エンドロールの少し後
獣乃ユル
エンドロールの少し前
自分の腹部から流れ出した赤黒い血液が、静かな月光を反射して鈍く光っている。豪華絢爛だったこの部屋、魔王の住まうこの部屋も、激戦に巻き込まれ殆ど原型を残していなかった。
「相打ち、か」
己の体を辛うじて支えていた力も抜け落ち、蒼い絨毯の上に倒れ込む。
「これしか……無かったんだよ」
それは、俺の敵であった魔王も同じようで、彼女も地面に伏していた。彼女の美しかった白銀の髪も土埃と、血によって汚れてしまっていて。光を放っていた蒼い瞳は、炎を失って濁っていた。
「この糞みたいな争いを止めるためには」
俺達が争う原因となったのは、元を辿れば大昔の種族間の戦争だ。自分の利益しか考えない阿呆どもが起こした抗争で、今も無辜の命が散っていっている。
煤で汚れていた古い書籍に記されていたこの戦争の終了条件は、両種族の力の象徴である
「ふふ……この選択をできるのが、お前が勇者である理由の一つなのだろうな」
「あんたも、な」
けれど、其れじゃ終われない。俺らの片方が死ねば、戦争が一方的な搾取に変わるだけだ。だから両方死ぬ。死んだ後に世界が変わる為に出来ることはした、だから、もう俺は後の人間に任せるしかない。
「布石は遺した。私たちの役目は、ここで終わりだ」
「あぁ……よく頑張った方だろ。二人とも」
残った力を振り絞って、体を仰向けの状態にする。天井が視界を覆いつくしているせいで空は見えないが、月明かりを感じられたのならそれで十分だった。
「あぁ……身勝手だな。俺らは」
「そうだな。任せる事しかできないようだ」
思わず出た咳には、べったりとした血が混ざっている。
「勇者よ。種族の運命に抗った者同士、ここで戦えたこと、語りあえたことを誇りに思う」
裂帛の気合を込めて軍を率いていたとは思えない程彼女の声はか細く、震えていた。きっと、これが彼女の本来の姿だったのだろう。背負った種族の業と、使命感が彼女の姿を変えてしまったのだと、本能が察した。
「あぁ……俺もだよ」
瞼が異常に重たくなり、視界と思考がぼやけ始める。もう、限界だ。
「なぁ、勇者よ」
小さく、耳を澄まさなけば聞こえない程の声量で魔王は語り掛ける。彼女もきっと、俺と同じように意識を保つことすら危ういのだろう。
「……どうした?」
「いや、お前と対立したことが酷く惜しいよ。私たちは、きっと分かり合えた」
彼女の声の震えがどんどんと増していく。彼女の送ってきた道には、多くの公開が残っているのだろう。それは、俺も同じではあるが。
「それを選べなかったのは、きっと俺らの罪だ」
武力でしか語れなかった。其れでしか結論が出せないのだと思い込んだ。こうやって正面で語れたのなら、こんなにも簡単に理解しあえたというのに。何故、何故。
「そう……だな」
徐々に熱を失っていく肉体に、咄嗟に苦笑した。後悔したまま死にゆく訳には行かない。それはきっと、俺の為に命を捧げてくれた仲間たちへの侮辱になってしまうから。だから、せめて笑って死ねるように。
「正解じゃないよ、俺らは……やり直したい選択肢なんて、数え切れない」
「……心から同意する」
静寂がこの場を支配する。争いだけに身を置いて、この道しか選べなかった俺らには、せめて静かに眠らせてもらえるのは救いなのかもしれない。
「……巡る輪廻の先でまた逢おう。勇者よ」
静寂を切り裂いたのは、明確な彼女の言葉だった。
「できれば、友好な関係でな」
少しおちゃらけた様子で、彼女はそう言う。そう、だな。もし次が在るなら、血で塗れたこの手で何かを祈れるというならば。もっと家族と居たかった、もっと仲間を大切にしたかった、もっと静かに生きていたかった。そして、
「あぁ、また。何処かで」
そんな願いを込めて、言葉を吐き出す。そのまま、意識を深い、深い水の底に沈めていくのだった。
これが、俺の冒険の最期の一頁。英雄にしかなれなかった俺と、王にしかなれなかった彼女の物語は、ここで終わる。はずだった。
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