第99話 魔王ヘルガヌス(レイ)

 ヘルガヌスは事前にネイムドキャラを自分の玉座の横に並ばせていた。


 ラビ、マロン、カロン、ボロン、エルそして本命のサラ。

 もしかしたらサラ以外も八人目のヒロインの可能性がある。

 だからレイが思いつく、ヒロインの可能性のある魔族を勢揃いさせた。

 そして脇にはチューリッヒ、イーリ、ドラグノフを並べている。

 これはアズモデが出てきた時に色々言い訳が聞くと思ったからである。

 寧ろ勇者を全員がかりで倒す策に出るとは!

 と彼もにっこり笑顔になることだろう。


 ——彼は経験値に拘っている、嫌う筈がない。


 そして今まさにあの扉が開かれようとしていた。

 因みに、カギッコホネッコは放置している。

 キラリとの会合は必須であるし、カギッコホネッコにとってそれが救いでもあるからだ。


「な、なんだと……⁉」

「あらあら、お盛んね!」


 だが、レイはつい目の前で起きたことに度肝を抜かされた。


 場所はバージンロードに入った直ぐ。


 そういえばそうだったと、彼は一度深呼吸をする。


 このデスキャッスルがただ拡大して作られた理由にもう一つあったからだ。

 勇者はこのデスキャッスル、あろうことか車で乗り込んでくる。

 コンビニに突っ込んでしまったとかいうレベルではない。


 お前らマフィアゲームの主人公かよと言うくらい、荒っぽく侵入をしてくる。

 ただ、ここからは目を背けたくなる行動に彼らは乗り出した。

 文字通り、乗り出した。何かに乗り出した。


「あいつら……、車で何をしている‼」

「うわー。結婚式場ですよ、ここ。ご主人、今の時代は婚前交渉が当たり前のようですね……」


 彼らは一度は車を降りようとした。

 けれど何か、思い付いたのか、アルフレドが車の中に戻り、そしてヒロインを一人ないし二人、車内に連れ込んだ。

 そしてその米粒のようにしか見えない彼らではあるが、とある金属音だけは聞こえてきた。

 サスペンションが軋む音。

 ギシギシと軋む音。

 車内の音は聞こえないから声までは聞こえない。

 けれど、とにかく停まった車が揺れている。


 夜景スポット、海辺などで見られる光景だ。


「へ……、へー。そ、その子なんだ……。セロの神様……、なにやってんだろうなぁ……」

「魔王様、あたし達がいるんですよ。もっと威張ってください」


 レイはただ待つことしかできない。

 だって、あそこは自分が死亡するムービー地点なのだから行って確かめることができない。

 いーや、見たら卒倒する自信があるから、絶対に行かない。


 ——だったら目を背けたい。


 ムービーシーンではないのだから、車の中までは分からない。


 最初はキラリとアイザだった。

 それだって十分に問題はある。

 次はエミリ……、マリア……、リディア……、10分かそれ以上の時間、一人ずつ連れ込んでいる。

 そしてその度に車は上下に軋んでいる。

 そして フィーネ‼

 更にあろうことか、ソフィアまで‼


「ぐぬぬぬぬ。我慢しろと?で、最後は全員だぞ‼ お前朝っぱらから何やってんだよ!ってか!家庭用ゲーム機なんだぞ!俺……、もう、心が壊れそうなんだけど。……っていうか、魔王の前で何見せつけてくれてんだよ、あいつら‼」


 ここは夜景スポットですか?

 いや、まだ朝ですよ?


 ——魔王軍の選りすぐりが見守る中、金属の擦れる音だけが響く。


 それなら内部では何が擦れているのか、考えるだけでも卒倒しそうだ。


 全員で車の中に入ってギシギシと音をさせている。

 ただ、これは恋愛ゲー、それはあったという前提でもプレイできる。

 そして、これは現実でもある。そういうこともあるだろう。

 きっと自分もそういうことをしたんだろう、なんて心の余裕はもはやレイにはない。


局地的重力波ドッタンバッタン

「だー、魔王様、ご乱心っすよ。ラビ、落ち着かせて!」


 だから、自分が行かなければ良いと思い、天井を崩してやった。

 もう、車が壊れても問題はない。

 だってキラリがいるんだし?

 キラリとの好感度もマックスっぽいし‼


「ご主人、落ち着きましょう!」

「ええい、ままよ。言い訳をするならあれだ。八番目のヒロインの好感度が下がっているかもしれない。……っていうか、あいつら、RPG舐めてんぞ‼」


 車の上に瓦礫が落ちていく。

 勿論、この程度で化け物集団である彼らが死ぬ筈はない。

 すぐに瓦礫が横の壁にドンッと放り投げられて、彼らが出てくる。

 そう、出てきた瞬間だった。


 ——空間がひずむ


 ——奇跡が起きようとしている


 そう、ここで彼らはやって来る。


 だが、やって来たのは殺意。


 その一撃はせっかく侍らせたヒロイン候補の命を刈り取るもの。


「ちぃぃぃ!! マジかよ!! 変なこと教えんじゃなかった。大魔法障壁(火・水・土・風・金)全属性魔法物理バリア!、全補助魔法無効化シバリング・ボイス!お前ら、俺の後ろに集まれ。この攻撃はお前達には不慣れすぎる。」



 遠距離から魔王を仕留める。

 その手があった。そして察知できて良かった。

 この攻撃で八人目のヒロインが殺されれば、全ての努力が無駄になる。

 この血の涙さえ、切り刻まれた心さえ無駄になる。


「全員!俺の近くへ!」


 ただ、まだまだ魔法とスキルの併せ技は収まるところを知らなかった。

 そしてこれはおかしなことでもあった。

 ヘルガヌスは魔法特攻型。

 だから魔法の類は基本的に無効化される。

 勿論、スキルは通ったとしても、併せ技であるから、威力はスキル単体よりも劣る。

 それは彼らも知っている筈だ。

 そしてこれは明らかにMP・TPの無駄遣い。

 そんな彼らは休息を取ることなく、ヘルガヌス目掛けて歩き始めている。


「わ、こっち来ますよ!ご主人!」

「なるほど。邪魔されて怒っているってことか。でも好都合だ。さぁ、早く来い。勇者共。分かるか。イベント回収だ。八番目のヒロイン様の登場シーン……」


 そして彼らが一定の距離に近づいた瞬間、レイは後ろに控えさせていた魔族の美女を二人ずつ両肩に抱いてアルフレドに見せつけた。

 その瞬間、彼らは半眼を向けた。


「何?この魔王。女侍らせて、厭らしいやつね。」

「アタシは魔王ってこういうイメージあったかなー。でもゲスだからぶっ殺そうよ。」

「この女達も魔族なんでしょ一緒にぶっ殺しましょう!」

「そうね。アイザちゃんを除いて魔族にかける情けはないです。」

「ちょ、ソフィアさん? 俺も魔族なんすけど……」


(あ、そういえばさっき、ゼノスだけ車の外にいた。あいつが一番可哀想なのかもしれない……)


 と、レイは一瞬だけ思ったが、おかしい。

 八番目のヒロインがいるのなら、ここでムービーがカットインして来る筈だ。

 ヘルガヌスことレイは変わる変わる、魔族側のヒロイン候補達を入れ替えて見る。  

 守れるように抱きしめながら差し出していく。


「きもちわるいのら。あたし達、そういうの嫌いなのら!」

「あぁ、やはり外道ということだな。もう構う必要はない。魔王ヘルガヌス、さっさと死ね!!」

「ってお前が言う……のか」


 その瞬間、全ての空気が変わった。


          ▲


 魔人レイは死んだ。

 情けない顔で命乞いをしたが、その後卑怯な手をまた使ってきたので、全員で殺した。

 もう、アレを見なくて済むのだ。

 それでフィーネの心が救われたら良いのだが。


フィーネ「大丈夫。行きましょう」


 巨大な通路、巨大な玉座、そこに座すは魔王ヘルガヌスだった。

 アルフレド達は裏切り者であるレイとの戦いについにケリをつけ、この世界に闇をもたらす王の前に辿り着いていた。

 そしてアルフレドは魔王を睨みつける。


アルフレド「お前がいる限り、この世の中は乱れたままだ。だから俺が、いや俺たちがここにきた。俺は女神メビウスに遣われし光の勇者アルフレドだ。悪いがお前を滅ぼさせてもらう。」


 その言葉を聞き、邪悪な笑みを魔王は浮かべた。

 不気味な魔法使いと悪辣な王様を足して二で割ったような姿をした彼は悪が体現したような姿をしていた。

 そして魔王は厭らしい目をリディア姫に向けた。

 だが、その視線はアルフレドによって遮断される。


ヘルガヌス「魔族の世界も悪くないと分からんか。勇者アルフレドよ、定番の言葉を一つ言おうか? どうだ、世界を半分お前にやるからワシの部下になれ。」


アルフレド「断る‼」


(でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!なんで魔王のムービーが始まってしまうん? あの距離感、どう考えても俺が一番後ろだったじゃん。先にサラ……、いやエル……、いやラビ……、歌姫三姉妹!どれも捨てがたい……って言うてる場合じゃない! このヘルガヌスの声、俺の口から出ている⁉)


ヘルガヌス「ふっ、馬鹿な奴め。冗談も通じないとはなぁ。ワシがお前達にやれるものなど、これっぽっちもないわい。」


(うわ、このセリフ。こいつがラスボスじゃないって分かった状態で聞くと、すごい悲しい言葉に聞こえるな。そう、そう。お前にそんな権利は一つもないもんね。だってラスボスじゃないしぃ!……っていうか、ほんっとにさっき一瞬だけリディアを見たよねぇ!でも、全然話振ってくれないじゃん!ナレーターも少しは気使え!やっぱこいつ、すげぇかわいそうなんじゃないか?)


アルフレド「当たり前だ。お前達悪魔は外道の塊だ。この世界にいてはいけない存在は消えてもらう。」


ヘルガヌス「やれやれ。さきほどお前さん達は仲間を殺したではないか。あれが光の勇者様の行いか?」


エミリ「うるさい!あいつは悪魔だったじゃないか!フィーネに何をしたと思ってんだ‼」


ゼノス「あいつは人間時代から外道だったからな。全く。あいつを魔族にさせるのも俺は最初から反対だったんだ。でも、美しい姫をお救いできて本当によかった。それにあの時、フィーネをあいつの手から救うことが出来て、今の俺は本当によかったと思うよ。」


(あ?何言ってんだ、てめぇ。すぐに寝取ろうとする変態野郎にして、幼児性愛のど変態じゃねぇかよ‼)


フィーネ「うん。もう大丈夫よ。さっきぐっちゃぐっちゃに切り刻んでやったからね。まだ……胸は痛むけど。これからは前だけを向いていく。」


(あれ、そうか。このムービーだと俺って死んだ扱いなんだっけ。この話が出てるってことはそうだよなぁ、……ってやばくない? 俺、もしかして今度はヘルガヌスの役もやんの? 一人二役ってどんな世界だよーーって、俺が引退させたのかぁ!どうしよう……、どうしよう……)


リディア「アルフレド、いつまでもあんな男と話さないで。貴方まで……その悪い影響を受けちゃうかもしれないから。サラみたいに……。」


(……このままじゃあ、俺がヘルガヌス死亡イベントまで引き継いでしまう! せっかくさっきの死亡ムービーをカットできたっていうのに!だってさ、だってさ、そこにイベントがあると思ったから……、俺は……間違えていたのか? 本当はずっと前に拾うべきものがあったのか?フラグ回収忘れ……、でも、もう一回レイモンド役をやるのは……)


アルフレド「いくぞ!魔王!滅してやる!」


ヘルガヌス「かかってこい、若造ども!そして、できれば女は俺のものにしてやるからなぁ!」


(あぁ、どうしよう。考えがまとまらない……。とにかく、もうすぐムービーは終わる筈だ。だから、まずは……)



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