条件を盛りすぎるくらいに盛ると、こういった尖った作品に出会えるみたいですわ!

 さて、私は読書がとても苦手である。本を読むことに慣れていないせいだ。


 一応の読み書きはお父さんに習ったけれども、本なるものにまともに触れたのはフォディーナ伯爵に引き取られてからだった。

 びっしりと細かな文字が紙面に並ぶ様を初めて見た時といったら……脳が拒否反応を起こして、卒倒しかけたほどだ。

 一字、一言、一文は理解できる。しかしそれがぎっちり詰め込まれていると、目にしただけで意識が遠くなる。


 こんな厄介な体質なものだから、たった一冊を読み終えるのに夜までかかった。


 ベニーグの提示した『両片想い』『モダモダ』という要素に加え、今流行りだという『悪役令嬢』『どんでん返し』『ハッピーエンド』、さらに『モフモフ』『バトル』『飯テロ』といった私の好みまで網羅した本をシレンティに厳選してもらったのだけれど……面白かったかと聞かれると、正直微妙だ。




 主人公は私と同じ、伯爵令嬢。

 綿毛に愛されるという特異体質で、常に全身を綿毛に覆われている。そのせいで周囲から気味悪がられ、悲しみと寂しさに暮れる日々を送っていた。もしかしてこの綿毛がモフモフ要素なの? いきなりコレジャナイ……。


 けれどある日、迷い込んだ王宮の庭で一人の男の子と遭遇。しかし彼女をオバケと勘違いした男の子は、大泣きしてしまう。


 その件で、こうなったらとことん嫌われてやる! と開き直った主人公は、綿毛まみれの容姿を活かしてオバケのフリをして皆を驚かせては喜ぶひねくれた性格になった。これが多分、悪役令嬢というやつなのだろう……多分。


 すっかり性格が歪んでしまった彼女は、行くなと禁止されていた王宮の舞踏会に出席。その舞踏会というのは実は、王太子殿下が未来の花嫁を探すべく開かれたものだった。


 我こそが花嫁にと浮き足立つ令嬢達を次々に失神させ、食べ物を奪う主人公。

 この食べ物の描写だけは、何故か恐ろしいくらい緻密だった。

 カリッとした表面に歯を立てればふっくら柔らかな食感が迎えるパンの美味しさ、噛むとじゅわりと肉汁と共に解けて旨味が広がる肉料理の味わいまで、表現がリアルすぎて本当に食べているみたいに感じて、お腹が空くどころか逆にお腹いっぱいになった。空腹時に携帯しておくと便利かもしれない。


 そしていよいよ王太子が会場に登場。

 主人公は驚いた――何と、あの泣かせた男の子こそが王太子殿下だったからだ。


 かつて男の子だった王太子は彼女に近付き、当時のことを謝る。

 彼は彼女を恐れて泣いたのではなかった。彼女を、何て美しいオバケなのだと感激して泣いたのだ。

 また主人公も、彼のことがずっと気がかりだった。自分のせいで毎夜悪夢にうなされているのではないかと思うと、心が痛んだ。その痛みから逃げるために、オバケのフリで皆を驚かせて悦に浸っていたのだ。思考が無茶苦茶である。


 しかし主人公は今更素直になれず、王太子殿下につれなくしてしまう。だからといって、王太子殿下も諦めない。やっと再会できた美しいオバケ――ではなくて人だったけれど、逆に人なら結ばれることができると喜び、彼女にどうか結婚してほしいと迫る。


 それでも主人公は懸命に断り続ける。

 自分なんかが王太子妃になんて……そもそも自分のような者はこんな場所に来てはいけなかったのだと涙まで流して。いきなりしおらしくなってついていけない。情緒が不安定すぎる。綿毛に愛されるのは、綿毛と同じであちこちに飛びやすい精神のせいでは? といった考察が捗る。


 ところが突然、主人公の体を纏う綿毛達が一斉に王太子殿下に襲いかかった!

 泣き出した主人公を助けようとしたためだ!

 綿毛、動けたんだ……幼い頃は主人公が虐げられて泣いていても無視していたのに。きっと成長して動ける力を身につけたのだろう、と脳内で勝手に補足しておく。


 王太子殿下は果敢に立ち向かった。剣で綿毛を払い除け、キックで綿毛を振り落とし、全身を華麗に駆使して戦う!

 そんな彼の姿に、主人公は胸が熱くなるのを感じた。こんなにも、この方は自分を愛してくださっているのか、と。



『もうやめてーー! その方に手を出さないで! その方は私の愛する人なのよーー!』



 耐え切れず、主人公は綿毛の攻撃に翻弄される王太子殿下のもとへと飛び出した。剣やら手足やらを振り回してるのに、いろいろと危ない。


 彼女の伸ばした手が王太子殿下に触れた瞬間、綿毛はぶわっと離れた。

 消えたのではない。再び彼女の体に戻ったのだ――何と、白いウエディングドレスの形となって。


 綿毛は王太子殿下の想いの強さを知り、主人公に本当の気持ちに素直になってほしくて、こんな荒々しい行動に出たのだ。もう何も突っ込むまい。突っ込む気力も湧かない。


 こうして二人は、結ばれた。主人公は『綿毛姫』と呼ばれ、皆に愛される王妃となりましたとさ。おしまい。




 はい、めでたしめでたし……といったわけで、私は『綿毛姫』なる本を閉じた。途端に、とてつもない疲労感が全身を襲う。


 ねえ…………感想なんか出てこないんだけど? どうしたらいいのかしら?

 この何ともいえない感情、どう頑張っても言葉にできないのだけれど。

 モナルク様との楽しく可愛い夕食タイムまで犠牲にして必死に読了したのに……時間を返せという一言しか出てこないわ!?



「シレンティ、本当にこんなお話が流行っているの?」


「流行りは流行りですけれど、この物語に関しては少し特殊ですね。ベニーグ様のご要望のみでしたら舞台にもなった人気作もあるのですが、アエスタ様のご要望も取り入れると、こういった独特な作品しか挙がらなくて」


「私のせいなの!?」


「で、ですが、恋愛物としてのポイントはおさえているとは思いますよ? この個性的な設定は一度読めば二度と忘れられなくなること必至ですし、お好きな方には刺さるかもしれなくもないかと」



 シレンティの気まずそうな声音から察するに、どうやら彼女にとっても好みからはズレた物語だったらしい。



 しかしこのお話から、どうやってモナルク様の不調の原因を探れというのか?


 主人公、病気一つせず元気一杯に悪さしてたじゃない……もしかしてモナルク様も、ワルいコトをシタいお年頃だとでも言いたいの?

 オバケのフリをして驚かす程度のイタズラなら、私が受けて立つわよ? 思いっ切り腰を抜かしてひっくり返って痙攣して、白目まで剥いたビックリ顔を披露して逆に驚かし返して差し上げますわよ?


 役に立つかはわからないけれど一応、『ぎえー』とか『あいやー』とか叫びながらショックで倒れるフリの練習をしていたら、ドアをノックされた。

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