそばにあるアーケード商店街の向こう側にあるらしかった。「凡洋銀座」というその商店街は、島では最大の繁華街らしくて、人通りもそれなりに多い。まずまず綺麗で明るい雰囲気で、シャッターの閉まった店も見当たらなかった。

 ただし、距離がむやみに短い。入り口に立ったばかりなのに、すぐ向こうに出口がある。全力疾走すれば、三十秒とかからないだろう。

「短いアーケードやなあ。心斎橋の百分の一くらいや」

 阿倍野が感心する。大阪のことは良く知らないが、何となく雰囲気は分かる。離島にぴったりの、コンパクトサイズの繁華街ということなのだろう。


 バスの時間まで少し間があったから、その商店街の定食屋で昼食をとることにした。みんな旅行テンションで贅沢な海鮮丼を頼む中、猪熊だけは一番安いわかめうどんを選ぶ。

 本当にぎりぎりの予算しか用意できなかったらしかったが、本人は「うまいうまい」と大喜びだったから、別に気の毒というわけでもなさそうだ。

 これもまた、旅行の魔力というやつなのかもしれなかった。

(#17「判明、白滝の真の狙いとは」に続く)

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