聖女よりも聖人よりも、心広く心優しく心可愛い方なのですわ!

「モナルク様がお話できるなんて、聞いてないんですけど? 何で黙ってたのよ? 聞かれなかったから言わなかったなんて屁理屈を抜かしたら、シレンティとの接触禁止令を出すわよ?」



 斜め向かいに座るベニーグに、私は尋ねた。尋ねるというより脅しに近かったが、この際そんなことはどうでもいい。



「モナルク様に口止めされていたのですよ。私相手に練習なさっていたのですが、まだ上手く話せないからと」



 シレンティの主という立場を利用して脅した甲斐あって、ベニーグはすぐに口を割った。


 そういえば、人っぽい発音をなされたことが何度かあったわ。あれはうっかりと練習中だった人の言葉が出てしまったのね。


 隣のモナルク様を見上げると、もふふんと恥ずかしそうに顔を逸らす。



「ほら、モナルク様。アエスタ様はとてつもなく鈍いのですよ? ちゃんと仰ってさしあげないと、また病だ薬だ読書は嫌だと騒ぎかねません」


「え……アエスタ、読書、嫌いなの……?」



 こちらを振り向いたお顔は、明らかにガーーンモフーーンといった表情をなさっている。ベニーグめ、余計なことを!



「ままままだ、読書の魅力を知らないだけですわ!? モナルク様にお教えいただければ、一日十冊でも二十冊でもドフンと来いですわ!?」


「わかった! 今度、頑張って百冊くらい厳選した本をオススメするね!」



 モナルク様が目を輝かせて言う。うわぁ……厳選して百冊ときましたかぁ……。本当に読書家でいらっしゃるのねぇ……。



「そ、それよりも、私に何か仰りたいことがおありなのですよね?」



 途端に、モナルク様がまた濃いピンクになってもじもじ俯く。



「…………アエスタと、お喋りしたくて、頑張って練習したの。まだそんなに上手じゃないよ。噛んじゃうし、自分の名前もうまく発音できないし」



 え?

 ということは、無の状態からたった一月足らずでここまで話せるようになった、と?


 いやいやいや、上手を飛び越えてジョォォオンズゥゥウンですわよ!?



「アエスタ、ベニーグとシレンティと楽しそうにお話ししてた。モニャもお喋りできたら、アエスタと仲良くなれるかなって思って……」



 ああ、モナルク様……!

 私のために、頑張ってここまで……!



「モナルク様は私とのコミュニケーションで、片言程度は話せる土台はできておりましたからね。全部が全部、アエスタ様のおかげではありませんので、あしからず!」



 ベニーグが横槍を入れてくる。モナルク様が私のために頑張ったことは認めても、人の言葉を話せるようにした功労者とまでするのは許せなかったらしい。しかし無からではなかったとしても、十二分にジョォオンズゥウよ!



 さて現在、私達は王宮に向かっている。しかし移動手段は馬車ではない。


 お馬さん達は、ベニーグに魔法で移動してもらった。今頃はパルウムの民家で、疲れた体を癒やしているだろう。

 全く、ゴロツキというのは馬の扱いも知らないのね。聞けば休憩もさせずに、ずっと走らせていたというじゃないの。どの子もみんなひどく疲労していたわ。あのまま無理を強いられていたら、骨折して二度と走れなくなる子もいたかもしれない。


 はあ、少しはモナルク様を見習いなさいよ。

 数人に魔法を食らわせたけれど、適度に手加減なさってくださったのよ? 火属性魔法の火炎放射は熱湯風呂程度、雷属性魔法のライトニングビームはちょっと強めの静電気程度だったそうじゃない。肉弾戦についても、パンチは直撃を防ぐために爪で引っ掻いて勢いを殺したというし、お短いお御足のキックも肉球で衝撃をおさえていたというし……それに比べて、こいつらときたら。


 思い出すとまたイライラしてきたので、その苛立ちを込めて私は大きな声で外に告げた。



「あーあー、何だかスピードが落ちてきたようねー? もうお疲れになったのかしらー? でしたら皆様に、アエスタ・ピンヒール・キックで気合いを入れて差し上げるべきでしょうかねー?」



 ついでにヒールで壁をガツガツ蹴れば、途端にスピードが上がる。ほら、やればできるんじゃない。サボってんじゃないわよ。


 そう、私達は馬車ならぬ人車で移動中なのである。お疲れになったお馬様達の代わりに、私を襲おうとした不届き者どもを使ってさしあげているというわけ。


 軍の憲兵隊に突き出されることに比べれば、大した罰ではないでしょ。

 憲兵隊なんかにこいつらの身柄を預けたら、王家が秘密裏に命令を下して、未来の王太子妃の愚かすぎる不始末をもみ消すために全員まとめて葬られかねないもの。


 命があるだけマシなんだから、キリキリ働きなさい!



「……顔は綺麗なのに、中身は野獣じゃねぇか」



 するとぽつりと、割られて吹きさらしとなった窓から小さな声が聞こえる。キッと窓の外を睨み、私はさらに怒鳴った。



「ちょっと誰よ、私の悪口を言ったのは! 名乗り出なさい! この麻痺毒をたらふく塗った吹き矢と弓矢で、全身ツボ押しサービスしてくれるわ!」


「アエスタ様、落ち着いてください。何も間違ったことは言われておりません」



 と、シレンティが宥める。



「そうですよ。今の形相だって、血に飢えた野獣そのものじゃないですか。むしろおバカと言わなかったところには、思いやりすら感じますよ」



 と、ベニーグが諭す。



「うん、アエスタのこと、綺麗って褒めてた。遅いのは、モニャが重いからだよ。みんな、モニャ、重くてごめんね? モニャだけ走ろうかって言ったのに乗せてくれて、みんな、優しいね。みんな、すごく頑張ってる。みんな、ありがとね。あとで、いっぱい食べ物とか飲み物とか買うね。いっぱい休もうね!」



 と、隣のモナルク様が労う。


 すると、今度は。



「……見た目は野獣なのに、心美しすぎるだろ」



 と、いった言葉が外から聞こえた。ついでにむせび泣く声と鼻をすする音も。


 誰が野獣だ、こちらはモフ竜のモキュア様だぞ、この野郎、ともう一度怒鳴るか悩んだが、止めておいた。奴らはモナルク様が優しい方だと、認めてくれたのだもの。


 計十三人、文字通り馬車馬のように働かせている彼らだが、暇潰しがてら身の上を聞いてみると、同情すべき点が多かった。


 親の虐待によって家出し、そこから悪の道へ転がり落ちるしかなかった者。

 家族の病気を治療するお金が必要で、悪事に手を染めて戻れなくなった者。

 信頼していた者に騙されて全てを奪われ、自暴自棄になって悪行三昧の生活に堕ちた者。

 愛していた婚約者に裏切られた、身に覚えのない借金を背負わされた、赤子の頃に道端に捨てられ悪さをするしか生きる道がなかった……などなど、全員がそれぞれに重い事情を抱えていた。


 そんな話を聞いたモナルク様は、うるうるとつぶらな黒い瞳を涙でいっぱいにして、



「だったら、モニャの村においでよ。寒いところだけど、お家もお仕事も用意するよ。でも、もう悪いこと、しないでね」



 と、彼らに提案した。


 野郎ども、モナルク様の優しさと可愛さと可愛さに全員泣いたわよね……私ももらい泣きしたわよね……。


 この方こそが、本物の聖女よ!

 いや、女じゃないから聖人?

 いやいや、人ではないから聖モキュアとか聖竜とか……ええい、聖モナルク様でいきましょう! 聖モナルク様よ!

 私が好きになった方は、こんなにも素晴らしくて可愛くて優しくて可愛くて心が広くて可愛くて清らかで可愛くて可愛くて可愛いのよ! と全世界の皆々様に訴えたい!!

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