にわめ 様子がおかしい

何もやることがないと時間は早く感じる。

気付いたらもう退院の日になっていた。

お世話になった看護師と医者に別れを告げ、両親に連れられ病院から出る。


「退院おめでとうございます。お嬢様」


病院の自動ドアが開くとそこには執事のような人と奥の車寄せに高級そうな車が停まっていた。


(家ってこんなに金持ちだったっけ?)


強い違和感を感じながら母に手を引かれ高級車に乗る。

全員が乗るとすぐに車が出た。


それはそうと、退院までの間私は様々なことを決めていた。


1つ。これからは口でも心の中でも一人称を【私】にする。

2つ。言葉つがいを年齢に合わせる。

3つ。状況把握のため、あまり喋らない。


他にも色々あるが、とりあえずせっかくのTS生活を満喫するために慎重に進めることにした。

それにしても、記憶喪失はやり過ぎたかもしれない。せめて、記憶が曖昧になってるくらいにしておくべきだった。


そう後悔してるのもつかの間、家に着いていた。

2階建ての青緑の瓦の家。小さな庭付き。

どうやら家は変わらないようだ。


丁寧に執事に車から降ろしてもらい、家の中へ入った。執事はそのまま私達を家に届けると車でどこかへ行った。


「美里。ここがお家よ。わかる?」


母は記憶喪失設定の私に少しでも記憶が戻って欲しいのかしょっちゅうこういう確認をする。


「ううん」


私は記憶喪失設定を継続する。ここで記憶が戻ったと言ったら私のしたいことができない気がする。


残念そうにした母は私の頭を撫でると手を繋ぎ2階へと私を連れて行く。


「ここがあなたの部屋よ」


自分の部屋は変わっていないようだ。だが、母がドアを開けるとすぐに異変に気付いた。


ガチャ


「美里おかえり!」


なんと姉が部屋の中に居るのだ。それに、両側に下が机のロフトベッド。間には棚の上にテレビ。それに、少し部屋が広い気がした。


「美里が帰ってくるから部屋キレイにしておいたよ」


(そんなこと言われても、色々と変わりすぎなのだが)

この世界線では通常なのだろうが、あまりの違いに私はしばらくフリーズした。


「んじゃ、千香【ちか】。いつも通りにお願いね」


そういうと母は私を置いて、部屋には姉と二人っきりになった。


「観てた番組は全部録画しておいたから、後で一緒に観ようね。美里が帰ってくるまでずっと観ないでおいたんだからね」


(姉よ。記憶喪失だから途中から見せても内容わからないと思うぞ)


どうしたらいいのか分からずそのまま黙っているとさっきまで笑顔だった姉の顔が気落ちした顔になった。

「美里。やっぱり記憶無いんだね…いつもなら「わ~い!おねーちゃんだいすきー」って言ってくるのに…」


この世界の自分がどんなやつだったかは全然知らないが、少なくともシスコンだったということが今わかった。まぁ、まだ若いしシスコンとは言えないかな?


「ごめんね。突然のことで混乱してるよね。とりあえず部屋の説明するから中に入って」


私は首を縦に振り姉との二人部屋になっていたかつての自室に入った。


────

──


「で、ここにあるのが救急セットね。んじゃこれでおしまい。他に聞きたいことがあったら気軽に聞いてね」


「うん」


変わり果てた自室の説明を聞き終えた私の頭を姉が優しく撫でる。

そういえば、男だったときは姉と喋ったことがなかったな。あるとすれば、自分が小学生の頃だろうか。それ以降は一切話をしたことがない。

今の姉は17歳。まだ気軽に話をしていた頃だ。この世界でも中学に上がったら会話がなくなるのだろうか。


「久しぶりに美里の顔が見れてお姉ちゃん嬉しいよ」


姉は私が病院にいた期間目覚めた日以降陸上の試合で遠くへ行っていたらしい。姉は変わらず優秀のようだ。


「千香!美里!お風呂入りなさーい」


一階から母の声がした。


「はーい」


姉がそれに一回まで届くような声で反応した。


「じゃあ。久しぶりに一緒に入ろうか」


ん?ちょっと待って。今なんと?

一緒にお風呂に!?

流石にこれはやばいのでは。と言ってもここで一緒に入るのを拒むとおかしいと思われてしまう。

姉に手を引かれお風呂に連れられる私は極力無反応を目標にこの状況を乗り越えることにした。

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