一人称が自分の名前でも可愛く見える方って、そうはいないわよね!

 モナルク様を仰げば、ピンクの濃度が増したモフモフが目に映る。


 黒いおめめを可愛らしくうるうる潤ませ、はわわと言わんばかりに可愛らしく口元を震わせるモナルク様に、私は尋ねてみた。



「あの……モナルク様、どうされました? もしやまたお加減が悪いのですか?」


「モナルク様は照れていらっしゃるんですよ! いい加減察しろ、このクソ鈍おバカ!」



 間髪入れず、ベニーグが怒鳴る。


 え……じゃあ、前にお毛色が赤みを帯びていたのも……?

 ベニーグが薬を出さず、恋愛小説を読めとすすめてきたのも、そういう……?


 理解した途端、ぼわっと顔面が熱を噴いた。


 あっ、これか! これと同じ現象なのね!?



「二人揃って、楽しく面白く愉快に顔を赤くなさっている場合ではありませんよ」



 シレンティの静かな声に周囲を見ると、数人の男達がこちらを囲んでいた。麻痺毒の効果が切れたらしい。


 するとモナルク様はもすっと立ち上がり、ぽにぽにの肉球で私の肩をシレンティ達の方へ押し出した。



「だいじょぶ。モニャに任せて。ベニーグ、シレンティ、アエスタをお願いにゅ」



 そして可愛い声でそう告げるや、まず一番近くにいた男に突進する。


 走るというより飛んで突っ込むといった感じで、そのまま短い腕を伸ばした。体重を乗せたパンチ一発で、あっという間にノックアウト!


 いや待って……よく見ると、爪が出てる。倒れた男の顔面にも、盛大な引っ掻き傷ができてる。猫と同じで、爪は普段隠れているらしい。


 薄ピンクの可愛い爪! これは新たな発見だわ!


 しかし、今度は背後から別の男が迫る。そちらには短い足で鋭い後ろ蹴り! よく届いたと褒めたい!


 お次は前方から二人、後方から二人。どうするのかとハラハラしていたら。



「むっきゃーー!!」



 何とモナルク様、口から火を吐いた! 忘れかけていたけど、そういえばドラゴンだった!


 尻尾からは、雷撃のビーム! 使い道がずっと謎だったちっちゃい尻尾、今初めてその用途が判明したわ!


 残るは五人。

 奴らはモナルク様を中心に、五角形の布陣を取った。敵もなかなか賢い。これなら口と尻尾の魔法攻撃では、どうしても死角ができてしまう。


 モナルク様、いよいよピンチ……!? 助けに行くべきでは……!?


 私は不安になって、隣のベニーグを見上げた。しかし彼は大丈夫だという言葉の代わりに微笑み、ピンクの物体をそっと手渡してきた。モフルクだ。シレンティを介抱する際に回収してくれたのだろう。


 モフルクをぎゅっと抱き締め、私は彼のオリジンであるモナルク様に再び目を向けた。


 五人が掛け声に合わせ、モナルク様に一気に襲いかかる――すると、ぺててててて。モナルク様がちっちゃな翼で飛んだ。

 五人、想定外の行動になすすべもなく仲間同士で衝突する。さらにモナルク様はその上にでふんと乗っかって着地し、まとめて全員倒した。


 が、やっぱり飛ぶのは疲れるようで、ひんひんふんふんと呼吸を荒ぶらせていらっしゃった。


 モフルクを胸の中にしまい込むと、私はモナルク様に駆け寄った。



「モナルク様! 大丈夫ですか!?」



 ひんふんしながらも、モナルク様は片手を上げてヒラヒラモフモフとモフ毛をたなびかせて軽く振った。大丈夫大丈夫、と仰られたようだ。


 私はそのふわほわ毛に包まれたぽにぽに肉球の手を握り、疲労で涙目になっているモナルク様を見つめた。



「私、モナルク様が好きです。大好きです! だからどうか、これからもモナルク様のおそばにいさせてください!」



 今言うことかと突っ込まれるかもしれない。けれど、今じゃなきゃ言えないこともあるの!

 先にうっかり告白しちゃったから、早急にやり直ししたかったの!


 焦ったせいでいろいろとTPOを間違ってそうな私の告白を聞くと、モナルク様はひんふんを止め、つぶらな瞳を瞠って尋ねた。



「モニャで……いいの……?」



 私は首がもげ飛びそうな勢いで頷いた。



「モナルク様がいいんです! 私はもう、モナルク様のことしか考えられもふん!」



 モナルク様の全身が、ほわっとまた濃いめピンクになる。それでも、ちっちゃな牙を見せて笑ってくださった。



「あ、ありがと……モニャも、アエスタ、好き。モニャ、アエスタをずっと守る。アエスタは、もうやなことしなくていい。モニャが頑張る。だから、モニャのそばにずっといてほしいにゃ……うにゅ〜、また噛んだぁん」



 モナルク様が、モフモフおててでモフモフお顔を隠してテレテレモフモフする。


 にゃ……だと?

 うにゅ〜……だと?

 噛んじゃったにしても、可愛すぎるでしょ!?


 あと、今更だけど、一人称モニャって可愛すぎて可愛すぎません!?

 私が自分のことを『アウェ』って言ってるのを想像してごらんなさいよ!? 『アウェぬぇー、モニャルクたまぐぁー、だぁいしゅぐぃー!』……ほら、愛の言葉ももはやホラーじゃない! 可愛い成分の欠片もないわ!


 つまり…………モナルク様は、喋っても噛んでも可愛いのよ!


 こんなに可愛い可愛い可愛いモナルク様が、私を受け入れてくださった……私を、好きだと言ってくださった! 嬉しい可愛い大好き可愛い!



「モナルク様、好き可愛い好き可愛い大好き可愛い! もう二度と、私はモナルク様から離れもふんからねっ!!」



 もっふーんと、私はモナルク様の胸にまた飛び込んだ。

 テレテレしつつも、モナルク様はモフモフと私を抱き締め返してくれた。



 そうして二人は抱き合い、幸せになりましたとさ…………とはいかないのが現実だ。



「それで……これからどうするのです? 王家に対して謀反を起こし、戦でもするのですか?」



 ベニーグが面白くもなさそうに呟く。



「は? 元はといえば、何もかも向こうが悪いんでしょ? くだらない噂で人心を混乱させた挙句に、何もしていない私達に責任を押し付けようとしたのよ? 許せる? 許せないわよね、そうよね! ということで……きっちり落とし前をつけていただくわ!!」



 ニタリと笑えば、モナルク様の可愛らしいピンクのモフ毛がぴゃっと逆立つ。ビビらせてしまったようだ。


 ごめんなさい……でも、恋する乙女は可愛くて可愛くて可愛いしかないモナルク様と違って、可愛いだけでは務まらないものなのよ。愛しい方のために戦う強さも併せ持っていなくてはね!


 モナルク様とモーリス領を守るためには、私一人が犠牲になればいいと思っていた。

 でも……やっぱりそれじゃダメだ。今の噂は収束できても、根本的な解決にはならない。私達は無実なのだと訴えて、皆に理解してもらわなくては。


 決意を胸に、私はモナルク様を見上げた。



「モナルク様は、私を守ると言ってくださいもふたわね? そのお気持ちは、とても嬉しいです。でも、『もしもの時は自分が戦う』……なんてお考えなのではありもふんか?」



 モナルク様がギクモフッと体を強張らせる。強張ったところで、ふかふかなのだけれども。

 


「けれどそんなことをなされば、またモナルク様が悪者にされてしまうわ。私はこれ以上、モナルク様を貶められたくありもふん。私だって、モナルク様を守りたい……いいえ、必ず守る。何としても守り抜きたいのです!」


「アエスタ……」



 モナルク様が私の肩を抱く手に力を込める。込めたところで、肉球ぽにぽになのだけれども。



「守られるばかりではイヤ。モナルク様が私一人に苦しみを背負わせたくないと仰ってくださったように、私もモナルク様に苦しんでほしくないのです。ですから、私もモナルク様を守るために戦いもふ!」



 モナルク様は決意表明する私をつぶらな瞳でじっと見ていたが、やがてもっふりと頷いた。



「わかったよ、アエスタ。でも危ないこと、しないでね。ううん、危ないことしても、モニャが守るよ!」


「ええ。守り守られ、助け助けられ、協力していきましょう! これからもずっと!」



 ――それが、夫婦ですから。


 とは言わなかったし、言えなかったわね……でも、モナルク様ならわかってくれると信じてるわ!



 名残を惜しみに惜しんで散々モフモフしてから、私はそっとモナルク様から離れた。


 そして、ナイフでか弱い乙女を脅したクソ野郎に近付く。

 奴はモナルク様に体当たりを食らって伸びていたが、尖ったヒールの踵で局部を思いっ切り蹴るとすぐに目を覚ましてくれた。


 背後でモナルク様だけでなく、ベニーグもきゃん! と怯えた声を上げたが、聞かなかったことにする。



「おはよう、芸術品みたいな美人がわざわざ起こしてやったわよ。感謝ついでにお礼しなさい」



 声も出せずに股間を押さえて悶える男に、私は冷ややかに告げた。


 あんなにイキり倒していたくせに、今は見る影もない。もう一度蹴ってやろうかと足を振り上げると、男は必死に首を横に振って涙ながらにごめんなさいごめんなさいと詫びた。


 ちっ、本当に軟弱ね。



「そ、それで……お、お礼……とはお金ですか? お金など俺達は」



 蹴り場を失ったヒールの踵を地面にガンと叩き付け、私はそいつに命じた。



「そんなもの求めていないわ。いいからとっとと起きて、仲間達も叩き起こしなさい。私達を王宮に連れて行くのよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る