第3話 義兄に出会う

 金色の髪、青い目、白い肌、高い鼻。




 不思議なことに、私の見た目は前世と全く同じだった。


 どうせなら全然違う見た目でも良かったんだけどね。この容姿にあまり良い思い出がないから。私的には美しいの部類に入る顔立ちで気に入ってはいるんだけど、前世では周りから浮きすぎてしょっちゅう「鬼」と罵られて石を投げられてたし、王子にも「醜い」て言われたし。


 目がちょっと大きすぎてキツい印象があるから、もっとふわふわした可愛らしい女の子でも良かったかも。




 誰からも愛されるような……


 この小説の主人公は、きっととても愛くるしい容姿をしているんでしょうね。発火能力なんて持っている私と違って、THE・癒やしって感じの女の子なんでしょう。





 屋敷は慌ただしい。今日お父様の新しい奥様とその連れ子が来るから、皆準備に大わらわだ。


 新しい奥様はすでに身ごもってるんだって。もちろんお父様との子だ。この奥様は元々お父様の婚約者だった人だけど、いろいろ事情があって別れざるを得ず、そこに無理矢理お父様との結婚を迫ったのが私のお母様だった。


 お母様はお父様に一目惚れだったけど、お父様はずっとお母様のことが嫌いだった。あれだけ嫌っていたのに、一応私が生まれたのが奇跡みたいなものだと思う。まあ、婚約者の仲を切り裂いたきっかけをお母様が作ったなんて噂が流れれば、好きにはなれないかもね。


 お母様は早くに亡くなったから、私が噂の真相を知ることはなかったけれど。


 




 日差しが温かくて良い天気。でも煌めく陽光なんて見たらうっかり処刑のことを思い出して、ちょっと嫌な気分になった。ああ……なんであんなところ行っちゃったんだろう。父親の再婚、王太子の暴言、いろいろあってむしゃくしゃしたから、自分より可哀想な人間を見て優越感に浸ろうなどと子供らしからぬ残酷な思いつきをしたのがダメだった。


 おかげで前世の記憶なんて思い出すし……。おかげでまあ自分の運命もしれたけれど。






 しばらく歩いたところで、揉めるような声が聞こえてきた。


 見れば、小川の橋の上に小さな3つの人影がある。ああ、わかった。虐めだ。くるっと踵を返して来た道を戻ろうとしたけれど、それより先に声を掛けられた。




「フレアお嬢様! こんなところでどうしたんですか!?」




 溌剌とした元気な声だ。


 声の主はカノン・イグニス。イグニス公爵家の分家の子供。2つ上の十二歳で、とっても元気。真っ赤な髪が目にうるさい。




「カノン。放っとけばいいのに……」




 ぼそぼそと非難したのはルベル・イグニス。彼は臣下の家の子で、いつもカノンと一緒にいる。灰色の髪が前世のあの男のことを彷彿とさせてちょっとイラッとする。




 この二人が虐める相手と言えば、一人だ。

 私が視線を向けると、彼はびくっと体を震わせた。口をわなわなとさせて




「あ……」




 酷く青ざめた顔で私を見返す。

 ルカ・ローズ・イグニス。今日、本家の屋敷へと引っ越してくる、新しい奥様の連れ子。

 私の二つ上で、戸籍上義兄となる人物だ。赤みがかかった茶髪に、明るいオレンジ色の瞳。




 親戚中から、『呪われた子』なんて、蔑まれている子。




「へへっ、こいつ今日から本家入りするじゃないですか! 調子に乗らないように、今のうちに叩き込んどかないとと思いまして! ほんとムカつきますよね、こんなのが次期公爵だなんて! だって、父親は罪人なんですよ!? イグニス家の恥ですよ! ありえねえ!」

「……」

「そうだ! お嬢様の発火能力で火をつけてから川に突き落とすのはどうでしょう? 絶対面白いっすよ!」




 ね、と無邪気に笑い掛けられる。


 無邪気って罪よね。ほんと恐ろしい。こんなにおっそろしいことをこんな笑顔で言えるのは何もわからない子供のうちよね。




「私の発火能力は、この子を虐めるためにあるってこと?」

「え?」

「神様から与えられた特別な能力よ。アカツキ王国でたった十二人にしか与えられない、神子である王太子殿下を守護するための特別な力。それを人を苦しめるためだけに無意味に使えって? 最悪不敬罪で訴えられてもおかしくない愚行よね」

「え、えっと……そ、そんな、つもりじゃ……」

「あなたがそんなつもりじゃなくても端から見ればそうなのよ。虐めなんてくだらない真似はやめて、さっさとお家に帰りなさい」

「で、でも……」




 ぎろ、と睨み付けると、カノンはしゅん、と項垂れて、顔を真っ赤にして走って行った。その後に怪訝な顔をしたルベルが続く。二人が見えなくなってから、私は小さくため息を吐いてルカの方を見た。


 彼は彼で私のことが怖いらしい。そりゃそうか。今までパーティーで会うことくらいしかなかったけれど、私はいつも威圧的な態度で接していたから。さすがに人目があるから発火能力で虐めたことはなかったけれど、多分それがなかったら発火能力を使って虐めていただろう。


 新しい奥様の連れ子である彼は、父親が罪人であるにも関わらず、王国内で十二人、イグニス公爵家では代々三人しかいない能力者のうちの一人だ。


 この能力って言うのは、千年を超えた昔、この国を建国したと言われる神様が12人の戦士にそれぞれ分け与えた特別な力のことだ。その特別な力は彼らの子孫である公爵家に、代々先代の死とともに受け継がれるようになった。




ルカは優秀で性格も落ち着いていて、お父様は自分の子でないにも関わらず彼を可愛がっていた。




 だから、私は気に食わなかった。

 私がどうしても欲しいものを、彼は持っているから。




「どうしたの? あんたはさっさと本邸に向かったら? 引っ越しの準備があるでしょ? これからお父様から直々に公爵位を継ぐための教育も始まるでしょうし、忙しくなるわよ?」

「は、はい。そうなんですけど、その……」




 ルカはチラチラと小川の方を気にしている。

 それを見て、ピーン、と察してしまった。




「……何か捨てられたの? 川に」




 ルカはびっくりして、それからこくんと頷いた。どうしてわかったんだろう? て顔をしている。


 そりゃわかるわよ。私だって、前世では散々虐められたんだから。三日ぶりにありつけた芋を川に捨てられて、必死で拾いに行ってかぶりついたことだってある。


 今にも泣き出しそうなルカの顔を見てると、ちょっと苛つく。もっと堂々としたらいいのに。あれだけお父様から愛されて、立派な力の能力者で、将来は公爵位を継ぐことが約束されているのに、この子はいつもおどおどしている。




「で、何を捨てられたの?」

「え? えっと、ペンダント、です。お母様が、誕生日にくれた、すごく大切な……鎖付きの、ロケットペンダント……」

「小さい? 大きい?」

「手のひらにすっぽり収まるくらいで、とっても小さいわけじゃないけれど、そんなに大きくもないです……」

「じゃ、さっさと探すわよ」

「へ?」




 私は靴を脱ぎ、ドレスの裾を捲り上げてさっさと小川へ降りた。足首に水が浸かる程度の浅い川だ。水流も強くないし、この様子ならすぐに見つかりそうと思ったけれど、川面にキラキラと陽光が煌めいて意外に探しづらい。


 私は未だに突っ立ったままのルカを見上げた。




「ちょっと、何ぼさっと突っ立ってんのよ。探すんじゃないの?」

「あ、は、はい!」




 急にシャキっと背を伸ばしたルカは、慌てて小川まで降りてきた。

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