第3話 早橋和可菜《はやばしわかな》との日常


【教室で】


「春岩くん、今練習してる曲の譜面見せて欲しいな?」


「えっ?」


 同じクラスの早橋さん。部活ではアルトサックス担当だ。人なっつこく、誰とでも話ができるタイプ。短めのツインテールが彼女の活発なイメージにぴったりだ。


「嫌だった?」


「そ、そんなことないよ」


 早橋さんは興味深げに楽譜に目を通す。

 どうしてだろう、この子はそんなに真剣に部活するってスタイルじゃないはずなんだけど。なにせ調理部と兼部しているくらいだから。


「へえ~、低音パートってこうなってるんだね?」


「う、うん」


 彼女が何を考えているのかよく分からない。

 今みたいにしょっちゅう声をかけてくれるし、もしかして僕自身に興味があったりして……。……いやいやそんなわけないだろう。余計なことを考えるなよ、僕。


 とりとめのないことを考えていると、


「ごめんね。入梨先生に『男の子一人でやりにくいだろうから声かけてあげて』って言われてて……」


 ……なるほどね。納得。しゅん……。




【贈り物】


「これ、調理部で焼いたクッキーなんだ。食べてみて?」


 早橋さんが僕に駆け寄ってきた。


「あ、ありがとう。いただきます」


 部室ではなくてここは教室だ。周りの男子の視線を一身に受けながらクッキーの入った袋を受け取る僕。ちょっと優越感。


「あんまり上手くできなかったんだけど……」


 早橋さんは申し訳なさそうにしている。


「そんなことない、嬉しいよ」


 袋を開けると……変な臭いがする。これって……。


「うっ……」


 口に入れた瞬間から苦い……。だ、ダメだ、顔をしかめちゃ……。


「大丈夫大丈夫っ!身体に悪いものは入ってないから安心して? 次からはもっと上手く作るから。ねっ?」


 笑顔で言われてもな……。


「う、うん」


 周囲の男子の視線に少し同情が混じった気がした。




【マフラー】


 冬。市立のホールでの演奏会の日。


「春岩くん、今から自転車移動するんだよ? それじゃ危ないって」


 冬。僕の胸元を指さす早橋さん。見ると、長いマフラーが余って腰あたりまで垂れ下がっている。


「しっかり巻いて縛っとかないと」


 『縛る』ってなんか……ちょっとエロいかも、なんて下らないことを考えていると、


「ぐえぇっ!!」


 締め過ぎ……きつ過ぎだって……。

 なにこれ? こういうプレイなの? いつからそういうお店になったの、この部室?


「あっごめん、きつかった? 大丈夫大丈夫、外は寒いよ~? このくらいのほうがいいって」


 寒さの前に、これじゃ外に行くまでに死んじゃうよ……。



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