第64話 本当のエルザ
マリアとエミリが思い描いた光景が、レイの前には広がっていた。
そもそも強制ムービーイベントでも半数しか戻っていない。
つまり、これはどう考えても魔王軍の大敗だ。
別に勇者が悪いわけではない。
これがこの世界の形なのだ。
だからレイは二体のモンスターを連れて、ヴァイスへの帰路についた。
「まずは、エルザ様に報告だなぁ。チョリソー作戦は大成功でしたって。」
「へ⁉なんで大成功なの?ウチ殺されそうになったよ?」
「当然だ。勇者に経験値を食わせる。これがこの世界のルールだからな。魔王軍はホワイトに見えて、モンスターの命をゴミのように使う軍隊だぞ。ラビもジュウも死にたくなったら、この世界の隅っこでうずくまってた方がいい。俺もいずれはそうするつもりだ。」
「えー、ウチはレイに恩を返すまでは一緒にいたい!」
「拙者は……」
レイはなんとなく背中にもう二本手があるイメージをしてみた。
すると予想通りコウモリの羽が背中から生えた。
魔人レイモンドを継承しているとすれば、羽が生えて当然だった。
そしてラビを左腕で抱え、ジュウを右肩に乗せながらヴァイスを目指す。
彼がヴァイスを目指す理由はエルザの様子を見る為だ。
このまま死んだ扱いされても良いとは思う。
でも強制力が働くと分かってしまった。
だから、それは無理だと思う自分がいる。
「とにかく、エルザが二重の記憶に戸惑っていないかを確認しないといけない。ここまで来て、進行不能バグは勘弁だ。」
アルフレド達のように、彼女も混乱しているかもしれない。
それに、これから始まる六人目のヒロインの登場には、エルザの存在が不可欠だった。
だからエルザをあの場で死なせるわけにはいかなかった。
「えと……、ウチ達はなんて言い訳したらいいのかなぁ。」
「拙者はどうしたらいいのか……。この先のこと全然考えてませんでした。」
まーた、おおねずみ子爵十三世の喋り方が変わっている。
もしかして、これは彼の中のヒエラルキーの差によって生まれるのかもしれない。
ねずみなのだから、相当な数がいるだろうし、そもそも彼は貴族を語っている。
実はかなり上下関係を意識しているのかもしれない。
「言い訳は多分要らない。っていうか俺たちは遊撃隊だし、俺がリーダーだから俺がなんとかするよ。それに……」
そう言ってレイはヴァイスの入り口に立った。
ここは魔王軍がこの世界に誕生する前は王国の砦があった、という設定だ。
だから、それを真似て入り口に門番がいる。
ただモンスターに対してボティチェックなど意味がないので、単純に素通りできる。
だから
「エルザはそんなに残酷な奴じゃない……筈だ。ネット掲示板レベルの情報だけどなぁ。」
あくまで考察の範囲だ。
でも、理由を考えれば納得がいく。
エルザの妹アイザは魔族なのにアルフレドと行動を共にする。
そして、そのことにエルザは一言も触れない。
アイザもアイザで勇者大好きっ子になるという設定だから、この辺りは本当に意味不明すぎる。
でも
とにかく今考える必要なのは、姉妹が引き離されるという、穏やかでない設定を受け入れる世界ということだ。
「つまりは、エルザの見せている姿は虚勢。大半の考察ではエルザは自分の意志でスタト村を襲っていない、で纏まっている。」
レイは人間の言葉でぶつぶつと喋りながら、ほぼ顔パスの要塞を進む。
RPGあるあるだが、モンスターは人型、無形型、動物型、昆虫型などなど、多種多様だ。
なのに、何故かモンスター同士は会話が成立する。
そして皆、概ね仲が良い。
ただ、派閥があるからグループ分けがされる。
そして偶に知性のないモンスターは、モンスター同士で戦っている。
でも、アーマグ大陸にいるモンスターの知性は、エスタリア大陸のソレらとは違うらしい。
「ジュウ、エルザのいる長官室は分かるか?」
「ここの一番上って、聞いてますけど……。兄さんはほんとにこのまま行くでござるか?」
流石に長官室。
四天王エルザの前では彼らは脆弱すぎる。
だからレイは、彼らには兵舎で待つように言った。
そして身軽になったところで、レイは最上階の長官室を目指した。
「レイ、気をつけてね!」
「あぁ。ま、気楽にしててくれ。さて……」
最上階の階段までラビがついてきてくれた。
彼女はモブモンスターだ。
簡単に命が失われてしまう。
だから恩なんて考えずに気楽に生きてほしいと思っている。
エロ目線でサキュバスバニーと会いたいと思ってレイ。
だが、ラビは甘え方が子供っぽいので、親戚の子供という目線になってしまう。
そも、命の恩人だからといって、何をしても許されるわけがない。
「さて、じゃあノックしますか。」
レイは背筋を正して、長官室の扉をノックしようとした。
だがその瞬間、横開きの扉が左に滑り、エルザとばっちりと目が合ってしまった。
「あ、エルザ様。えと……」
美女が目の前に現れた瞬間に、レイの頭は真っ白になった。
普通に会話をするだけのつもりだったのに、いざ妖艶な魔女に出会ってしまうと心の臓が飛び跳ねる。
ただ、エルザは目線を逸らして真横をすり抜けた。
レイが呆けていると彼女は一度、上半身だけ部屋の外に出し、彼の手首を掴んで強引に部屋の中に引き入れた。
そして彼女は指をレイの唇に当てた。
とりあえずは黙れ、という意味で。
「レイだったな。お前に聞きたいことがある。」
彼女の目は「お前は戦場から逃げたのか?」という追求の色はしていない。
どちらかと言えば、憂に満ちた目をしている。
これがレイがここに急いだ理由だった。
だが、ここでレイは誤りに気付く。
(あ、そうか。エルザはもう……)
彼女はミッドバレーでイベントキャンセルを経験している。
「二重の記憶……。それに突然記憶が飛ぶ……、そういう現象についてか?」
レイは単刀直入に聞いた。
勿論、その言葉でエルザは一瞬だが、目を見開いた。
レイの記憶ではネイムドの中でエルザしかこの現象は経験していない。
アズモデに関しては憶測しかできない。
イベント中に登場して、イベント中にいなくなったのだから、それをやったつもりになっているか、それともその行動全てがキャンセルされているのか分からない。
ただ、エルザの返事は、レイの予測のかなり上空を飛んでいた。
「確かにそれは気になる……。でも……、違うの!あたしが聞きたいのは勇者の素行についてよ! あたし……、勇者があんなに卑怯で、残酷な奴らだなんて思っていなかったから……」
レイの心が「あれれぇ?」と言っている。
流石にその質問は想定外だった。
けれど、自分の血の気が引いていくのも感じていた。
「レイ、お前はあの勇者を裏切った!それはもしかして……、あんな残酷な連中についていけなくなったから……、そうなんでしょ?」
(は?まさかのレイモンドを善人に勘違い⁉ いや、その発想はなかった。だって、俺、魔族になるつもりなかったし……。これは何を言ったら正解なんだ? 俺があいつらを育てた。よし、これだ。これで行こう!)
「正直に話してほしい。でも、仲間の情報を敵に売りたくないお前は、『俺があいつらを育てた』なんて言うんだろうな。お前は優しいから……」
(違う違う違う!なーに言ってんの、この人! ちゃんと設定読みましたか?レイモンドは嫌なやつですよー?しかもさらーっと俺の出口を塞がないでくれます?)
「えっと……。本当に俺が育てたかなーー?くらいかもしれないかもしれない? いや、あいつらは実際に良いやつだよ。って、魔族の俺が言うのもおかしいけどさ。」
「お前は相変わらず、よく分からない奴だな。とにかく座れ。まずはお前という人間が知りたい。いや、今は魔族だったか。」
そして、ここから!
「飲み物を用意するけど。レイは何がいい? 紅茶?コーヒー?」
「俺、コーヒーかな?できればアイスで。」
「おっけー。ちょっと待っててね」
レイはふかふかソファに座っている。
え⁉
レイモンドがふわふわソファに⁉
座っている、だと⁉
と思ってしまう。
マリアの家で座ったことはあるが、アレはニイジマの時だ。
それ以外のレイモンドは基本的に冷遇されている。
だが、ふかふかしながらもレイは感じていた。
(何これ! ギャップ萌えのレベル超えてるし!いやいや、これは分かっていた。やはり考察は正しかった。彼女の本当の性格はこっちだ。今だって、コーヒーを準備する前に茶菓子をさりげなく置いていった。もしかしたら、彼女の本来の優しさに触れて、レイモンドはあの戦場にいたのかもしれない。勿論、一番あり得るとしたら、勇者達の様子を色んな意味で探ろうとしたなんだろうけど……。ワンチャンあるか。レイモンドはエルザを狙っていたかもしれない。)
因みに先ほど、エルザはこの部屋のドアを内側から鍵をかけた。
つまり、これから他言無用の話が登場するのだろう。
彼女が勇者と話をした理由、それはアイザを任せるに相応しいか見ていたのではないか、という考察が主流である。
そして、今まさに彼女は勇者に対する心象を話した。
だとしたら、嫌な予感しかしない。
(これ、またやってしまった奴では?悪い方向に!)
レイはエルザと向かい合わせにソファに座っている。
世界の意志であるメインストーリーによれば、チョリソー港町の人間が東の先にある砦のせいで、困っているという話になる。
そして勇者はヴァイス砦に向かうのだが、そこで勇者はエルザに再び遭遇してしまう。
先の戦いではエルザに歯が立たなかった為、ここでもまだ彼らは戦わない。
エルザと勇者の戦いはネタバレになるので明かせない。
だから、今度はワットバーンがボスとして現れる。
そしてアイザを無事保護するという流れまでが、ムービー、イベント、ムービーという順番で行われる。
最初のエルザムービーがないと、その後のイベント、ムービーイベントも失われる。
レイの仕事は、無事にアイザを勇者に届けることだ
だから、この後のエルザの発言に言葉を失った。
「あたしはバカだったかもしれない。こんなブラックな魔王軍だもの。妹もいつか戦わされる。だから、あたしはあの子を、アイザを勇者の手に委ねる。そう思ったの。だって、あの子は普通にしていたら人間の女の子だから……。でも、あんな悪辣な連中だとは思わなかった。アイザにも……、ちゃんと説明しなきゃ。だからレイ……。今から一緒にアイザに会ってくれない?」
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